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第三章 いざ!冒険へ!

旅立ちエンカウント

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 ついにこの日がやってきた。前々から計画していた洞窟への檻探し。
 魔女さんに嘘を吐くのは少しだけ胸が痛いが、それよりも姉妹の好奇心の方が上回ったのだ。すでに二人の気分は、完全に冒険モードに入っていた。
 魔女さんには、いつもの村へと買い物に行くと言って家を出る。そのため、暗くなる前に帰って来なければ魔女さんに怪しまれてしまうので、道の途中で寄り道なんてする時間は無い。
 そんなことを心に決めて玄関を開ける。

「魔女さん行ってきます!」

「行ってきまーす」

 魔女さんはいつも、出掛ける姉妹を玄関まで見送ってくれる。

「行ってらっしゃい、あんまり遅くなってはダメよ?」

 顔の辺りでユラユラと手を振る魔女さん。

「うん! 分かってる!」

「暗くなる前に帰るー」

 姉妹が大きく手を振って見せると、魔女さんは口元を緩めながら、姿が見えなくなるまで手を振ってくれる。まるで本当に目が見えているみたいだ。

 草原に囲まれた道を歩いていくと、魔女さんの姿が見えなくなった。ここから作戦スタートだ。

「よし! このまま山の入口まで向かっちゃおう!」

 山の入口は、村へと向かう道の途中にある分かれ道を、いつもと違う方に進めば到着する。

「うん、早く見に行って早く帰って来なきゃいけないからね」

 ナナが確認するように言うと、ルルは無邪気な笑顔で頷いて見せた。
 本当に今から二人だけの冒険が始まるのだ。
 冒険と言っても、数時間で終わってしまう予定のもの。それでも、ロクに外へと出掛けたことも無かった姉妹は、今日が楽しみでならなかった。
 そんなウキウキな気分で道を進んで行くと、例の分かれ道へと到着した。

「ここが運命の分かれ道……」

 ルルが生唾を飲みながら、真剣な顔つきになる。その様子を隣で見ていたナナも釣られて緊張して来たのか、ジッと山への入口へと向かう道を見ていた。

「そうだね……いつもはこっちに進むのに、今日はあっちの道に行くんだね……」

 ナナはそう言いながら、道の先にある山を見た。青空の下にある大きな山。所々に岩が露出していて、その上に緑が被さっている様な山は、来るものを通さないような佇まいだ。

「あの山の途中に洞窟があるんだよね」

「多分ね。魔法使いさんはそんなことを言ってた……」

 魔法使いさんと話した時に、山を入って少し歩いた所に洞窟があると言っていた。その情報があれば充分だ。

「よし! 進もう!」

「う、うん……」

 ルルの掛け声とともに二人の足が動き出す。
 目の前で私たちを見下ろす山へと――。

 =====

 三十分は歩いただろうか。
 もう少しで山の入口へと着く手前で、姉妹の目には気になる物が入ってきた。

「なんだろー、あのフワフワなやつ」

 道を少し外れた草原の中に、茶色のフワフワとした丸い物が置いてあった。しかも、私たちの身長より何倍も大きい。
 ルルは何も考えずに、草原の中へと入っていく。

「お、お姉ちゃん……! 危ないよぉ……」

 繋いでいた手を解かれたナナは、草原の中へと入っていくルルの後ろ姿を見ているだけで、その後を着いて行こうとはしない。

「ねぇお姉ちゃん……寄り道はしないって言ってたじゃん……」

 暗くなる前には帰る予定なので、寄り道をしている暇なんてない。なのにルルは、どんどんと草原の中へと入っていく。

「平気平気! 触ったら戻るから!」

 あの茶色のフワフワとしたものは、ナナも触ってみたい。しかしナナは、こんな何も無い草原にいきなり現れた茶色のフワフワに違和感を感じていた。

「触っちゃダメだと思うんだけどなぁ」

 何だか嫌な予感がしてならない。この胸のざわざわは何処かで体験したことがある気がする。
 そうだ! たしかあれは、道でケルベロスに遭遇した時だ!
 でも、何で今更そんなことを思い出すのだろう。
 そう思いながら、姉の触ろうとしている茶色のフワフワとした物を眺めていると、小さく上下していることに気が付いた。

 もしかして、動いてる……?

 そう考えたと同時に、胸にあった違和感の正体に気が付く。

「お姉ちゃん……! それ触っちゃダメ……!」

 しかし、既にルルはフワフワの『毛』を撫でたり、叩いたりしていた。

「ナナー! これ外はフワフワだけど中は硬いよー?」

 まだその正体に気が付かないルルは、茶色のフワフワとした物に背を向けてナナへと手を振っている。

「お姉ちゃん……! 逃げて……!」

 しかし、ルルの後ろでは既に『そいつ』が動き出していた。

 ゴゴゴゴゴ……と大きな音を立てながら、ゆっくりと立ち上がり目の前に居るルルを見下ろしている。
 その身長は、ルルが八人分くらいの大きさだ。
 いきなり自分の前に大きな影が現れたことに気が付いたルルは、恐る恐る後ろを振り返った。

「え……クマ……さん……?」

 そう、茶色のフワフワの正体はとても大きな熊だったのだ。ルルは驚きながらもクマの顔を見上げている。

「ク、クマさんごめんなさい! 今、少しだけ強く叩いちゃったから起こしちゃったんだよね!」

 クマの顔は完全に怒り狂っている。
 それはそうだろう。この青空の下、気持ち良く寝ている所を無理やりに起こされたら誰だって怒る。

「グオオオオオオオォォォォォ!!!」

 とても大きな熊の声に姉妹は思わず耳を塞いだ。

 するとどういうことか、熊は大きな口を開くと、その中に炎を宿し始めた。

「なにそれぇ!?」

 ルルは素っ頓狂な声を上げながらも、ナナの方へと走って逃げてくる。

「あれ魔法だよ! っていうかお姉ちゃんこっち来ないでよ!」

 そんなナナの叫びも、パニック寸前のルルには届く訳もなく、熊の大きな口からは炎が放たれたのだった。
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