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第四章 洞窟の中には
あの日の回想 Ⅲ
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◇◇◇
魔法でドラゴンの姿に変えられ、檻に閉じ込められてから半日は経過しただろうか。
未だに目が見えるようになることは無い。目が見えないので外の様子がどうなっているのかも分からないが、体を少しでも動かすと冷たい鉄のような物にぶつかってしまう。
なんでこうなった――。
孤児院を抜け出してしまった後悔が津波のように押し寄せてくる。とても泣きたい気分だが、泣いて解決するのならとっくに泣いている。
もう、死ぬしか無いのだろうか……。
そう思っていたその時、救いの手は差し伸べられたのだ。
「あらあら、心の泣き声を聞いて来てみれば大きな大きなドラゴンが捕まっているじゃない」
とても優しく包容力のある女性の声だった。
この人は敵なのか味方なのか。それは定かではないが、今は迷っている暇はない。助けて貰わなければ。
しかし目も見えなければ、ドラゴンの姿に変えられているので声も出せない。どうしたら良いのか……。
「どうしたら良いのか? 大丈夫よ。あなたの心の声が聞こえるもの」
「うふふ」と上品な笑い声とともに、そんな言葉が聞こえて来た。
本当にそんなことが可能なのだろうか。
それよりこの人は誰だ? 敵か味方か? なんでここに居る?
「あーあーあー。もう、そんなに一気に聞くものじゃないでしょ。そんなに慌てなくても答えるわよ」
コホンと可愛らしい咳払いをすると、その人は喋り出した。
「まず私は誰なのかという問いなのだけれど、それは魔女よ」
――魔女。
また魔法を使える類いの人か。
「えぇその通りよ、でも魔法使いとは少しだけ違うの。魔女は普通の人間ではないのよ。五百年も生きるのだから」
五百年も生きる?
そんな馬鹿な話しがあるものか。だとしたらアンタは五百歳だとでも言うのか?
「そうよ。私の歳はちょうど五百歳になるわ」
それじゃあもう寿命じゃないか。
「そうなの。私はもう時期死ぬわ。だからここに居るの」
全然意味が分からない。死ぬからというのがここに居る理由なのか?
「そう言ったじゃない。私はね、後継者となる子を探しているの。もちろん魔女の後継者。これで意味が分かったかしら?」
……私が魔女の後継者になれって?
「ピンポーン。大正解。あなた頭が良いのね。きっと良い魔女になるわ」
私は普通の人間だ。そんな人間でも魔女になれるのか?
「魔女にはなれないわね。でも、魔女と人間のハーフにはなれるわよ」
そんな簡単になれるのか?
「なれるわよ。あなたが私の『死骸』を食べればいいの」
死骸を食べる? どういうことだ……?
「そのままの意味よ。死んだ私をあなたが食べるの。文字通りの意味で」
アンタの死体を食べるのか……。
「そうよ。あなた、好きな食べ物はなあに?」
……パン。
「パン? ちょっとパンにはならないわねぇ……ステーキとかは?」
……食べたことないけど、食べてはみたいと思う。
「そうなの!? じゃあ私が死んだら食べてみるといいわよ。とっても美味しいと思うわ」
初めて食べるステーキがアンタの肉? なんだかトラウマになりそう……。
「大丈夫よ! というか、そんな話しは後でも良いのよ。今はこの話しを承諾してくれるかを聞いているのだから」
承諾したらどうなる?
「この檻から解放してあげるわ」
承諾しなかったら?
「眠たくなったのでお家に帰ります」
アンタの死体を食べるか、ここで死ぬか選べってことかよ。
「まあそうなるのかしらね? あなたが何で閉じ込められてるのか知らないけれど、出して貰えなかったらそうなるわ」
もしアンタの死体を食べて、私が魔女と人間のハーフになったらどうなる。
「膨大な魔力を手に入れることが出来て、難しい魔法も難なくこなせるようになるわ。あとは寿命が百年くらい伸びるかしら――ああ、安心して? 見た目は二十代後半で止まるから」
聞いただけだと条件が良すぎないか? なんでそこまでして私を後継者にしたいんだよ。
「それはね、魔女は死体を誰かに食べて貰わないと永遠にこの世を彷徨うことになるの。もちろん、亡霊って意味でね」
なるほど……だから寿命が迫るこんな時に、私を勧誘しに来たのか。
「そうなのよ~。急いで探さないと亡霊になっちゃう♪」
そういうことか……。
「そう! この話し承諾してくれた?」
ほぼ承諾はした……だけど、あともう一つだけ聞きたいことがある。
「聞きたいこと?」
うん。私はこの檻から出たら何をすればいい?
