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これまでのこと
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しおりを挟む結局、大食い三銃士はミオに敗れた。
3人はスプーンに山盛りいっぱい乗せたチキンライスを次々に大きな口へと運び、開始早々にオムライスを半分ほど胃袋に収めた。余裕の笑みを湛えて向かい側に座る華奢な少年の様子を窺うと、彼の前の皿はすでに空だった。
太刀打ちできない圧倒的な実力の差。
それを嫌というほど見せつけられた3人は悔し涙を滲ませながら、残りのオムライスを食べる羽目になった。そんな悲壮感漂う三銃士を前にして、ミオはデザートとしてケーキを2ホール平らげたのであった。
晩餐会が終わり、集まっていた生徒が自分の寮へ帰っていく流れに乗って、ミオたちも大食堂を後にした。紫寮に戻るまでの間に、自寮他寮問わず、何人もの生徒がミオの健闘を讃えた。中には「一体どこに入ったんだ?」とミオの腹を観察する者も少なくなかった。
声を掛けてくる生徒たちに礼を言ったり、「ここに入っています」と胃のあたりを示したりしているうちに、紫寮へと戻ってきた。
玄関をくぐると、食堂の入り口の脇に立った青年が大きな声で戻ってきた生徒たちを誘導していた。
「みなさーん! この後、食堂で入寮式をしますからね! 中に入ってくださーい!」
玄関ホールに入ってくる生徒たちはその声に従って、次々に食堂へと移動している。聞きなれない単語にミオとサミュエルは首を傾げた。
「入寮式? なにそれ」
サミュエルは後ろを歩いていたペーターに顔を向ける。しかし彼はにこにこと笑ったまま、何も答えず、2人の背中を押して食堂へとずんずんと進む。訳も分からず、されるがままに食堂へ入るとまた別の生徒が誘導をしていた。
「あっ! 転入生2人も入寮式やるからね。前に行ってね」
彼が指さした方向を見ると、食堂の隅で新入生たちがまとまって立っている。ミオとサミュエルは顔を見合わせて、とりあえず新入生たちの集団の端に加わった。
会場となっている食堂はテーブルが部屋の端に寄せられて、空いたスペースには無造作に椅子が並べられている。上級生たちはその椅子に座ったり、後ろの方でテーブルに腰かけたりして入寮式が始まるのを待っていた。
彼らの楽しそうな笑顔が何となく意地悪く輝いているように見えて、サミュエルは嫌な予感がする。
「では、そろそろ入寮式を始めようと思います。進行は、私、副寮長のアーネスト・ピーコックが務めさせていただきます。それでは始めに寮長のルイス・ハーマンより、お言葉をいただきます」
狐のように細い目をしたアーネストから紹介を受けたルイスが前へ出て、真ん中にぽつんと置かれた木箱の上に乗る。木箱はギシギシと嫌な音を立てる。
「新入寮生諸君。改めて、紫寮へようこそ。これから6年間、転入生の2人は4年間だが、君たちはこの寮で寝食を共にすることになる」
話の途中で「固いぞ!」などと飛ばされる野次を叱りつけてルイスは続ける。
「朋輩たちと常に切磋琢磨し、紫寮の生徒として誇りを持って、学校生活を送ってほしい。入寮おめでとう!」
ルイスは新入寮生たちに力強く笑いかけた後、木箱を降りた。それを見届けてから、アーネストが話し始める。
「さて、それでは私から入寮式の説明をさせていただきます。入寮式で行うことはただ1つ。『羞恥の告白』です!」
その言葉に会場から大きな歓声が上がる。それを手で制しながら、楽しくてしょうがないという様子のアーネストが続ける。
「新入寮生の皆様には、順番に前のこの木箱、お立ち台ですね、これに乗って今までの人生で一番恥ずかしかったことを告白していただきます!」
サミュエルが新入生たちを盗み見ると、みんな顔を青くしている。ミオとサミュエルはもちろん、新入生たちもこの入寮式について何も聞かされていなかったようだ。
「ちなみに、こちらにおりますリンゼイ・ドートリスが告白の真偽を判定します。真実なら白、虚偽なら赤の旗が挙がります。彼の目を欺くことはできませんので、さっさと吐いて楽になりましょう」
切りそろえられた長い前髪で目元を隠したリンゼイは、会場の声援に両手に持った白と赤の旗を振って答えている。
「さあ、それでは早速はじめましょうね」
にやりと笑ったアーネストが最初の1人の名前を読み上げ、地獄のような入寮の儀式が始まった。
新入生たちの告白の内容は様々だった。
小さい頃、おねしょの証拠隠滅をするためにシーツを燃やしてボヤ騒ぎを起こし、親戚中におねしょの事実が知れ渡ってしまったこと。
両想いだと確信していた女の子に、衆人環視の大告白をしたら、こっぴどくフラれたこと。
