私とラジオみたいな人

あおかりむん

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みあい【見合(い)】

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みあい【見合(い)】結婚の意志を持つ男女が、相手を知るために他人をなかだちとして会うこと。



 十七になってしばらくした頃、いつものように外出をしたのですが誠一郎様と香織様はおらず、斎明寺家の方は旦那様だけでした。不思議に思っていると、九条様に『今までのヤカイとは違う、今日はミアイだ』『いつもどおり余計な事は言わず笑って頷いておればよい』『くれぐれも旦那様に恥をかかせるな』と何度も言い聞かされました。九条様の様子に私は母に会った最後の日を思い出しました。母とは似ても似つかない九条様になぜそんなことを思うのか不思議でした。車に乗せられて到着したのは斎明寺家のお屋敷のような大きな門構えの建物でした。いつものきらきらした場所を思い浮かべていた私はこんな場所に大勢の人がいるのだろうかなどと考えながら、旦那様の羽織の裾を見つめて歩いていました。お仕着せの女の人が案内した部屋には旦那様くらいの歳の男の人と女の人、誠一郎様くらいの若い男の人がいました。『これが娘の紗世です。紗世、ご挨拶なさい』と旦那様に言われたのでいつもと違う言い方に少し慌てそうになりながら、何とか紗世様を名乗りました。『噂に違わぬ美しいお嬢様ですね』『本当ですわ。うちのハジメさんではとても釣り合わないのではないかしら』『何をおっしゃいますか、ハジメさんのご高名はかねがね聞き及んでおります』『ほとんど道楽の延長のようなものですよ。こういった趣味は子どもの内だけかと思っていたのですがね。さあ、ハジメ。お前もご挨拶しなさい』相手方の男の人に促されてずっと黙っていた若い男の人が口を開きました。『篠花しのはなはじめです。どうぞよろしく』と名乗ったその人の声色は予想に反して淡々とした調子でした。私は女の人の帯締めに定めていた視線を正面側にずらして若い男の人を見てみました。この場で唯一洋装をまとい誠一郎様より背が高い様子でした。好奇心からネクタイの半ばあたりまで視線を上げたところで、ご気分を損ねてはいけないと我に返って元の帯締めに視線を戻しました。それからは九条様の言いつけ通り、旦那様と男の人と女の人の会話を笑って聞いて、たまに『はい』とか『いいえ』と言っていました。皆さん、にこにこと楽しそうにお話をしていたので、私もいつもより上手くやれている気がしていました。ですが、相手方の男の人が突然『では、あとは若いお二人で』とおっしゃいました。私はそんなことを言われたことが無いので、旦那様を見上げると旦那様もにこにこして『そうですね。肇くん、紗世と庭でも見てきたらどうだい』と答えました。九条様の『いつも通り』にはこういった状況も含まれていたのでしょうか。『余計なことは言わずに笑って頷いておればよい』『旦那様に恥をかかせるな』という九条様の声がうわんうわんと頭の中で響きました。いつの間にか肇様が立ち上がっていたので私は彼の後ろをついて歩くことにしました。いつも通り、いつも通り。何度も頭の中で唱えながら肇様の膝の裏に寄る皺を見つめながら遅れないように早足で廊下を歩きました。庭へ降り、建物から少し離れたところで突然肇様がこちらを振り返って立ち止まりました。本当に突然だったので私は思わず肇様の顔を見上げてしまいました。すぐに顔を伏せたのですが、肇様はフンと鼻を鳴らして腕を組みました。そういった仕草は男の人が不機嫌な時にするものだと知っていたので私は謝罪の言葉が余計なことに当たるのか考えなければなりませんでした。しかし、私が結論を出すよりも早く肇様が話し始めてしまいました。『君も嫌になるだろう。華族というのは口を開けば自慢話、謙虚なふりをして自慢話、褒めるふりをして自慢話だ。そんなに順位付けが好きなら日本中の華族を集めて格付け大会でも開いたらいいのだ。