舞踏会は裏切りの夜

柴田はつみ

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3 氷の破片 燃える炎

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舞踏会から帰ったリリアナは、自室に閉じこもったまま、二日間を過ごした。

母のイザベルが心配して部屋を訪ねてきたときも、扉越しに「少し疲れたのです。一人にしてください」と答えるばかり。



鏡台の前に座り、ぼんやりと虚空を見つめていると、二日前のアルフレッドの言葉が、耳の奥で何度も反響する。



「あんなおとなしい娘なら、俺の遊びを黙って見ていられる」


「都合が良いのさ」



彼の声が、彼女の心に深く刻まれた傷を、執拗になぞる。



信じていた愛は、ただの幻想だった。そして、その幻想を信じていた自分自身が、今は酷く滑稽で、哀れで、そして


――腹立たしかった。



三日目の朝、メイド頭のエミリーがそっと部屋に入ってきた。



「お嬢様…もう、お食事を召し上がらないと」



そう言って、彼女はスープの入ったお盆をテーブルに置いた。リリアナは、その日の朝も、ぼんやりと鏡を眺めている。そこに映るのは、目の下にくまを作り、顔色の悪い自分だ。



「私、どうしてこんなにも愚かだったのでしょう。エミリー」



リリアナは、掠れた声で呟いた。エミリーは、リリアナの真の姿を知る数少ない人間だった。彼女はゆっくりとリリアナのそばに寄り、その震える肩に手を置いた。



「お嬢様は、決して愚かではございません。ただ、誰かを信じることに、何の迷いもなかっただけです」



その言葉に、リリアナの目に再び涙が浮かぶ。だが、それはもう、絶望の涙ではなかった。



「もうやめます。もう、アルフレッド様の都合の良い女でいるのは、やめます」


リリアナは、そう力強く宣言した。鏡の中の目が、初めて確かな光を宿したように見えた。



「私は変わります。アルフレッド様が、私を馬鹿にしたことを後悔するくらい…、見返してやるのです」



エミリーは、その言葉を静かに受け止めた。長年仕えてきたお嬢様が、初めて自分の意思を、これほどまでに強く示したのだ。



「かしこまりました。お嬢様のお望み通り、このエミリーが精一杯お手伝いさせていただきます。まずは、このドレスを…」



そう言って、エミリーはリリアナの肩にかかっていた、あの舞踏会で着ていた水色のドレスを剥ぎ取った。



「こんなみじめなドレスは、もう二度とお召しになりませんよう。それに、この顔色ではいけません。さあ、スープを召し上がって。そして、これからのお勉強の計画を立てましょう。お嬢様は、これまで人目を気にして、読みたい本も、学びたいことも我慢してこられた。もう、その必要はございません。お嬢様は、もっと賢く、美しくなれるのです」




エミリーの力強い言葉が、リリアナの心に火をつけた。



彼女は、目の前のスープを一口、また一口と口に運んだ。スープの温かさが、凍りついていた心にゆっくりと溶けていく。



「…ありがとう、エミリー」



そう言って微笑んだリリアナの顔は、まだ疲れが見えたものの、そこにはもう、絶望の影はなかった。


その日から、リリアナの新しい日々が始まった。


彼女は、舞踏会で砕け散った氷の破片を、自分を燃やすための燃料へと変える決意をしたのだった。
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