「あらそんなことなのね。それは簡単よ、人間の姿に戻してあげるから、少しの間だけれど私と生活を共にしてもらうわ。その中で魔法の勉強をしていって、私の寿命が来たら私を食べればいい」
生活か……。食べた後はどうすればいい?
「一つだけって言ったのに……まあいっか。私の住んでる家をあげるからそこに住みなさい。あと、お金のことは気にしないで。永遠にお金が作れる封筒を作ったから、お金に困ることはないわよ」
やっぱり良い話しすぎる……。私のこと騙そうとしてないか?
「そんなことする訳ないじゃない。それでどうするの? そろそろ眠たくなってきたのだけれど……もう帰っちゃおうかな~」
やる! その話し乗った! だから助けてくれ!
「うふふ、正直で可愛いわね。その話しに嘘はないわね?」
うん! もちろん!
「よし、言質は取ったわよ。それじゃああなたにかかった魔法を解いてあげるわ!」
――魔女さんはそう言うと、私に掛かっていた魔法を解いてくれた。
体がどんどんと小さくなっていく感覚が体中を襲い、ついには地面に尻もちを着いた。
「あら? あらあら……あなた、呪いも掛かっているじゃない」
「え……あ、うん。目が見えない」
久しぶりに口から声が出たが、目の前は何も見えない。
「そっかぁ……呪いは掛けた本人しか解くことが出来ないのよねぇ」
「え、じゃあずっと目が見えないの?」
「そういうことになるわねぇ……あ、でも魔法を使えば少しだけマシになるかな」
その人はそう言うと、私の頭に手を置いた。とても温かい手だ。
「ギュン」と音がしたかと思うと、目の前に異様な光景が広がる。その光景はまるでサーモグラフィーのようだ。少しだけ横を見ると、紫色の光に身を包んだ人が立っていた。その人が口を開く。
「どうかしら? 見えないよりは良いと思うのだけれど」
辺りをキョロキョロとしてみると、檻のような物も見えれば壁のような物を見える。自分の手を見下ろしてみると、綺麗なエメラルド色をしていた。
「まあ、見えないよりは良いけど……慣れるまで大変そう……」
「大丈夫よ! きっとすぐに慣れると思うわ」
「そうかなぁ……」
私が自信のない声を上げると、目の前に立つ人が唐突に抱き着いて来た。
「はぁん……やっと見つけたわ……私の後継者……可愛い可愛い魔女さんになるわね」
とても柔らかな体だ。なんだか抱き寄せられるのが久しぶりな気がして、思わず胸の奥がジンとした。
その人はゆっくりと離れると、今度は中腰になって私の顔を覗き込んだ。
「でも目が白く濁っているわね……帰ったら目元にバンダナを巻いてあげるわ」
泣きそうな顔を見られるのが恥ずかしく、私は思わず顔を背けた。そんな私の頭を、もう一度優しく撫でてくれる。
「よし、じゃあ早く帰っちゃいましょう。誰かが来たらまずいわ」
その人はそう言うと、両手を目の前に突き出す。するとそこには、真っ黒の色をした扉が現れる。
「さぁ、行くわよ」
「魔法ってなんでもありなんだなぁ」
「えぇ、とっても楽しいんだから!」
その人は明るい声を上げると、私の手を強引に引っぱった。
私は特に抵抗することもなく、その扉の中に足を踏み入れる。
不意に宙に浮く感覚が襲うが、しっかりと手は握られているので平常心を保つことが出来た。
「あ、そういえばさ、アンタのことなんて呼んだらいい?」
扉の中には眩い光が溢れ出し、意識が消え入りそうになる。
「うーん……魔女に名前はないから『魔女さん』でいいわよ!」
魔女さんか……。なんだかそのまんまで可笑しい。ふっと笑みを零すと、続けざまに魔女さんから声が紡がれる。
「あなたのことは目が見えないから『盲目魔女さん』って呼ぶわね!」
「あははは」とからかう口調で魔女さんが言うと、私の意識は遠い彼方へと消えて行った。
魔法でドラゴンの姿に変えられ、檻に閉じ込められてから半日は経過しただろうか。
未だに目が見えるようになることは無い。目が見えないので外の様子がどうなっているのかも分からないが、体を少しでも動かすと冷たい鉄のような物にぶつかってしまう。
なんでこうなった――。
孤児院を抜け出してしまった後悔が津波のように押し寄せてくる。とても泣きたい気分だが、泣いて解決するのならとっくに泣いている。
もう、死ぬしか無いのだろうか……。
そう思っていたその時、救いの手は差し伸べられたのだ。
「あらあら、心の泣き声を聞いて来てみれば大きな大きなドラゴンが捕まっているじゃない」
とても優しく包容力のある女性の声だった。
この人は敵なのか味方なのか。それは定かではないが、今は迷っている暇はない。助けて貰わなければ。
しかし目も見えなければ、ドラゴンの姿に変えられているので声も出せない。どうしたら良いのか……。
「どうしたら良いのか? 大丈夫よ。あなたの心の声が聞こえるもの」
「うふふ」と上品な笑い声とともに、そんな言葉が聞こえて来た。
本当にそんなことが可能なのだろうか。
それよりこの人は誰だ? 敵か味方か? なんでここに居る?
