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第四章 洞窟の中には

火の用心

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 綱を渡りきった姉妹は洞窟の前に居た。
 洞窟の中は太陽の光が差し込まないからとても暗く、先の様子が全く見えなくなっている。これでは洞窟の中に入ったところでロクに歩くことは出来ないし、道に迷ってしまう可能性だってある。
 どうしたものかと首を傾げていると、洞窟の入口にとある物が置いてあるのに気が付いた。

「ねえねえナナ、これなんだろう」

 そう言ってルルが指さした物は、入口の横に備え付けられた大きな木の棒だった。その大きな木の棒は全部で五本あり、それらは洞窟の入口に紐でくくり付けられていた。
 二人でそれに近づいてみると、棒の先には布のような物がグルグルと巻かれている。

「あ、お姉ちゃんこれたいまつだよ!」

「たいまつ?」

 あまりピンと来ない名前だ。
 何故ナナはこんなにも色々な知識があるのだろう。多分、魔女さんの家にある本を読み漁っているからに違いない。
 こんな所で姉妹の差が出てくるとは……私ももっと本を読もうと誓ったルルなのであった。

「そうそう、試しに木の棒に付いてる布の匂い嗅いでみて」

「え、いいけど」

 ルルはそう言って布に顔を近づけて匂いを嗅いでみた。
 すると、鼻をツンと刺激して思わず咳き込んでしまうような匂いがしたのだ。

「けほっけほっ……なにこれぇ……すごく臭い」

 顔を離すなり涙目になってしまったルルを、ナナは満足そうな表情で見ている。

「やっぱり……その匂いの正体は油だよ」

「油? 油ってお料理に使うやつだよね?」

「そうそう、油はよく燃えるからね」

 そのナナの一言で、ルルはこの『たいまつ』という物の正体が分かった。

「そっか! この布に火を着けて洞窟を照らすんだ!」

 ルルが手をポンと叩いて言うと、ナナは顎をコクコクとさせた。

「そうそう、だからこれを使えば暗い洞窟の中も歩けるって事だと思う」

「へー! やったあ! ……でも火はどうするの?」

 ルルが頭の上にクエスチョンマークを浮かべると、ナナまでも首を傾げた。

「お姉ちゃんなら出来るでしょ?」

「え、なにが?」

「火の魔法使えるじゃん。あれ使えば良いんだよ」

 完全に盲点だった。火を着けると言ったらライターやマッチのような物しか頭に浮かばず、火の魔法はどちらかと言うと攻撃に使う魔法だと思っていた。なのでこんな使い方も出来るのだなあと、しみじみと思うルルなのであった。

「その手があったね!」

「もー、しっかりしてよお」

 ナナは呆れ顔を浮かべているが、ルルはたいまつに夢中になっていて、全くそれに気が付いていないようだ。
 ルルは胸の前に手を突き出すと、久しぶりに魔法が使える嬉しさから頬を緩めている。

「ナナ! たいまつ取って!」

 ルルの両手は魔法で塞がっているので、ナナにたいまつを持ってもらうしかない。

 ナナは言う通りにたいまつを一本だけ手に取り、ルルの目の前にたいまつを差し出した。

「たいまつの位置これくらいでいい?」

「うん! それくらいで大丈夫!」

 ルルが元気よく返事を返したと同時に、その手に火が灯った。

「よーし、もう少し待っててね、火力を少しだけ強めるから」

「え、いいよそれくらいで」

 しかしナナの言うことなど聞こえていないルルは、どんどんと火を強めていく。みるみる内に顔程の大きさになった火の玉は、ナナを嫌な予感に誘うのだった。

「よーし! 出来た!」

「お姉ちゃん……もう少し火の強さ弱めようよぉ……」

「大丈夫大丈夫!」

 ルルがそう言ってみせたその時――。顔程の大きさはある火がルルの手から離れ、たいまつを半分程燃やすようにして放たれた。
 瞬時に危険を察知したナナはたいまつから手を離すと、一瞬にしてたいまつが焼け焦げて灰になったのだ。

「もう! 危ないよお姉ちゃん!」

「ご、ごめんごめん! ちょっと集中が途切れちゃって」

「えへへ」と全く反省していない表情のルルを、ナナは恨めしそうに睨みつけている。
 ルルはその視線に気がつくと、バツが悪そうな表情を浮かべながら視線を逸らした。

「いやあ……次は絶対になんとかするので……」

「何とかするので?」

 口をモゴモゴとさせるルルに、まるで親のような態度を示すナナ。今のルルには、姉としての尊厳が消え失せてしまいそうな気持ちになっていた。

「またたいまつを持ってて下さい! 次は小さい火にするので!」

 深々と頭を下げるルル。
 数秒程そのままで居ると、頭上からナナのため息が零れた。

「もう、分かったよ。次は大きくしちゃダメだからね」

「ありがとうございます!」

 頭を下げたまま大声を上げたルルに対し、ナナはそそくさとたいまつを取りに行った。
 そんなナナの様子を、顔を上げたルルは少しだけ寂しい気持ちになりながら眺めていた。

「なに、その顔」

 たいまつを手に持ち戻ってきたナナ。

「いや、ずっと頭下げてたのツッコんで欲しかったなあって……」

「なにそれ、そんなのいいから早く火着けようよ」

「あ、はい」

 これ以上は自分の心に甚大な被害が出てしまうと考えたので、ナナの言うことに従うことにした。ルルはもう一度胸の前に手を突き出すと、すぐに小さな火を灯した。

「これくらいでいい?」

「うん、そのままで居て」

 ナナはそう言うと、たいまつにマッチ程の火を近づけた。ゆらゆらと揺れる火を消さないようにと、ルルは真剣な表情を浮かべながら、頭で魔法陣を描き続ける。

 たいまつの布に火が燃え移り、ナナは「もう大丈夫だよ」と合図をすると、ルルの手の前から火がプツリと消えた。

「ふぅ、無事に火着いたね」

 ルルが息を整えていると、ナナは何か言いたい顔を浮かべていた。

「えっと……どうしたんでしょう……」

 ルルがそう尋ねると、ナナはずいっとたいまつを突きつけて来た。

「これ、重い」

 その言葉が示しているのは、『持って』という意味だろう。ここまで着いてきてくれたナナには感謝の気持ちしかないので、快くたいまつを受け取った。

「ありがと」

 その感謝の言葉がナナの口から聞けただけでも大満足だ。
 そう思ったルルは清々しい気持ちになりながら、たいまつを持っていない方の手でナナの手を掴むと、姉妹は足並みを揃えるようにして洞窟の中へと足を踏み入れたのだった。
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