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第三章 いざ!冒険へ!

真剣勝負

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 山道を歩き始めてどれくらいの時間が経っただろう。上り坂をずっと登ってきて、幼い姉妹の足はヘトヘトだ。ルルなんて、さっき道端で拾った大きな木の棒を杖がわりにして歩いている。

「洞窟までこんなに遠いんだね」

 ルルの疲労した声が聞こえる。

「うん、もう通り過ぎちゃったとかはないよね?」

 ナナの言葉にルルは焦りの色を浮かべ出し、口をアワアワとさせ始めた。

「そんなことは……ないと思う……」

「思うじゃ困る……」

「いや! そんなことはない! ……多分」

「多分」

 いつもに増して、ルルには自信が無さそうだ。
 それもそのはず、聞いていた話しだと、洞窟までは『すぐ』に着くと言うことだった。
 しかし、ここまでの道のりはものすごく長かった気がする。今すぐに洞窟が目の前に現れたとしても、それは『すぐ』の部類には入らないだろう。
 だから考えられるのは、もう通り過ぎてしまった可能性があるということだ。

「どうしよう……戻って確かめた方がいいのかな」

 遂に立ち止まったルルは、腕を組んで考え始めた。それにつられて、手を繋いでいたナナも足を止めた。
 二人の足音が消え、自然の音が鮮明に聞こえ始めると、ナナが何かに気付いたように辺りをキョロキョロとし始めた。

「ナナ、どうしたの?」

 ルルが尋ねると、ナナは口元に人差し指をあてて静かにするようにと合図を出した。
 ルルはどうしたのだろうとナナの表情を伺うばかりだ。そして遂にナナの動きが止まり、二人の目が合った。

「水の音が聞こえる」

「水の音?」

 自然の音に耳を傾けていなかったルルも耳を澄ませてみる。するとナナの言う通り、水が流れているような音が薄らと聞こえた。

「ほんとだ! 水のある所が近いんだね!」

 そんな元気な声を上げるルルの顔には、『見に行きたい』と書いてあった。

「水があるからって洞窟がある訳じゃないんだけどね」

 そう付け加えてみたが、ルルの興味が消える気配は無さそうだ。目の前では犬のように鼻息を荒くしたルルが、見えない尻尾を振っている。

「ナナ! 見に行こう!」

 案の定、ルルの口からはそんな言葉が出た。

「見に行ってどうするの?」

「見に行くだけ!」

 何の理由もない興味だった。これ以上寄り道はしたくないのだが、ここで足踏みをしていても何かある訳じゃない。

「分かったよ、見に行くだけね……」

「わーい! やったー!」

 どっちが姉なのだろうと、ナナは短くため息を吐いた。

「じゃあ水の所に行ってみて何も無かったら来た道戻ってみよ?」

 これ以上進んでも何も無いと思う。これは洞窟を見逃してしまった可能性が高いらしい。
 それはナナも分かっていたことなので、快く承諾をした。

「じゃあ水のある所までレッツゴー!」

 もう足の疲れは回復したのか、ルルはナナの手を引っ張るようにして大股で歩き出した。

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 少しだけ先を歩いてみると、分かれ道が二人の前に現れた。山道に入ってから初めての分かれ道だ。

「これ、どっちに行ったらいいかな」

 二人は立ち止まりながら分かれ道を見ている。
 右の道には傾斜が高い坂が見える。
 左からは水の流れる音が聞こえるが、先は暗くて歩きづらそうだ。

「うーん、水の音が左からするけど暗くて怖い……」

 ナナは左には行きたくない素振りを見せている。だが、ルルは違った。

「えー! 絶対に左だよ! だって水の音がするもん!」

 ルルは水の音の方に歩いてきたからと、左の道へと進みたいようだ。

「だって暗いんだもん」

 ナナは顔をムスッとさせながら、左の道へと進むのを断固拒否している。こうなるとナナは頑固だ。ナナの怖がりは人並み以上で、この歳になっても夜に一人でトイレに行けないくらい。

「暗いけど! 水が流れてるの見たら戻るってことでここまで来たんじゃん!」

「そうだけど……もう水なんて見なくてよくない? そんなに見たいなら家に帰ってお風呂入ればいいよ」

「そういうことじゃないんだよ! 自然に流れてる水って見てるだけで楽しいじゃん!」

「……分からないけど」

 二人の言い争う声が木々に響く。
 しかし、いくら言い争ってもこのままでは決まりそうに無い。

「ナナ、こういう時はあれだよ」

 ルルが何かを思い付いたように、手をナナへと突き出した。

「え、なにそれ」

 いきなり拳を突きつけられて、ナナは怪訝そうな表情を浮かべている。

「ジャンケンだよ! こういう時はこれで決めるんだよ!」

「あー、ジャンケンか」

 ルルの拳の正体に気が付いたナナも、拳をつくりながら突き出した。

「勝った方が行く道を決められるんだよね」

「そう! 勝った方の意見は絶対で、やり直しは無し!」

「分かった、一回勝負ね」

 二人は睨み合うようにして、自分の出すものを決めている。

 そして二人の目が鋭く光ると、掛け声を合わせながら手を振りかぶる。

「「じゃーーーんけーーーん……ぽん!」」

 勢いよく手を振りかざす。
 ルルはグー、ナナはチョキを出していた。

「やったー! 勝ったー! 左に進めるー!」

 歓喜の声を上げるルルの横で、ナナは静かに地面へと膝を着いた。目に見えて落ち込んでいる様子のナナに、ルルは優しく頭を撫でる。

「ナナ、お姉ちゃんに勝とうだなんて千年早いよ」

「うるさい……今は構わないで」

「ご、ごめん……そんなに落ち込んでるとは……」

 初めは勝ち誇った笑みを浮かべていたルルも、大好きな妹に怒られてシュンとしている。しかし、どうしても自分の意見は変えたく無いので、ルルはナナの隣りにしゃがみ込んで背中を擦り続けた。
 数分経ってナナの覚悟が決まると、姉妹は水の音が聞こえる左の道へと歩き出したのだった。
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