転生王妃はもう二度と愛さない ―処刑の夜に誓った復讐―

柴田はつみ

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第十五章 静かな傍観者と、積み重なる違和感

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 王宮の庭園は、春を迎える準備を始めていた。
 まだ冷たい風の中に、若葉の匂いが混じる。

 キャロルは回廊の影に立ち、遠くの光景を静かに見つめていた。

 噴水のそば。
 石畳に落ちる木漏れ日。

 そこにいるのは――
 黒髪の王太子クリスと、栗色の髪のリネア。

 二人は並んで立っている。
 距離は近すぎず、遠すぎず。

 だが、その“ちょうどよさ”が、キャロルの胸を冷やした。

(……また、同じ位置)

 リネアは何かを差し出し、クリスがそれに目を落とす。
 書類だろうか。あるいは助言か。

「殿下、こちらは先日の慈善視察の件ですが……」

「ありがとう。助かる」

 短い会話。
 けれど、そこには“信頼”という言葉が自然に滲んでいた。

 キャロルは一歩も動かない。

 声も出さない。

 ただ、観る。

(私は、こうして外側に立っている)

 以前なら、ここに立つ理由を探しただろう。
 誤解だと信じ、偶然だと思い込もうとしただろう。

 だが今は違う。

(これは、選択の結果)

 クリスが無意識に選び、
 リネアが理解して踏み込んだ距離。

 キャロルは、唇の端にごく薄い微笑を浮かべた。

(……なるほど)

 そのとき、背後から足音がした。

「キャロル様」

 低く、落ち着いた声。
 振り返るまでもなく分かる。

 第二王子レオンだった。

「ここにいらしたのですね」

「ええ。少し風に当たっていましたの」

 嘘ではない。

 心を冷やすために。

 レオンはキャロルの視線の先を追い、噴水の方を見る。
 そして、何も言わずに理解したように息を吐いた。

「……随分、息が合っているように見えます」

 その言葉に、キャロルは目を伏せる。

「そう見えるでしょうね」

 声は穏やか。
 感情は含めない。

「殿下は、支えられることに慣れていない方ですから」

「では、あの位置に立つ者は――」

「“心強い味方”になりますわ」

 キャロルは静かに言った。

「重荷を共有せず、決断だけを肯定する存在」

 レオンの視線が、わずかに鋭くなる。

「それは、優しさでしょうか」

「……逃げ道、ですわ」

 キャロルは噴水から目を離さない。

(私が、そこにいない理由)

(そこに“戻らない”理由)

 胸の奥で、確信が形になる。

 その瞬間、噴水の向こうでクリスがふと顔を上げた。

 一瞬だけ、視線が交わる。

 だが、すぐに逸らされる。

 まるで――
 見てはいけないものを見たかのように。

(……逃げた)

 キャロルの胸に、静かな怒りが落ちる。

 怒鳴りたいわけではない。
 責めたいわけでもない。

 ただ――

(私を、見なかった)

 それが、何よりも許せなかった。

 リネアが気づき、クリスの袖にそっと触れる。
 小さな動作。
 けれど、迷いのない動き。

「殿下?」

「……いや、何でもない」

 彼は、キャロルの方をもう見ない。

 キャロルは、静かに息を吸った。

(ええ。いいの)

(あなたが選んだ距離なら)

 その場を離れようとしたとき、
 レオンが低く言った。

「キャロル様」

「はい」

「……君は、泣かないのですね」

 キャロルは、足を止める。

 そして、ほんの一瞬だけ――
 昔の自分を思い出した。

 泣くことを、誰にも許されなかった自分。

 キャロルは微笑む。

「泣かないのではありません」

 静かに、はっきりと。

「泣く必要がなくなっただけですわ」

 レオンは、それ以上何も言わなかった。

 キャロルは歩き出す。

 背中は真っ直ぐ。
 歩幅は迷わない。

(ここからは)

(私が、外側から壊す番)

 その胸の奥で、
 復讐は感情ではなく――意思として、確かに息づいていた。


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