盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶

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第四章 洞窟の中には

あの日の回想 Ⅳ

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 魔女さんと暮らし始めてから一年が経った。
 人里離れた場所にポツンと佇む一軒家。そのほのぼのとした雰囲気に、私は住み心地のよさを感じていた。
 魔女さんとの暮らしは想像していたよりも楽しいものだ。朝は寝坊をしても何も言われないし、お腹が空けば魔女さんにご飯をねだって作って貰い、お風呂や布団も魔女さんと一緒だ。
 こんなに人と触れ合いながら生活をするのは初めてで、心の底から楽しいと生まれて初めて思うことが出来た。
 あと、魔女さんはすごく優しい。この一年間で怒られたことはないくらいだし、私が目の周りに巻いているバンダナは彼女の手作りだ。
 まあ、魔法の勉強となると少しだけ厳しいのだが――。

「盲目魔女さーん、もう限界ですかー?」

 魔女さんはこちらを見下ろしながら、私の周りだけ重力を何倍にも上げる魔法を掛けている。
 他人が掛けた魔法を解いてみろ。というのが今回の勉強内容なのだが、これが中々にキツい。

「む……り……限界……」

 体が地面に張り付いたように動かない。
 なんとか顔だけを上げて魔女さんを見上げるが、こちらを見下ろす様子はサドそのものだった。

「なに言ってるの~、これくらい解いて貰わなきゃ困るわよ。ほら、早く立たないと背中に乗っちゃうわよ~?」

「それだけは……いや……」

 心を落ち着かせて魔法を唱えようとするが、上手く頭の中に魔法陣を描くことが出来ない。
 何度も描いては消してを繰り返していると、魔女さんの足がゆっくりと動き出した。

「ま、まって……乗らないで……」

 私の声など聞いていない様子で、魔女さんはゆっくりと背中の上に腰掛けた。
 あまり重くは無さそうな魔女さんの体重も、重力の魔法が掛けられた今ではとても重い。

「死ぬ……重い……ギブ……」

「な! 重いとは失礼ねぇ。このまま続けても良いのよ?」

「それは無理……! 重くないです……」

「よろしい。じゃあ今日はここまでね」

 魔女さんはそう言うと、私に掛かった魔法を解いてくれた。体が一気に軽くなるが、魔女さんが背中に座っているので立つことは出来ない。

「はぁはぁはぁ……魔女さんスパルタすぎる……」

「そんなことないわよ。私の師匠はもっと厳しかったんだから」

「え、魔女さんにも師匠が居たんだ」

「もちろんよ。魔女は師匠となる魔女から魔法を教えて貰うんだから」

 地面に顔を着けたくないので、両手の甲に頬を乗せながら話す。

「やっぱりさ、その師匠のこと……食べたんだよね……?」

「えぇ、食べたわよ? 食べなくちゃ師匠が亡霊になってしまうもの」

 当たり前でしょと言いたげな口ぶりで話す魔女さん。

「だよねぇ……その時ってさ、普通に食べられた?」

 そう尋ねるが、魔女さんからは返事が返って来ない。

「魔女さん?」

 もしかしたら聞いてはダメな内容だったのだろうか。
 心配になって顔を上げようとすると、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

「うわぁ! ゾクゾクってした……」

 いきなり頭を撫でられ、くすぐったくて鳥肌が立った。
 そんな私の様子など知ったことかと、魔女さんは背中から腰を上げる。久しぶりに体が自由に動くようになった。
 立ち上がった魔女さんを、地面にあぐらをかきながら眺める。相変わらず綺麗な紫色だなと思いながら。
 すると魔女さんが、ゆっくりとこちらに振り返る。

「それはアナタもすぐに分かるわよ」

 その言葉がどこまで本気だったのかは、今でも知ることはない。

 ======

 それから数ヶ月経ったある日。その時は突然やってきた。
 雨が窓に打ちつける音の中に、荒い息遣いが混じっているのに気が付いて目が覚める。
 その荒い息遣いをしていたのが隣で寝ていた魔女さんの物だと分かると、掛かっていた布団を勢いよく剥がした。

「魔女さん――!」

 そこには胸に手を当て、肩で荒く息をしている魔女さんの姿があった。

「魔女さん! 大丈夫かよ! おい!」

 急いで魔女さんの肩を掴み、上から言葉を打ちつけるようにして叫ぶ。
 普段は綺麗に見える魔女さんの紫色が段々と薄くなっていく。

「あら……起きてたのね」

 明らかに弱りきった魔女さんの声が耳を突く。

「魔女さんいきなりどうしたんだよ……昨日までは何ともなかったじゃないか」

「そうねぇ……魔女の最期は突然やってくるのよ」

「最期って……そんなこと魔女さん言ってなかったじゃないか!」

「うーん、言ったと思ったのだけれど」

 魔女さんは「くすくす」と小さく笑った。

「何で笑ってられんだよ……」

 こんな状況でも笑っている魔女さんに少しイラッとした。私がこんなにも悲しい思いに駆られているというのに、魔女さんは全く悲しくなさそうだから。
 しかし、魔女さんの手が私の頭を撫でる。