きっとすこぶる盛り上がるだろうよ』一息つき『君も座敷での様子を見るにこのミアイにはさして興が乗っていないのだろう? かくいう僕もそうだが、まあ僕は妻に求める条件は一つしかない。はなからそれを満たした女性にしてくれと両親やら親族やらには言っているのだが、なかなかどうしてみな僕の話を聞いてくれない。だから僕は毎回長々しくうっとうしい自慢話にあくびを噛み殺す術にばかり長けてゆくのだ。もっとも、両親がその術を僕に身につけさせようとしている可能性も大いにあるがな』とさらさらと言い切った肇様は近くの下草の前にしゃがみ込むと洋服が汚れるのも厭わず草を探り始めました。私はどうしたらいいのか分からず彼の斜め後ろあたりに立ったまま短く刈り込まれた襟足を見ていました。『僕は世間一般に変人と呼ばれるタグイの人格だが、嫁入り先としては優良だ。篠花は伯爵位を賜っているし、いくつかやっている会社もすこぶる順調だ。母など着物やら宝石やら化粧品やらを毎日山ほど買っている。身体は一つしかないのにな。つまりは結婚後の何不自由ない生活は保障される。僕自身も妻に割くための興味関心は持ち合わせていないので、結婚さえしてしまえば何を買おうとどう過ごそうとなんなら恋人を作るなり好きにしたらいい。ただ僕は己の趣味を否定されることがこの世の何にも代え難く不愉快なので会う女性全てに確認していることがある。それがこれ。君、手を出して』とさらさらと喋り続けた肇様はおもむろに立ち上がると私に拳を突き出しました。言われた通り両手を差し出すと、彼の手から何かがぽとりと私の手のひらに落ちて来ました。こちょこちょとする感触に手を顔の近くに引き寄せてみると、そこにはてんとう虫が歩いておりました。ずんぐりとした身体に似合わない短い足を忙しなく動かして指先まで上り詰めたてんとう虫はパカリと羽を広げてどこかへ飛び去ってゆきました。てんとう虫を見送ったあと、私は肇様を見遣りました。この時には顔を見てはいけないとかいう考えは抜け落ちていて、ただただ訳のわからなさだけが頭を占めていました。肇様は『意外といけるな。まあてんとう虫は平気な人も何人かいたからな。おや、君は綺麗な顔をしているからもっと前を向いていた方がいい。造形美はそれだけで価値がある。次はショウリョウバッタ。まだ小さいから子どもだね。後ろ足の関節を持って。足を折らないように優しく』と言って私の手首を掴んで引き寄せました。言われた通り緑の細長いバッタの足を摘むと肇様は『ははは』と笑いました。『君いいね! すごくいい。その子は逃がしてあげて。最後はこの子』バッタを近くのつつじの植栽に乗せると、また手首を掴まれて何かを手のひらに置かれました。それを私に見せないように手のひらを重ねるようにしたまま、肇様はにこにことこちらを見ています。『くれぐれも地面に投げたりしないでくれよ。無理だったら僕がどけるから。いいね?』と聞かれたので私は黙って頷きました。ゆっくり肇様が手を離すとそこには黒と緑の縞々模様のいも虫がいました。大きさは私の人差し指くらいはあるでしょうか。てんとう虫とは違うこちょこちょした感触をくすぐったく思っていると『ははは! 素晴らしい! こんな女性は初めてだ! 結婚しよう! 僕の妻は君しかいない! サクラさん? サチヨさんだったか? まあ名前など記号でしかないな! 大事なのは君が虫を嫌わないケウな女性ということだ!』と捲し立てたのでした。それから庭にいる虫をことごとく紹介され、お仕着せの女の人が呼びに来てようやく肇様の話は終わりました。肇様は元の座敷に戻るなり、旦那様に私と結婚したいと伝えました。肇様のご両親はいたく喜び、旦那様も笑っていました。皆さんが喜んでいたので私も今日を上手くやれたのだと嬉しくなりました。斎明寺家のお屋敷に戻ってから初めて旦那様に『よくやった』とお声かけいただきました。その日はずっと旦那様のその一言を繰り返し思い出し続けていました。そして、いい気分で眠りにつく直前に肇様のたくさんの話を思い出して、ラジオみたいな人、と思ったのでした。




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