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2 偽りの優しい眼差し
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舞踏会の喧騒から逃れるように、リリアナはテラスへ向かった。華やかなダンスフロアの熱気とは打って変わり、夜の冷たい空気が彼女の頬を優しく撫でる。
ふと、近くの植え込みの向こうから、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「…リリアナとの婚約か? まあ、顔はそこそこ可愛いからな」
その声は、アルフレッドのものだった。
リリアナは胸が締め付けられるような予感を覚え、思わず足を止める。
「アルフレッド様も大変ですね。あの地味な令嬢とでは、お話も弾まないでしょう?」
セシリア侯爵令嬢の、楽しそうな声が続く。
リリアナは植え込みの影に身を潜め、耳を澄ました。聞くべきではない、そう思いながらも、足が動かなかった。
「いや、むしろ好都合なんだ。あんなおとなしい娘なら、俺の遊びを黙って見ていられる。それに、どうせ俺に夢中だから、何を言っても逆らわない。公爵家の妻として、余計なことをしないから都合が良いのさ」
アルフレッドの声には、リリアナに向けていたような優しさは微塵もなかった。
ただ、冷たく、打算的な響きだけがあった。
「あら、では、いつものように夜会が終わったら、私の方へいらしてくださるのかしら?」
セシリアが甘えた声で尋ねる。
「もちろん。こんな退屈な夜には、君のような花が必要だ」
アルフレッドの言葉に、セシリアは甲高い声で笑った。
その笑い声が、リリアナの心臓に鋭いナイフのように突き刺さる。信じていた彼の優しい眼差しも、温かい手も、すべてが偽りだったのだ。
自分は、ただの「都合の良い女」として見られていた。
リリアナは、全身から血の気が引いていくのを感じた。心臓がどくどくと不規則な音を立て、呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだった。
目から熱いものが溢れそうになり、慌てて手で口元を覆う。この場にいてはいけない。一刻も早く、ここから逃げなければ。
彼女は、誰にも見られないように、そっとその場を離れた。大理石の廊下を足早に進む間も、アルフレッドの言葉が頭の中で木霊している。
――「あんなおとなしい娘なら、俺の遊びを黙って見ていられる」
――「都合が良いのさ」
自室に戻ると、リリアナは鏡台の前に崩れ落ちた。鏡に映る自分の顔は、青ざめて、目に涙をいっぱいに溜めている。
可愛らしいと思っていた水色のドレスも、真珠の髪飾りも、今は酷く滑稽に見えた。
「ああ…私は、なんて愚かだったのだろう」
リリアナは鏡の中の自分に語りかけた。信じていた愛は、初めから存在しなかった。ただ、利用されるだけの存在だった。
彼女の胸に宿っていた淡い恋心は、冷たい氷となって砕け散った。
そして、その氷の破片の奥から、燃えるような怒りの炎が静かに燃え始めた。自分を愚弄したアルフレッドへの怒り。
そして、そんな彼に都合良く利用されていた自分自身への怒り。
涙を拭い、リリアナは鏡の中の自分をじっと見つめた。
そこにはもう、アルフレッドに恋焦がれていた、臆病でおとなしい少女の面影はなかった。
ふと、近くの植え込みの向こうから、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「…リリアナとの婚約か? まあ、顔はそこそこ可愛いからな」
その声は、アルフレッドのものだった。
リリアナは胸が締め付けられるような予感を覚え、思わず足を止める。
「アルフレッド様も大変ですね。あの地味な令嬢とでは、お話も弾まないでしょう?」
セシリア侯爵令嬢の、楽しそうな声が続く。
リリアナは植え込みの影に身を潜め、耳を澄ました。聞くべきではない、そう思いながらも、足が動かなかった。
「いや、むしろ好都合なんだ。あんなおとなしい娘なら、俺の遊びを黙って見ていられる。それに、どうせ俺に夢中だから、何を言っても逆らわない。公爵家の妻として、余計なことをしないから都合が良いのさ」
アルフレッドの声には、リリアナに向けていたような優しさは微塵もなかった。
ただ、冷たく、打算的な響きだけがあった。
「あら、では、いつものように夜会が終わったら、私の方へいらしてくださるのかしら?」
セシリアが甘えた声で尋ねる。
「もちろん。こんな退屈な夜には、君のような花が必要だ」
アルフレッドの言葉に、セシリアは甲高い声で笑った。
その笑い声が、リリアナの心臓に鋭いナイフのように突き刺さる。信じていた彼の優しい眼差しも、温かい手も、すべてが偽りだったのだ。
自分は、ただの「都合の良い女」として見られていた。
リリアナは、全身から血の気が引いていくのを感じた。心臓がどくどくと不規則な音を立て、呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだった。
目から熱いものが溢れそうになり、慌てて手で口元を覆う。この場にいてはいけない。一刻も早く、ここから逃げなければ。
彼女は、誰にも見られないように、そっとその場を離れた。大理石の廊下を足早に進む間も、アルフレッドの言葉が頭の中で木霊している。
――「あんなおとなしい娘なら、俺の遊びを黙って見ていられる」
――「都合が良いのさ」
自室に戻ると、リリアナは鏡台の前に崩れ落ちた。鏡に映る自分の顔は、青ざめて、目に涙をいっぱいに溜めている。
可愛らしいと思っていた水色のドレスも、真珠の髪飾りも、今は酷く滑稽に見えた。
「ああ…私は、なんて愚かだったのだろう」
リリアナは鏡の中の自分に語りかけた。信じていた愛は、初めから存在しなかった。ただ、利用されるだけの存在だった。
彼女の胸に宿っていた淡い恋心は、冷たい氷となって砕け散った。
そして、その氷の破片の奥から、燃えるような怒りの炎が静かに燃え始めた。自分を愚弄したアルフレッドへの怒り。
そして、そんな彼に都合良く利用されていた自分自身への怒り。
涙を拭い、リリアナは鏡の中の自分をじっと見つめた。
そこにはもう、アルフレッドに恋焦がれていた、臆病でおとなしい少女の面影はなかった。
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