自分は異世界からの転生者で人生2回目という設定で過ごしていた時期があったこと。
大笑いで会場が湧き立つこともあれば、少なからず自分たちにも心当たりがある告白に思わず目を覆う場面も見られた。時折、赤の旗が挙がったときは、会場中から大ブーイングが起こり、輪をかけて恥ずかしい思いをする羽目になる者もいた。そして告白を終えた新入生たちは例外なく、真っ赤な顔で眼に涙を滲ませていた。
そして、いよいよ残りの新入生の数も減り、ミオとサミュエルの順番が近づく。今まさにお立ち台に立っている新入生の告白に赤の旗が挙げられ、ブーイングが起きている。それを眺めながら、サミュエルが隣に立っているミオに小声で問いかける。
「おまえ、何言うの?」
「ひみつ」
すでに少し顔を赤くさせながらミオが答えた。その返答にあっそ、と返したところで、ようやく白の旗が挙がったようだった。彼が最後の新入生だった。
「さて、新入生の告白はこれで以上になります。つぎに、今年から3学年に転入してきました2人の告白に移ります。では、ミオ・ヘイノラ。前へお願いします」
「はい」
アーネストの呼びかけに固い声で返事をしたミオは、ぎしぎしとぎこちない歩き方でお立ち台まで進む。いたく緊張している様子に会場から励ましの声が上がる。その声に礼を言って、ミオは大きく息を吸った。
「人生で一番恥ずかしかったことは! 11歳のとき! 王城の近くの川で! そこにいるサミュエル・アトウッドに!」
会場の視線が一気にサミュエルに向く。サミュエルの頭からすっと血の気が引いた。ミオが何を告白するつもりか理解して、思わず叫ぶ。
「……おい、ばか、やめろミオ!」
反射的に前に出ようとしたサミュエルを近くに座っていた上級生が取り押さえた。羽交い絞めにされ身動きを封じられたサミュエルはもう一度大きく息を吸っているミオの口元を呆然と見つめる。
「『親友になってくれませんか?』ってお願いしたことです!」
ミオの告白に会場は水を打ったように静まり返る。
ミオは顔を真っ赤にしてやり切ったとばかりに勢いよく息を吐く。
──次の瞬間、男だらけの観客にしては些か高い音の歓声が上がった。
「えー! やだー! かわいー!」
「仲良いとは思ってたけど、そういうことだったの?!」
「ピュアすぎるんだけど! 眩しくて直視できないんだけど!」
会場から次々に上がる声に、サミュエルは顔を両手で覆ってうなだれる。指の隙間から覗く顔だけでなく、首まで真っ赤になっている。甘酸っぱささえ感じるミオの告白に熱狂する会場内で、アーネストが追い打ちをかけるように質問を飛ばす。
「いやー、かわいらしいですねえ。ミオ少年の健気なお願いに、サミュエル少年はなんと答えたのでしょう?」
その質問にサミュエルは勢いよく顔を上げて、アーネストに向かって怒鳴る。
「おい! 告白はしただろ! もう終わりにしろよ!」
暴れだしたサミュエルを押さえている腕に力が入る。サミュエルの訴えが聞こえていないのか何なのか、ミオは再び大きく息を吸う。必死で止めるサミュエルの声も虚しく、ミオは質問に答える。
「サミーは! 『親友ができたのはじめて』って言って笑ってくれました!」
ミオの答えに会場のボルテージがさらに上がっていく。
「いやー! 俺泣いちゃう!」
「むりむり、なにそれ? なにそれ?!」
「サミー! 親友になってくれてありがとう!」
「サミー! いつまでも仲良くな!」
「サミー言うな! うるせェんだよ!!」
怒鳴るサミュエルを全く意に介さず、観客たちは全員立ち上がり、手を叩いたり指笛を鳴らしたりしている。そして、会場からサミーコールが沸き起こる。
「サミー! サミー! サミー!」
「うるさい!!」
この日一番の盛り上がりを見せる会場を愉快そうに眺めていたアーネストが自分の喉に指をあてて拡声の魔法をかける。
「ミオ・ヘイノラが非常に心温まる告白をしてくださいました。これに関しては判定なんて無粋ですね。みなさま、ミオ・ヘイノラに惜しみない拍手を!」
割れんばかりの拍手と歓声に両手を挙げて答えたミオは、お立ち台を降りると新入生たちの集団の端にちょこんと合流した。
「さて、ついに次の新入寮生の告白が最後です。皆さんご存じ、ミオ・ヘイノラの親友のサミュエル・アトウッド! 前へ!」
サミュエルが羽交い絞めにされていた腕を振りほどいて、乱暴な足取りでお立ち台に立つ。いまだに首まで真っ赤なままだ。
「さあ! あなたの人生で一番恥ずかしかったことは何ですか?」
サミュエルは大きく息を吸って、思いっきり怒鳴った。
「今だよ!!」
大きな笑い声と手を叩く音が会場内に溢れる。
判定の旗は高々と白が掲げられていた。
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