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第三章 いざ!冒険へ!

憶測と好奇心

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 暗い道をずんずんと進む中、私の腕を両手で掴むナナは可愛かった。ビクビクとしながらも、姉の腕を取りながら目をつぶって暗い道のりを歩き通した。水の音が段々と大きくなっていき、遂に空を覆っていた木々が晴れたのだ。
 しかし、姉妹たちの目の前に広がっていたのは、ルルの想像していたような景色とは、良い意味でも悪い意味でも違ったのだ。

「あれ、洞窟だよね」

 ルルが目の前を指さす。

「そうだね……」

 ナナは指の先を辿らずとも、目の前の大穴を見て洞窟があると理解できた。
 だが、姉妹と洞窟の間には崖があり、そこには今にも崩れ落ちてしまいそうな橋が掛かっている。その下には大きな川が流れていて、これが水の音の正体だったようだ。

「これ、渡るの?」

 その橋は所々腐敗しているようで、足場が無くなっている箇所があるようだ。ルルはそれを確認出来たからこそ、血の気の引いた表情を浮かべている。

「嫌だよ嫌だよ! こんな橋渡れっこないよ!」

 ここまでの暗い道のりは何とか我慢出来たナナも、見るからに危ない橋は渡りたくないようだ。
 しかしこの橋を渡らなくては、目的地である洞窟へと辿り着くことは叶わないだろう。

「それは……少しだけ思ったけど……」

 好奇心旺盛なルルだって、こんなボロボロの橋は渡りたいと思わなかった。だってもしも下に落ちてしまえば、泳げない姉妹に命は無いと思う。しかしここで諦めてしまえば、今までの苦労が台無しだ。

 そう言えば何で洞窟まで来たんだっけ?

 そうだ、魔法使いさんの言ってることが本当なのかを確認しに来たのだ。しかしそれを確認したところで、魔女さんの目が治るという保証は無い。ここまで来た理由のほとんどがルルの好奇心だった。

 でも、ここまで来たのに――。

 そんなことを頭の中でグルグルと考えていると、ナナが橋の方を指さした。

「なんか、あの橋おかしくない?」

「え、どこが?」

 ナナの指の先を辿ってみても、ボロボロの橋があるだけだ。そのボロボロ具合いは確かにおかしいが、それ以外には特に変わった箇所は見受けられない。

「ここからじゃ少しだけ遠くて分かりずらいんだけど、橋の下にボロボロの床があるよね」

「うん、あるね」

「その横に手すりみたいな綱があるよね」

「あるね」

 そこで「分かった?」という目を向けてくるナナに、ルルは首を大きく横に振った。
 段々とナナの表情が面倒そうになってくる。

「本当に分からないんだよ! どういうこと? 床と手すりになにか関係あるの?」

 ナナからはその情報しか提示されていない。
 たったそれだけで何かに気付いたと言うのなら、ナナはやはり頭が良いのだろう。

「関係ありありだよ。だって床があんなにボロボロなのに、手すりは最近取り替えたみたいにピカピカなんだもん」

 そのナナの言葉を頼りに、もう一度橋へと目を向けてみる。
 床は相変わらずボロボロだ。しかしナナの言った通り、手すりとなる綱が真っ白で汚れがひとつも付いていないように見えた。

「本当だ! 綱が新品みたい!」

「でしょ? だから違和感がしたんだなーって」

 そこでナナの言葉は止まった。
 え、その続きは無いの? ルルはそう思ったが、ナナは口をつぐんでいて開こうとしない。

「えっと、ということは……どういうこと?」

 それが分からなかった。
 床がボロボロで綱が新しいなんてことがあるのだろうか。橋がどうやって作られるのかは分からないが、足元と手すりは同じタイミングで作るのではなかろうか。

「多分、誰かが最近橋を掛けたんだよ」

「何のために?」

 単純に疑問だったことをナナへと尋ねる。すると、ナナはゴクリと生唾を飲み込んだ。

「ナナとお姉ちゃんがここに来るって分かってたから……かな……」

 ナナの仮説に、ルルまでも息を飲んだ。だって、洞窟に行くということは誰にも話していないのだから。

「私たち意外が来る可能性は?」

「あるかもしれないけど、普通はこんな洞窟に用なんてないよね」

 だとしたら、本当に私たちのために橋が掛けられたというのか。

「私たちを洞窟に行かせようとしてるってこと?」

 ルルが尋ねると、ナナは首を横に振った。

「逆だよお姉ちゃん。ナナ達を橋から落として洞窟まで辿り着かせないようにしてるんだよ」

 そこで、床と手すりの関係性と結びついた。もし、私の考えていることが本当だとすれば……。

「私たちを川に落とそうとしたってこと……?」

 恐る恐るそれを口にしてみると、ナナは小さく頷きながら近くにあった直径十センチメートル程の石を指さした。

「お姉ちゃん、これを橋に投げてみて」

「うん、分かった」

 ナナに言われた通りに石を手に持って、橋へと投げてみた。
 石が橋の足場に落ちたと思えば、柔らかそうな木はボロボロと崩れ、石を巻き込みながら川へと落ちて行った。

「ひえぇ……私たちが乗ってたら絶対に落ちてたね」

「うん、これは誰かの仕業かもしれないね」

 明らかに足場の腐り具合いが普通ではない。

 もしこれが誰かの仕業だとすれば、一体誰がこんなことを? 私たちは誰かに恨まれるようなことをしただろうか。全く心当たりがなかった。

「これ、渡れないよね……」

 ルルは自信無さげな声を出したが、すぐに何かを思い付いたように橋へと近づいて行った。

「え、お姉ちゃん危ないよ、何してるの?」

 ナナはその場から動こうとはせずに、橋へと近づいて行くルルの背中に声を掛けた。
 ルルは橋の近くに寄っていくと、手すりを思い切り揺さぶり始める。
 ルルがあと数歩だけ動くと、そのまま川の中へと落ちてしまいそうな所に居るので、遠くから見ている身としては気が気ではない。
 すると、ルルが満足気な表情をナナへと向けた。そんな姉の表情は、大体がろくでもないことを思い付いた時だ。嫌な予感がしてならない。

「これ! 手すりなら頑丈だよ!」

 そんなルルの報告に、ナナの頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。

「だ、だからどうしたの……?」

 言いたいことは分かった気がする。
 手すりの下にも綱が引かれているのだが、ルルはそこに足を掛けながら手すりに掴まっているのだ。
 何がしたいかなんて、双子の姉妹なのだから聞かなくても分かる。

「こうやって綱だけ渡っていけば大丈夫だよ!」

 ルルの元気な声と共に、ナナの嫌な予感は見事に的中してしまったのだった。
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