十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ

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第三章 冷たい婚礼と冷たい食事

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婚礼の朝、エラナは侍女たちに囲まれ、豪華なウェディングドレスを身につけていた。


純白の絹地に刺繍された銀糸が、窓から差し込む光を浴びてきらめく。しかし、エラナの心には、その輝きは届かなかった。


「エラナ様、本当に美しいですわ。まるで天女のようです」


侍女の一人が感嘆の声を漏らす。しかし、エラナは鏡に映る自分の姿を、まるで他人のように見つめていた。


「…そうでしょうか。ただ、花嫁の衣装を着せられた、人形のようです」


「まあ、そんな悲しいことを仰らないでください。今日という日は、エラナ様と国王陛下にとって、一生に一度の晴れの日ですもの」


「晴れの日…」

エラナはそっと呟いた。

それは、自分にとっては、心を葬る日。愛のない結婚を誓う、偽りの日だった。


「お父様は、お喜びでしょうか」


エラナは、侍女に尋ねた。侍女は一瞬言葉に詰まり、それから優しく答えた。


「侯爵様は、きっと…きっとお喜びになっていらっしゃいます。国のため、家のために、これ以上の名誉はございませんから」


その言葉は、エラナの胸に冷たい鉛のように沈んだ。父は、ただ家の名誉のためだけに、娘を差し出したのだ。


婚礼の儀は、厳かに執り行われた。大聖堂に集まった人々は、拍手と歓声で二人を祝福する。アレンは、隣に立つエラナに一度も視線を向けなかった。

その横顔は、まるで感情のない彫像のようだった。


「…余は、このエラナを妻とし、生涯愛し続けることを誓う」


司祭の問いかけに、アレンは淀みなく答えた。その言葉は、エラナの心に、何の響きももたらさなかった。それは、ただの定型句。政略結婚という名の契約書に、言葉で署名しているにすぎない。


「…わたくしも、このアレン様を夫とし、生涯愛し続けることを誓います」


エラナもまた、感情のない声でそう答えた。その瞬間、二人の間には、永遠に埋まらない溝ができたような気がした。


婚礼が終わった後、エラナは自室に戻り、重たいドレスを脱いだ。鏡の中には、もう花嫁の姿はない。ただ、一人の女が、空虚な表情で立っているだけだった。


「愛のない結婚…これが、私の運命なのね」

エラナはそっと、一人呟いた。この婚礼は、決して二人の愛の始まりではない。


民衆は華やかな祝祭に酔いしれ、新しい王妃の誕生を喜んだ。



しかし、エラナの心は、王宮のどの石よりも冷たいままだった。


その日の夜、初めてアレンと共に食事をすることになった。広々とした食堂に、二人の姿だけがぽつんとある。


豪華絢爛な料理が次々と運ばれてくるが、そのどれもが、エラナの目には色を失って見えた。


「陛下は、お疲れでございますか?」


沈黙に耐えかね、エラナは声をかけた。アレンはフォークを持つ手を止め、冷ややかにエラナを見た。


「何用だ」


「いえ、ただ…あまりお食事に手をつけていらっしゃらないようですので」


「余のことは放っておけ。余は、誰の世話も必要としない」


その突き放すような言葉に、エラナはそれ以上何も言えなくなった。幼い頃、アレンはいつもエラナの好きなものを聞き、率先して分けてくれた。


それが、今ではこんなにも冷たい他人になってしまった。
食事は、無言のまま続いた。
 
カチャリ、とフォークが皿に当たる音だけが、虚しく響く。アレンは食事を終えると、すぐさま席を立った。


「…余は、公務がある。エラナは先に休んでいろ」



エラナが返事をする間もなく、アレンは背を向け、部屋を出ていく。一人残されたエラナは、冷めてしまったスープをただ見つめていた。


その日の夜、エラナは寝台の上で一人、過去を思い出していた。


「お兄様、わたくし、このお菓子が大好きですわ」


「そうか。じゃあ、半分ずつにしよう」


あの頃の優しさは、もうどこにもない。アレンは本当に、エラナのことなど、とうに忘れてしまったのだろうか。


それとも、ただ、国王としての務めに追われ、心を閉ざしてしまっただけなのだろうか。


「いいえ…」


エラナは頭を振った。


「わたくしは、もう期待しない。ただ、この結婚から抜け出す方法を探すだけ」


冷たい寝台の上で、エラナは新たな決意を固めるのだった。


この愛のない結婚から、いつか必ず自由になってみせる、と。
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