「あーあーあー。もう、そんなに一気に聞くものじゃないでしょ。そんなに慌てなくても答えるわよ」
コホンと可愛らしい咳払いをすると、その人は喋り出した。
「まず私は誰なのかという問いなのだけれど、それは魔女よ」
――魔女。
また魔法を使える類いの人か。
「えぇその通りよ、でも魔法使いとは少しだけ違うの。魔女は普通の人間ではないのよ。五百年も生きるのだから」
五百年も生きる?
そんな馬鹿な話しがあるものか。だとしたらアンタは五百歳だとでも言うのか?
「そうよ。私の歳はちょうど五百歳になるわ」
それじゃあもう寿命じゃないか。
「そうなの。私はもう時期死ぬわ。だからここに居るの」
全然意味が分からない。死ぬからというのがここに居る理由なのか?
「そう言ったじゃない。私はね、後継者となる子を探しているの。もちろん魔女の後継者。これで意味が分かったかしら?」
……私が魔女の後継者になれって?
「ピンポーン。大正解。あなた頭が良いのね。きっと良い魔女になるわ」
私は普通の人間だ。そんな人間でも魔女になれるのか?
「魔女にはなれないわね。でも、魔女と人間のハーフにはなれるわよ」
そんな簡単になれるのか?
「なれるわよ。あなたが私の『死骸』を食べればいいの」
死骸を食べる? どういうことだ……?
「そのままの意味よ。死んだ私をあなたが食べるの。文字通りの意味で」
アンタの死体を食べるのか……。
「そうよ。あなた、好きな食べ物はなあに?」
……パン。
「パン? ちょっとパンにはならないわねぇ……ステーキとかは?」
……食べたことないけど、食べてはみたいと思う。
「そうなの!? じゃあ私が死んだら食べてみるといいわよ。とっても美味しいと思うわ」
初めて食べるステーキがアンタの肉? なんだかトラウマになりそう……。
「大丈夫よ! というか、そんな話しは後でも良いのよ。今はこの話しを承諾してくれるかを聞いているのだから」
承諾したらどうなる?
「この檻から解放してあげるわ」
承諾しなかったら?
「眠たくなったのでお家に帰ります」
アンタの死体を食べるか、ここで死ぬか選べってことかよ。
「まあそうなるのかしらね? あなたが何で閉じ込められてるのか知らないけれど、出して貰えなかったらそうなるわ」
もしアンタの死体を食べて、私が魔女と人間のハーフになったらどうなる。
「膨大な魔力を手に入れることが出来て、難しい魔法も難なくこなせるようになるわ。あとは寿命が百年くらい伸びるかしら――ああ、安心して? 見た目は二十代後半で止まるから」
聞いただけだと条件が良すぎないか? なんでそこまでして私を後継者にしたいんだよ。
「それはね、魔女は死体を誰かに食べて貰わないと永遠にこの世を彷徨うことになるの。もちろん、亡霊って意味でね」
なるほど……だから寿命が迫るこんな時に、私を勧誘しに来たのか。
「そうなのよ~。急いで探さないと亡霊になっちゃう♪」
そういうことか……。
「そう! この話し承諾してくれた?」
ほぼ承諾はした……だけど、あともう一つだけ聞きたいことがある。
「聞きたいこと?」
うん。私はこの檻から出たら何をすればいい?
