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第二章 手がかりを探しに

姉妹の突撃調査 ①

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 村に到着すると、心地よい人々の喧騒が辺りを賑やかにさせていた。
 村を歩いていると、色々な人が声を掛けてくれる。

「お! ルルちゃんとナナちゃん! 今日も買い出しかい?」

 この人は魚屋のおじちゃんだ。白髪混じりの髪と筋肉質な太い腕や足が特徴的だが、とても穏やかそうな顔をしている。

「うん! お魚ください!」

 ルルがおじちゃんを見上げながら言うと、笑いながら「まいど!」と言ってくれた。

「今日もおまかせかい?」

「うん! おじちゃんの選んだお魚で!」

 あまり魚に詳しくないルルとナナは、いつもおじちゃんのおまかせで魚を買っている。
     まずはおじちゃんにお金を支払う。
 これはナナの役目で、いつも違った額を払っている。その額に応じた魚が貰えるという訳だ。
 今回は銅色の硬貨を二枚手渡した。

「はいよ! 二十円だね!」

 ナナが手渡した金額は二十円。
 遥か昔の日本では、銅色の金貨がそこらに落ちていたのだと魔女さんが教えてくれた。
 その時の日本は銅色の硬貨だけでは買い物が出来ない程に、銅色の硬貨の価値が低かったらしい。だが、今の時代では銅色の金貨で買い物が出来る。
 辺りを見渡せば、『サンマ  五円』『アジ  二円』『サバ  八円』などの札が掛かっている。二十円もあれば充分に買い物が出来るだろう。

 そんなことを考えていると、おじちゃんが奥から魚の入った袋を持ってきてくれた。

「ほら、まいどあり!」

「おじちゃんありがとー!」「ありがとー」

 ルルが袋を受け取ると、いつもよりもズッシリとしていて重みがあった。中には小さい物から中くらいの大きさの魚が入っていた。

「母ちゃんに見せれば何の魚か分かるだろうから美味いもん作ってもらえよ!」

「うん!  あとね、おじちゃんに聞きたいことがあるの」

 ルルがそう尋ねると、おじちゃんは太い眉毛を吊り上げた。

「どうした、魚のことかい?」

「ううん、魚の事じゃないんだけどね、目が見えなくなったらどうやって治すのがいいかな!」

 ルルの突拍子もない質問に、おじちゃんは一瞬だけ驚いた様子をみせたが、すぐに腕を組んで考え出した。

「そうだなぁ……俺は医者じゃないから分からないんだが……どうしようも無いんじゃないのか?」

「うーん、やっぱりそうだよね……」

 ルルの落ち込んだ声におじちゃんはハッとした表情になり、慌てて村の奥の方を指さした。

「そういうのは八百屋のおばちゃんに聞くのがいい、なんせ数年前までは医者だったんだからな!」

「へー! 八百屋のおばちゃんってお医者さんだったんだー!」「そんなふうに見えなーい」

「だろ? だから八百屋のおばちゃんに聞いてみてくれ」

「うん分かった! おじちゃんありがと!」「ありがとー」

「おう! また来いよ嬢ちゃんたち!」

 おじちゃんはそう言いながら、姉妹たちが去るまで手を振って見送ってくれた。
 ここの村の人たちは本当に暖かい。初めて買い物に来た当初から、村について何も分からない姉妹を、本当の子供や孫のように扱ってくれた。だから二人はここの村が大好きだ。

 ルルは右手で魚の入った袋を持ち、左手でナナの手を握りながら歩いている。村人の皆から挨拶を送られながら歩くこと約二分、ルルとナナは八百屋の前に立っていた。

「おばちゃん! お野菜買いに来た!」

 他のお客さんの相手をしていたおばちゃんがルルとナナの姿に気が付くと、目尻にシワを寄せて笑いながら近づいて来る。

「あらあらルルちゃんにナナちゃん、今日も来てくれたのね、嬉しいわ~」

 頭に白いバンダナを巻いて接客をする姿が特徴的で、顔や手には沢山のシワがあり、いつもニコニコと優しい笑みを浮かべている八百屋のおばちゃん。
 姉妹の目線の高さに合わせるように、中腰になりながら会話をしてくれる。

