私とラジオみたいな人

あおかりむん

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しんせつ【親切・深切】

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しんせつ【親切・深切】弱い立場にある人や困った目にあっている人の身になって、何かをしてやったりやさしく応対したりすること(様子)。また、その態度。



 斎明寺家での生活はとても良いものでした。富江さんという女の人が私の面倒を見てくれて、着物の着方や箸の持ち方などを全部教えてくれました。私は一日に何回食事をするのかや朝に起きて夜に寝ることもよくわかっていなかったので、懇切丁寧に教えてくれた富江さんはとても親切で良い人だったと思います。富江さん以外にも毎日かわるがわる先生がやってきて私にいろいろなことを教えてくれました。私は勉強をしたことが無かったので最初は怒られてばかりでしたが、先生たちのお話をきちんと覚えているのだとわかってもらえてからは何も言われなくなりました。先生たちから怒られないようにするのは母の機嫌を取るよりずっと簡単でした。私を長屋から斎明寺家へ連れてきた男の人は九条様という名前で、時折私のいる部屋へやって来ては富江さんと話をしていました。富江さんはいつもより高い声で私の生活の様子と私の世話はとても大変だという話をします。九条様は一通り富江さんの話を聞いたあと『引き続きはげめ』と言い残して帰ってゆきます。九条様が帰ってからしばらくの間、富江さんは怖い顔で普段なら口だけで私を怒るところを、頬をはたいたり身体を突き飛ばしたりします。きっと私のせいで富江さんはひどく怒っているのに、それくらいのお仕置きで済ませてくれるなんてやはり富江さんは良い人だと思いました。
 斎明寺家にはお坊ちゃまが一人とお嬢様が二人いらっしゃいます。末のお嬢様は紗世様とおっしゃって、生まれた時から病気がちでいつも床にいらっしゃるそうです。外出もままならない紗世様に代わって、私が公の場に出るようになったのは十六になった頃でした。九条様が私を入ったことのない部屋に放り込んで、中にいる女の人たちに着物やらお化粧やら髪結いやらをされた後、車に乗せられます。別の車には、斎明寺家に連れてこられた日に引き合わされた怖い顔の男の人──斎明寺家で一番えらい旦那様──とお坊ちゃまの誠一郎様、紗世様のお姉様の香織様が乗り込みます。なんだかきらきらとした場所に着くと、私は斎明寺家の皆様の後ろをついて歩き、旦那様が『末の紗世です』と言ったら笑ってお辞儀をします。相手の方が私の事を褒めたら『お上手ですわ』と言って笑い、それ以外は困った顔をして旦那様を見ればよいのです。最初はうまくできずに旦那様に叱られたものですが、最近は慣れてきてどんな着物を着せられるのだろう、どんなきらきらした場所に連れていかれるのだろう、なんて思うときもあるのです。そんな機会を作ってくださる斎明寺家の皆様には感謝してもしきれません。
 斎明寺家のご兄妹は皆さま仲が良いご様子です。紗世様とお会いしたことは無いのですが、誠一郎様と香織様はよくお二人で内緒話をしていらっしゃいます。私を見ながら笑ったり顔をしかめたりしていることが多いように思います。私を話題にしてくれているのはありがたい事と思い、お二人に笑かけてみたことがあるのですが、その時は香織様が激昂されて頬をはたかれました。『ショウフクの子が私たちを馬鹿にするな』と言われて罰として三日ほど食事がもらえませんでした。それからは斎明寺家の皆様について出かける時には極力下を向いて目を合わさないようにしています。私は一度失敗しないとやってはいけないことが分からないので、斎明寺家の親切な方々にご迷惑を掛けてしまうのは心苦しいところです。
 紗世様の代わりに外へ出るようになったのと同じ頃、ラジオをいただきました。自分のことは自分でできるようになったからと数カ月前から富江さんは私の部屋に来なくなりました。読み書きなんかを教えてくれていた先生たちはそれよりずっと前に来なくなっていましたから、私が人の話し声を聞くのは週に一回ずつのお茶とお花の稽古とお手洗い、湯浴みで廊下に出た時くらいでした。特段不便はなかったのですが、スピーカーから流れる誰かの声を聞いているのは何もせずにじっとしているよりはるかに面白かったので、私は日がな一日ラジオを聞いているようになりました。




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