転生王妃はもう二度と愛さない ―処刑の夜に誓った復讐―

柴田はつみ

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第十九章 選ばされる王太子 ― クリス、初めて疑う

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 王太子という立場は、常に選ぶ側であるはずだった。

 政策。
 人材。
 信頼。

 そして――王妃候補。

 クリスはそれを疑ったことがなかった。



 執務室の窓から、薄曇りの空が見える。
 昼でありながら、光は弱く、王宮全体が沈黙を抱えているようだった。

 机の上に積まれた書類の山。
 どれも目を通したはずaずなのに、内容が頭に入ってこない。

(……おかしい)

 思考が、同じところを巡っている。

 キャロルの微笑。
 距離を保った眼差し。
 「殿下には、心強い味方がいらっしゃるではありませんか」

 その言葉が、胸の奥で繰り返される。

(突き放された……いや)

(委ねられた?)

 どちらなのか分からない。

 分からないこと自体が、彼を焦らせていた。



「殿下」

 扉の向こうから、控えめな声。

 リネアだった。

「お時間、よろしいでしょうか」

 クリスは一瞬、返事を躊躇した。

 以前なら、迷わなかった。
 支えとなる存在。
 頼れる補佐。

 だが今は――

「……入ってくれ」

 声に、わずかな硬さが混じる。

 リネアはいつも通り、控えめに一礼した。

 淡い色のドレス。
 慎ましやかな微笑。

 完璧な“守るべき存在”。

 ――のはずだった。

「最近、お忙しそうですね」

「ああ……」

 曖昧に答えながら、クリスは彼女を観察している自分に気づく。

(……こんなふうに、見ることはなかった)

 リネアは机の上に書類を置いた。

「慈善事業の進捗ですが……」

 説明は分かりやすく、的確。
 だが、その言葉の端々に――

(……誘導)

 ふと、そんな言葉が浮かぶ。

 誰かを下げるわけでもない。
 だが、選択肢が自然と一つに収束する話し方。

(前から、こうだったか?)

 今まで気づかなかっただけなのか。
 それとも――今、初めて“見えてしまった”のか。



 リネアが言葉を止め、クリスを見上げた。

「……殿下?」

 その瞬間、クリスは確信した。

 彼女は、答えを待っている。

 肯定。
 頷き。
 承認。

 それが来ると、疑っていない顔。

(……選んでいるのは、俺じゃない)

 背筋に、冷たいものが走る。

 これまで自分は、
 「選んでいるつもりで、流されていた」のではないか。

「殿下……?」

 クリスは、ゆっくりと口を開いた。

「……少し、時間をくれ」

 リネアが瞬く。

「え……?」

「考えたい」

 それだけだった。

 拒絶ではない。
 だが、初めての保留。

 リネアの表情に、わずかな亀裂が走る。

「……承知しました」

 彼女は微笑む。
 だが、その微笑は、以前よりも張り付いたものに見えた。



 リネアが部屋を出たあと、
 クリスは椅子に深く腰を下ろした。

(俺は……何をしていた)

 思い浮かぶのは、キャロルの姿。

 何も言わず、
 何も求めず、
 ただ距離を保っていた彼女。

 支えを“求めなかった”のではない。

 支えを、選ばせなかった。

(……違う)

(彼女は、俺に選ばせていた)

 今になって、ようやく気づく。

 キャロルは、決して彼を縛らなかった。
 だからこそ、彼は自由だと思い込んだ。

 ――だが、その自由は、思考停止だった。



 窓の外で、風が木々を揺らす。

 クリスは額に手を当て、低く呟いた。

「……俺は」

 声が、かすれる。

「俺は、誰を選んできた?」

 答えは、まだ出ない。

 だが一つだけ、確かなことがあった。

 彼は初めて、“疑う”ことを覚えた。

 自分の判断を。
 自分の立場を。
 そして――
 “支えてくれる存在”という言葉を。

 その疑念は、まだ小さい。

 けれど確実に、
 王太子の足元を揺らし始めていた。
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