「あなたはいつも通りだなーって」

「何言ってんだよ……今は私よりも魔女さんのことだろ。なあ、どうやったら魔女さんは助かる?」

「馬鹿ねぇ……もう助からないわよ。もう時期私にはお迎えが来るの」

 そんなことを話している間にも、魔女さんの色が薄くなっていく。消えてしまうのが嫌で、思わず頭を撫でていた手を両手で握った。

「そんなの知らねえよ。今魔女さんが死んだら私は一人になっちゃうじゃないか」

「その時は誰かを見つけて来ればいいのよ……私があなたを見つけたみたいに」

「心の声を聞きながらか?」

「そうよ。『助けて欲しい』って思ってる人の元に行けば良いのよ。案外、世の中には助けを求めている人が沢山居るわ」

「……んなもん知らねえよ。私は魔女さんじゃなきゃ嫌なんだ」

 色が消えて行くのに加えて、魔女さんの手から力が抜け始める。だが、その手を絶対に離さないと強く握る。

「まったくワガママなんだから……大丈夫よ、私はあなたの中に生き続けるもの」

「……? どういうことだ?」

「私を食べてくれるんでしょ?」

 そうだった。魔女さんが死んだ時、私は魔女さんを食べなければいけないのだ。

「そ、そんなの無理だよ! 魔女さんの死体を食べるなんて出来る訳ない!」

「あら? 一年前は食べてくれるって約束をしたじゃない」

「……一年前は食べられるんじゃないかって思ったよ。だって人間の肉だったら鼻を摘みながら食べればって思ってたから……」

「今は?」

「今は……魔女さんは私にとって大切な存在になって、初めて出来た親みたいな存在なんだ……そんな魔女さんの死体を食べられる訳ないよ……」

 私がそう言うと、魔女さんはもう一度だけ小さく笑った。

「分かるわよ、その気持ち。私も師匠の亡骸を食べた時にそんな気持ちだったわ」

「……私と魔女さんが過ごした時間と、その師匠と過ごした時間、どっちが長かった?」

「それは師匠と過ごした時間ね。八十年くらいかしら」

 八十年……。
 私は一年でもこんなに胸が苦しい思いをしているのに、その八十倍ともなるとどれだけ苦しかったのだろうか。
 そんなことを考えていると、魔女さんがほんのりと手に力を入れた。

「でもね。そのどっちもが私にとっては幸せな時間だったわ。もちろん、同じくらい幸せよ?」

「私とは一年しか過ごしてないのに?」

「あなたは幸せじゃなかった?」

 そんなの、決まってる。

「……幸せだった」

「でしょ? 私も全く同じ気持ちなのよ?」

「……そうなのか?」

「そうよ、とってもとーっても幸せだったんだから」

 魔女さんはそう言うと、本当に幸せそうな小さい笑い声を上げた。

「私の人生はとても素敵で幸せだったわ。あなたと出会えたことも含めてね」

 その言葉で、本当に死んでしまうのだと思った。
 だって、もうこの世には後悔なんてないといった声色だったから。

「もう……グスッ……死ぬのかよ……」

 涙が溢れ出した。
 魔女さんが作ってくれた目隠しから、涙が零れる。

「あはは……アンタ、泣くのね」

「なんだよそれぇ……グスッ……悲しい時は泣くんだよぉ」

「この一年で見たことが無かったから、最期にあなたの泣いた姿が見られて良かったわ」

 なんだよそれ。最期なんて言わないでくれよ。そう思いながらも、壊れた蛇口のように涙が溢れ出し、口からはひっきりなしに嗚咽が漏れる。

「ふぅ、もうそろそろね……」

 魔女さんはそう言うと、私の手を両手で握った。

「すごくすごく辛いと思うけれど、私を食べて頂戴。一キロも食べれば大丈夫だと思うから、お願いね」

 嫌だ嫌だ嫌だ。魔女さんを食べるなんて、私には出来ない。そう口にしたいが、代わりに嗚咽が漏れ出て喋ることが出来ない。

「あとは……そうねぇ、あなたは少しだけ口が悪いところがあるからそれを直しなさい。私の喋り方を真似してみれば良いわよ?」

 肩で息をしながら魔女さんが言うと、握る手を胸の近くへと引き寄せた。それから、「ふぅ」と小さく息を吐く。

「あなたは最期まで泣いているみたいね。でも、もうお別れよ」

「そ、そんなの嫌だ! 待ってよ魔女さん! すごくすごく大好きなのに! なんでお別れしなくちゃいけないんだよ!」

「あらあら……大好きって言われちゃった……これはきっと良い夢が見られそうね……」

 魔女さんはそう言うと、そっと手を離し私を抱き寄せた。

「私も、大好きよ……幸せをありがとう……ごめんね」

 魔女さんの声は段々と掠れて、塵になってしまったようだった。それと同時に、苦しそうだった呼吸が耳に届かなくなる。

「魔女さん……?」

 魔女さんの腕は振りほどかずに、その顔を上げる。そこには、紫色に見えていた魔女さんが半透明になっていた。
 一体どんな表情をしているのだろう。
 目の見えない私には、魂の抜けた魔女さんの色しか見ることを許されなかった。

 ======

 その日は一日中泣いていた。
 冷たい魔女さんの手を握りながら、段々と硬くなっていくのを感じて、あることを思い出してしまう。

 ――食べなきゃ。

 そう思うや否や、魔女さんの腕を鉈で切り落としてオーブンに入れた。
 焼いている間は嫌な匂いが部屋の中を覆い、それを嗅いでは嘔吐を繰り返した。
 焼き終わった魔女さんの腕。小さな口でそれを食べようとするが、涙と嗚咽で食べることが出来ない。
 それを無理やり口の中に入れた。吐いてしまえば、また魔女さんの体を鉈で切らなければいけない。
 それは分かっているのだが、少し食べたら嘔吐をしてしまう。

 結局、一キロを食べ終わった時には魔女さんの体はほとんど残って居なかった。
 残った部位や頭を庭で埋葬する。
 その間、魔女さんと少し前に話した内容を思い出す。
 魔女さんは師匠を食べた時にどう思ったのかと尋ねると、「あなたにもすぐにわかるわ」と言われた。

 今日、やっと私にも分かったよ。

 ――魔女さんと一緒に死んでしまえば良かった。

◇◇◇
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