十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ

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第九章 背中合わせの心

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アレンは、王宮の書斎で、山積みの書類に向き合っていた。


だが、その瞳は、文字を追ってはいても、心は別の場所に漂っていた。脳裏に焼き付いているのは、エラナの、あの泣き顔だった。




「…愚かなことだ」



アレンは、呟いた。



政略結婚だ。



愛など、最初から求めていなかった。それでも、あの涙は、なぜかアレンの心を締め付けた。




「陛下…」




扉を叩く音と共に、側近のマルコが入ってきた。




「マルコか。何か用か」




アレンは、書類から目を離さずに言った。



「いえ、ただ…王妃様のご様子が、気になりまして」



マルコの言葉に、アレンは、ペンを持つ手を止めた。



「…どういうことだ」



「どうやら、あの夜以来、王妃様は、自室に閉じこもっておられるようです。お食事も、ほとんど召し上がっておられないとか…」




マルコの言葉に、アレンの胸に、重い石が落ちてきたような気がした。




「…構わぬ。余が、あのような言葉を浴びせたのだ。自業自得だ」




アレンは、そう言って、再び書類に目を向けた。だが、マルコは、そこに静かに立ち尽くしていた。




「陛下…」




マルコは、意を決したように口を開いた。



「…どうか、お聞かせください。陛下は、本当に、王妃様を、愛しておられないのですか?」




マルコの言葉に、アレンは、ペンを机に叩きつけた。



「マルコ! その口を閉じろ!」



アレンの怒声に、マルコは、顔を青くした。



「…申し訳ございません。ですが、陛下は、あの夜、王妃様を、お部屋にお入れになられた。それは…」



「…それは、ただ、余が、愚かな女の戯言に、耳を傾けてしまっただけだ」



アレンは、そう言って、立ち上がり、窓の外に目を向けた。その背中は、どこまでも寂しげだった。



「…余は、エラナを、愛してはおらぬ。…だが、あの女を、傷つけたいと、思っていたわけでもない」



アレンは、絞り出すように言った。


「陛下…」



「もう、いい。下がれ」



アレンは、それ以上、何も言わなかった。



マルコは、静かに頭を下げ、部屋を出ていった。



その日の夜、エラナは、レオの部屋で、共に食事をしていた。王宮の食堂で一人で食べる食事とは違い、レオと二人で食べる食事は、どこか温かかった。



「レオ…」



エラナは、ワイングラスを傾けながら、レオを見た。



「はい、王妃様」



「あなた…本当に、わたくしのことを…」



エラナの言葉に、レオは、静かに頷いた。



「はい。心から、お慕いしております」



レオの、真っ直ぐな瞳に、エラナの心は、揺れた。



アレンからの拒絶と、レオからの愛。二つの感情が、エラナの心の中で、激しくぶつかり合っていた。



「…わたくしには、もう、陛下に、愛される資格はない。…もう、陛下を、愛することも、できないわ」



エラナは、そう言って、目を伏せた。



「ですが、王妃様。私には、あります」



レオは、エラナの手を、優しく握った。



「…私には、王妃様を、心から愛することができます。…どうか、私に、その機会を、お与えください」



レオの言葉に、エラナの心は、揺れ動いた。アレンへの想いを断ち切って、レオの愛を受け入れる。


それは、とても、恐ろしい決断だった。だが、同時に、それは、エラナを、孤独から救い出してくれる、唯一の道のように思えた。




その夜、アレンとエラナは、同じ王宮の空の下、それぞれの部屋で、孤独な夜を過ごしていた。



二人の心は、まるで背中合わせのように、互いに背を向けたまま、決して交わることはなかった。
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