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第10章 追憶の庭園
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王宮の奥庭には、春の名残が満ちていた。
花々が陽を受け、やわらかな香りを風に乗せて運んでくる。
白い噴水の音が、静けさをさらに際立たせていた。
アレクシスは、手にした手紙を胸に抱きしめながら、その庭をゆっくりと歩いた。
ここは、かつて二人がよく訪れた場所だった。
初めてリディアが笑顔を見せたのも、この庭園のベンチの上だった。
――“陛下、花って不思議ですわね。見ているだけで心がやわらかくなります”
そう言って、彼女は幼い子供のように花弁を撫でていた。
あの日の春風の感触が、いまも指先に残っているようだった。
だが今は、彼女の声も、笑いもない。
風が吹くたびに、花びらが散っていく。
その一枚一枚が、過ぎ去った日々のように儚かった。
噴水のほとりで足を止め、アレクシスはそっと空を見上げた。
薄雲の向こう、光がにじんでいる。
その眩しさに目を細めながら、心の中で何度も彼女の名を呼んだ。
(リディア……俺は、君を守るつもりで、傷つけていたんだな)
胸の中で言葉が溶ける。
彼女が沈黙を選んだ理由を、ようやく理解した気がした。
それは、怒りでも恨みでもなく――“誇り”だった。
王妃として、そしてひとりの女性として、最後まで愛を汚さなかった。
(俺には、それができなかった)
風が吹き、手紙の端がはらりと揺れる。
封蝋の跡は涙でにじみ、いまにも崩れそうだった。
アレクシスはそっとそれを広げた。
文字が滲み、ところどころ読めなくなっている。
けれど、不思議なことにその滲みが、彼女の“声”のように感じられた。
『どうか、幸せでいてください。
私の愛は、あなたの歩む未来を、遠くから見守る光になれると信じています』
その一文を読み返した瞬間、視界が霞んだ。
涙が一滴、手紙の上に落ちる。
紙が静かに波打つ。
「……君は、俺を責めなかったんだな」
誰もいない庭園で、アレクシスは呟いた。
「なのに、俺は君を疑わせたまま……黙っていた」
声が震えた。
王という立場の重みの下で、どれほどの想いを押し殺してきただろう。
けれど、いまや“沈黙”こそが罪だったと痛感する。
ベンチの脇に、古い花台がある。
そこにひとつ、色あせた花冠が置かれていた。
――リディアが、かつて彼のために編んだ花冠。
すっかり枯れかけているのに、形だけは崩れずに残っていた。
アレクシスはそっとそれを手に取る。
茎は乾き、触れるとすぐ崩れそうだ。
それでも、胸に抱いた。
「リディア……」
風が優しく頬を撫でた。
まるで、彼女が「ここにいる」と囁くように。
どれほどの間、そうしていたのだろう。
気づけば、庭園の影が長く伸び、夕陽が噴水に黄金色を映していた。
アレクシスは静かに立ち上がり、花冠をベンチの上に戻した。
代わりに、自分の指輪をその上に置く。
リディアが去る前に外した指輪――その対の輪を、彼はここに託した。
「君がいない世界で、何を守るのか……それでも、君が信じた王でありたい」
声が風に溶ける。
花冠と指輪が、夕陽の中で静かに光った。
その光景は、まるで“二つの魂が寄り添う”ように美しかった。
やがて空が茜に染まり、風が止む。
アレクシスは最後にもう一度、庭園を振り返った。
そこにリディアの姿はなかった。
けれど、不思議と孤独は感じなかった。
(君の愛は、確かにここにある)
そう思えた瞬間、頬を伝う涙が温かく感じられた。
春の終わりの風が吹く。
花びらが舞い、まるでリディアの微笑のように彼の肩を撫でた。
――その夜、王は初めて、静かに涙を流した。
花々が陽を受け、やわらかな香りを風に乗せて運んでくる。
白い噴水の音が、静けさをさらに際立たせていた。
アレクシスは、手にした手紙を胸に抱きしめながら、その庭をゆっくりと歩いた。
ここは、かつて二人がよく訪れた場所だった。
初めてリディアが笑顔を見せたのも、この庭園のベンチの上だった。
――“陛下、花って不思議ですわね。見ているだけで心がやわらかくなります”
そう言って、彼女は幼い子供のように花弁を撫でていた。
あの日の春風の感触が、いまも指先に残っているようだった。
だが今は、彼女の声も、笑いもない。
風が吹くたびに、花びらが散っていく。
その一枚一枚が、過ぎ去った日々のように儚かった。
噴水のほとりで足を止め、アレクシスはそっと空を見上げた。
薄雲の向こう、光がにじんでいる。
その眩しさに目を細めながら、心の中で何度も彼女の名を呼んだ。
(リディア……俺は、君を守るつもりで、傷つけていたんだな)
胸の中で言葉が溶ける。
彼女が沈黙を選んだ理由を、ようやく理解した気がした。
それは、怒りでも恨みでもなく――“誇り”だった。
王妃として、そしてひとりの女性として、最後まで愛を汚さなかった。
(俺には、それができなかった)
風が吹き、手紙の端がはらりと揺れる。
封蝋の跡は涙でにじみ、いまにも崩れそうだった。
アレクシスはそっとそれを広げた。
文字が滲み、ところどころ読めなくなっている。
けれど、不思議なことにその滲みが、彼女の“声”のように感じられた。
『どうか、幸せでいてください。
私の愛は、あなたの歩む未来を、遠くから見守る光になれると信じています』
その一文を読み返した瞬間、視界が霞んだ。
涙が一滴、手紙の上に落ちる。
紙が静かに波打つ。
「……君は、俺を責めなかったんだな」
誰もいない庭園で、アレクシスは呟いた。
「なのに、俺は君を疑わせたまま……黙っていた」
声が震えた。
王という立場の重みの下で、どれほどの想いを押し殺してきただろう。
けれど、いまや“沈黙”こそが罪だったと痛感する。
ベンチの脇に、古い花台がある。
そこにひとつ、色あせた花冠が置かれていた。
――リディアが、かつて彼のために編んだ花冠。
すっかり枯れかけているのに、形だけは崩れずに残っていた。
アレクシスはそっとそれを手に取る。
茎は乾き、触れるとすぐ崩れそうだ。
それでも、胸に抱いた。
「リディア……」
風が優しく頬を撫でた。
まるで、彼女が「ここにいる」と囁くように。
どれほどの間、そうしていたのだろう。
気づけば、庭園の影が長く伸び、夕陽が噴水に黄金色を映していた。
アレクシスは静かに立ち上がり、花冠をベンチの上に戻した。
代わりに、自分の指輪をその上に置く。
リディアが去る前に外した指輪――その対の輪を、彼はここに託した。
「君がいない世界で、何を守るのか……それでも、君が信じた王でありたい」
声が風に溶ける。
花冠と指輪が、夕陽の中で静かに光った。
その光景は、まるで“二つの魂が寄り添う”ように美しかった。
やがて空が茜に染まり、風が止む。
アレクシスは最後にもう一度、庭園を振り返った。
そこにリディアの姿はなかった。
けれど、不思議と孤独は感じなかった。
(君の愛は、確かにここにある)
そう思えた瞬間、頬を伝う涙が温かく感じられた。
春の終わりの風が吹く。
花びらが舞い、まるでリディアの微笑のように彼の肩を撫でた。
――その夜、王は初めて、静かに涙を流した。
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