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第四章 洞窟の中には

どんでん返し

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 魔女さんの口から放たれた言葉は、心の底からの怒りがこもっていた。胸ぐらを掴まれていた魔法使いさんは、そんな言葉を間近で受けて大きく目を見開いている。

「ねぇナナ……今のって魔女さんが言ったの……?」

「声は魔女さんのだったけど、口調がいつもの上品なやつじゃない……」

「怒った魔女さんってあんな感じになるんだね」

「うん、怖かった」

 もし魔女さんを怒らせてしまえば、私たちもあんな調子で怒られてしまうのだろうか。そう思うと足がガタガタと震えだしてしまいそうになるので、絶対に怒らせないようにしようと心に誓った姉妹だった。
 一方の魔女さんは、魔法使いさんの胸ぐらを掴んでいない方の左手を振りかぶり、その手にはバチバチと音を立てる電気を纏わせていた。

「お、お前はあの時の小娘――」

「喋んな、ボケナス」

 左手の電気が黄色から青白く光りだし、魔女さんは舌なめずりをしている。
 その様子を見ていたルルが、ナナの耳へと口を近づけた。

「ねぇ、魔女さんにどんなことすればあれだけ怒るんだろうね……」

「多分、ナナたちのことを閉じ込めたから怒ってるんじゃない……?」

 姉妹がそんなやり取りをしている間も、魔女さんは睨みを効かせながら魔法使いさんを見下ろしている。

「わ、分かった! 悪かった! あの時は悪かったから! 落ち着いてくれ!」

 魔法使いさんの焦り声が洞窟内に響き渡る。ここまで来ると、少しだけ魔法使いさんが可哀想に見えてくる。

「黙れよ」

 その言葉と同時に、魔女さんの電気を纏った手が魔法使いさんの首を絞めた。バチバチと音を立てた電気が魔法使いさんの体を流れると、体中が痙攣しているかのように大きく震え出した。
 それでも魔女さんは手を止めない。そろそろ手を離してあげないと、死んでしまうのではないだろうか……姉妹がそんなことを思っていると、魔法使いさんの口からは泡が溢れ出した。

「魔女さんもういいよ!」「それ以上やると死んじゃうよ……」

 ルルとナナが声を上げながら魔女さんの足元へと抱き着く。
 すると魔女さんの手に纏っていた電気が段々と消え去った。胸ぐらを掴んでいた手を離すと、魔法使いさんが地面へと仰向けに転がる。

「そうですね。私としたことが取り乱してしまいました」

 すっかり魔女さんの口調は元に戻り、それにつられて姉妹もホッと胸を撫で下ろした。
 魔女さんが両手を差し伸べると、姉妹はその手を掴んだ。

「ねえねえ、魔法使いさんはどうするの? このまま?」

 ルルが顔を見上げると、そこにはいつも通りの魔女さんの顔があった。

「えぇ、気を失っているだけなのでこのままでも大丈夫じゃないかしら」

 やはり助けないのかと思ったルルとナナは、生唾をゴクリと喉に通した。

「うん、分かった。じゃあ早くここから出よ!」

「ナナも早く外に出たいー、洞窟の中は暗くて怖いもん」

 ルルとナナは繋ぐ手をブンブンと振りながら、魔女さんの顔を見上げている。

「はいはい。家に帰ったらここに居る理由も教えて貰いますからね」

 とても優しい口調だったが、怒った魔女さんを間近で見てしまった姉妹は心臓をギクリとさせた。
 そう言えば魔女さんには黙ってここに来ていたのだった。家に帰ったら何て言い訳をすれば良いのだろうか。
 そんなことを考えながら、魔女さんと手を繋いで家に帰ろうとした、その時。

「うわ!」

 ルルが驚いた声を上げながら宙へと浮いたのだ。油断していた魔女さんは手を離してしまい、ルルは洞窟の天井辺りでプカプカと浮いている。

「はっはっは! 油断したのぉ」

 背後から嫌な声が聞こえた。
 魔女さんとナナが急いで振り返ると、そこには倒れていたはずの魔法使いさんが左手を天井へと掲げている姿があった。魔法でルルの体を浮かせているのだろう。
 魔女さんの口元に段々と怒りの色が現れる。

「てめぇ……」

 魔女さんはナナの手を強く握りながら、魔法使いさんに鋭い牙を見せている。
 すると魔法使いさんは空いてる右手の平を見せて、制止の合図を出した。

「待て待て、ワシは今あそこにいる小娘の命を握っておる。だから変な真似だけはしないことをお勧めするぞ」

 魔法使いさんの口元がニヤリと吊り上がり、まるで勝利を確信したような表情だ。
 上空ではルルが「高いよー!」と手足をジタバタとさせている。

「何が目的だ」

 魔女さんがドスの効いた声で尋ねると、魔法使いさんは目を鋭くさせながら口を開いた。

「ちょっとお前さんと話しがしたくてな」

「お前と話すことなんか何もねえよ」

 魔女さんが噛みつくように声を上げても、魔法使いさんは気にする様子は見せない。

「おっほっほ。そうすぐに噛みつくところは五十年前と何も変わってないようじゃな」

「この子たちの前でその話しはするんじゃねえ」

「それは本心か? この小娘たちに本当のことを教えずに暮らすのは大変だったのではないか?」

「うるせぇ――!」

 遂に我慢が出来なくなり魔法を唱えようとした魔女さんだが、魔法使いさんの左手に力が入ったのが目に入ると、魔法を唱えようとしていた手をゆっくりと下げた。

「危ないのぉ。危うくあの小娘が死ぬところじゃったわい」

「くっそ……てめぇも卑怯なところは変わらねえんだな……」

 やっぱり魔女さんと魔法使いさんは古くからの知り合いなのだろうか。
 それに五十年前と言っていたが、それが本当ならば魔女さんは五十歳を越えていることになる。しかし見た目だけであれば、とてもじゃないが五十代には見えない。

「まあ落ち着け。ワシはお前さんと話しがしたいだけじゃ」

「だから話しなんかねぇって」

「うむ、じゃあ言い方を変えよう。聞きたいことがあるのじゃよ」

「聞きたいことだ?」

「ああ、五十年前のあの日、どうやってこの檻から抜け出した? なぜ今は魔法が使える? そしてなぜ五十年経っても老けない? この三つだけじゃ」

 魔法使いさんの顔は真剣だった。
 一方の魔女さんは、ナナと繋ぐ手を小刻みに震わせている。この震えの正体は何なのだろうか。
 昔を思い出したから? それともルルとナナに真実を知られたくないから?
 どちらにせよ、ナナが今出来ることはただひとつ。手を力強く握ることだ。そうすると、魔女さんの震えは段々と小さくなっていった。

「それを言って何になるんだ……」

「あの日、なにが起こったのかを知りたいだけじゃよ。もっとも、答えなかったら小娘の命は無いがな」

 魔法使いさんはそう言って宙に浮かぶルルをチラリと見た。
 未だ宙に浮かんでいるルルは、高い所に慣れたのかジタバタせずに大人しくしている。その様子を眺めているナナは、改めて鋼の精神を持っているルルに尊敬の念が芽生えた。

「さあどうする? 答えるか答えないかは自由に選ぶがいい」

 魔法使いさんの勝ち誇った笑みを前に、ナナは魔女さんの手から力が抜けたのを感じた。
 ナナが心配そうに魔女さんの顔を見上げると、悔しさからか歪んだ口元があった。

「あぁ、じゃあ答えてやるよ」

 魔女さんはそう言うと、魔法使いさんの問いにひとつひとつ答え始めた。
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