「うん! 今日もおまかせで!」

「はいよ~、じゃあ先にお金を預かっちゃおうかね」

 おばちゃんはそう言うと、ニコニコとした顔でナナの方を見やった。ナナは首をコクリとさせて頷くと、ポケットの中から銅色の硬貨を一枚と、真ん中に穴の空いた黄銅色の硬貨を一枚取り出しておばちゃんに手渡した。

「十五円だね、まいどあり、今日も果物を多めかい?」

「うん! 苦くない果物がいい!」「ナナもー、フルーツ好きー」

「はいよ~。じゃあ取ってくるから少しだけ待っててね」

 おばちゃんはそう言い残すと、青いビニール袋を片手に八百屋の店の中を歩き回り始めた。
 八百屋ではいつも果物を沢山買うのだが、それにはちゃんとした理由がある。
 もちろん果物が好きという理由もあるのだが、これは魔女さんからも言われていることなのだ。なんでも、野菜は畑で作れるが果物を畑で作るのは難しいらしい。なので、家で採れる野菜とは別に、八百屋では果物をメインで購入することにしているのだ。
 姉妹はおばちゃんの行く先々をじっくりと観察していると、青い袋を片手に戻って来た。

「はいよ! 今日は採れたてのプラムが入っているよ!」

「プラムー?」「初めて聞いたー」

「なんだい、あんたらプラムを食べたこと無いのかい?」

「無い!」「ないー」

 どんな果物なのだろうと袋の中を見てみると、リンゴやバナナが入っている中に、見慣れない赤く丸い果物が入っていた。

「ちょっと待ってな。今から切ってきてあげるから」

「え! いいの!」「わーい。プラムー」

 おばちゃんはそう言うと、そそくさと店の奥に入って行った。ここのおばちゃんは、よく試食と言って果物を食べさせてくれる。この間なんて「摘みながら帰りなさい」と言って、大きな玉のブドウをひと房もサービスしてくれた。そのせいで夕飯があまり食べられず、魔女さんが困った顔をしていたのを覚えている。

「二人ともお待たせ。これがプラムだよ」

 店の奥から戻ってきたおばちゃんは、袋に入っていた物よりも小ぶりなプラムを持って来た。それを姉妹に手渡すと「食べてみな」と笑いながら言ってくれた。

「いただきまーす!」「いただきまーす」

 姉妹はそう言ってからプラムに口を付けた。
 パリッと音を立てながら皮を齧ると、中には黄色い身が見えた。

「んー! 美味しー! でも最近これに似た食べ物を食べた気がする」

「お姉ちゃん、これ桃の味に似てるんだよ」

「そう! 桃に似てる!」

 プラムを食べながらはしゃぐ姉妹を、おばちゃんは「おっほっほ」と変わった笑い声を上げながら見ていた。
 すると、ルルは何かを思い出したように顔を上げた。

「ねえおばちゃん! おばちゃんってお医者さんだったの?」

 ルルの言葉に目を丸くして驚くおばちゃん。

「あぁそうだけど。何でそんなこと知ってるんだい?」

「魚屋のおじちゃんに聞いたの!」

 それを聞いたおばちゃんは、呆れ顔のままに深いため息を吐いた。

「全く、魚屋のじいさんもお喋りだねぇ、まあこんな狭い村だから誰もが知ってる事だろうけどさ」

 あははと笑いながら言うおばちゃんは、満更ではなさそうだった。

「でも、それがどうしたんだい? それが聞きたかっただけかい?」

「ううん! それでね! 見えなくなった目って元に戻るか聞きたかったの!」

 元気に言ってみせるルルに、おばちゃんはまたもや目を丸くした。

「どうしたんだい?  いきなりそんなことを聞くなんて」

 魚屋のおじちゃんとは違って理由を尋ねられたことにルルは戸惑い、元気に開いていた口をあわあわとさせ始めた。
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