「あらそんなことなのね。それは簡単よ、人間の姿に戻してあげるから、少しの間だけれど私と生活を共にしてもらうわ。その中で魔法の勉強をしていって、私の寿命が来たら私を食べればいい」
生活か……。食べた後はどうすればいい?
「一つだけって言ったのに……まあいっか。私の住んでる家をあげるからそこに住みなさい。あと、お金のことは気にしないで。永遠にお金が作れる封筒を作ったから、お金に困ることはないわよ」
やっぱり良い話しすぎる……。私のこと騙そうとしてないか?
「そんなことする訳ないじゃない。それでどうするの? そろそろ眠たくなってきたのだけれど……もう帰っちゃおうかな~」
やる! その話し乗った! だから助けてくれ!
「うふふ、正直で可愛いわね。その話しに嘘はないわね?」
うん! もちろん!
「よし、言質は取ったわよ。それじゃああなたにかかった魔法を解いてあげるわ!」
――魔女さんはそう言うと、私に掛かっていた魔法を解いてくれた。
体がどんどんと小さくなっていく感覚が体中を襲い、ついには地面に尻もちを着いた。
「あら? あらあら……あなた、呪いも掛かっているじゃない」
「え……あ、うん。目が見えない」
久しぶりに口から声が出たが、目の前は何も見えない。
「そっかぁ……呪いは掛けた本人しか解くことが出来ないのよねぇ」
「え、じゃあずっと目が見えないの?」
「そういうことになるわねぇ……あ、でも魔法を使えば少しだけマシになるかな」
その人はそう言うと、私の頭に手を置いた。とても温かい手だ。
「ギュン」と音がしたかと思うと、目の前に異様な光景が広がる。その光景はまるでサーモグラフィーのようだ。少しだけ横を見ると、紫色の光に身を包んだ人が立っていた。その人が口を開く。
「どうかしら? 見えないよりは良いと思うのだけれど」
辺りをキョロキョロとしてみると、檻のような物も見えれば壁のような物を見える。自分の手を見下ろしてみると、綺麗なエメラルド色をしていた。
「まあ、見えないよりは良いけど……慣れるまで大変そう……」
「大丈夫よ! きっとすぐに慣れると思うわ」
「そうかなぁ……」
私が自信のない声を上げると、目の前に立つ人が唐突に抱き着いて来た。
「はぁん……やっと見つけたわ……私の後継者……可愛い可愛い魔女さんになるわね」
とても柔らかな体だ。なんだか抱き寄せられるのが久しぶりな気がして、思わず胸の奥がジンとした。
その人はゆっくりと離れると、今度は中腰になって私の顔を覗き込んだ。
「でも目が白く濁っているわね……帰ったら目元にバンダナを巻いてあげるわ」
泣きそうな顔を見られるのが恥ずかしく、私は思わず顔を背けた。そんな私の頭を、もう一度優しく撫でてくれる。
「よし、じゃあ早く帰っちゃいましょう。誰かが来たらまずいわ」
その人はそう言うと、両手を目の前に突き出す。するとそこには、真っ黒の色をした扉が現れる。
「さぁ、行くわよ」
「魔法ってなんでもありなんだなぁ」
「えぇ、とっても楽しいんだから!」
その人は明るい声を上げると、私の手を強引に引っぱった。
私は特に抵抗することもなく、その扉の中に足を踏み入れる。
不意に宙に浮く感覚が襲うが、しっかりと手は握られているので平常心を保つことが出来た。
「あ、そういえばさ、アンタのことなんて呼んだらいい?」
扉の中には眩い光が溢れ出し、意識が消え入りそうになる。
「うーん……魔女に名前はないから『魔女さん』でいいわよ!」
魔女さんか……。なんだかそのまんまで可笑しい。ふっと笑みを零すと、続けざまに魔女さんから声が紡がれる。
「あなたのことは目が見えないから『盲目魔女さん』って呼ぶわね!」
「あははは」とからかう口調で魔女さんが言うと、私の意識は遠い彼方へと消えて行った。
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