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これまでのこと
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しおりを挟む「俺も部活に入ろうかなって」
ある日の朝。すでに身支度を終え、朝食まで済ませたミオは、ようやくベッドから這い出してきた友人に宣言する。
「いいんじゃねェの……」
まだ寝ぼけているのか、眠気まなこを擦りながら気のない返事をするサミュエルにミオは詰め寄る。
「なんの部活に入ろうか考えたんだけど……」
「……その話、後でも良い?」
時間ないから、とすげなく躱されてしまった。この要領の良い友人は、始業時間から逆算してぎりぎり遅刻しない時間に起床する。それを知っていたミオは勢い切って開いていた口を閉じなければならなかった。
§
放課後、ミオは20人ほどの人間でできた壁の後ろに立っていた。自分の身長よりも幾分高いその壁を前に、ミオは背伸びをしたり飛び跳ねたりして、その向こう側を見ようとする。その様子を見兼ねたのか、目の前に立っていた生徒が振り返る。
「前どうぞ」
わずかに苦笑を浮かべて紳士的に場所を譲ってくれた生徒に礼を言う。1人分前に出ると、そのやり取りに気が付いていたのか、また前に立つ生徒がミオに場所を譲ってくれる。そんなことを何回か繰り返した結果、ついにミオは壁の一番前まで押し出されていた。
後ろを振り返ると、皆ミオより背が高いため、自分が彼らの視界を妨げることは無いとすぐにわかった。高い身長や優れた体格、さらには紳士的な気遣いまで身につけている彼らにミオは感心する。それと同時に2年は長く生きているはずの自分と彼らを比較して少しだけ拗ねたような気持ちになった。
「やああああ!」
「うおおおお!」
目の前に広がる訓練場では、至る所で木剣を持って声を上げる男たちがぶつかり合っている。その気迫に当てられて見学の新入生たちも心なしか興奮気味である。
ミオはいま、新入生たちに混じって部活動見学に参加していた。そして、見学している部活はというと。
──魔導剣術部。
魔導剣術とは、魔法を効果的に併用しながら剣術を軸として戦う武術である。リスタット王国内で最も普及している武術としても知られている。この魔導剣術の最高峰といわれるのが、ミオの叔父も所属している魔導騎士団である。魔導剣術は魔法を使うとはいえ、その基本は剣術である。部員たちはもちろん、見学の新入生たちもよく鍛えられた体格をしている。ミオを除いて、だが。
もちろんミオも全く体を鍛えていない訳ではない。グラントリー校へ入る前は魔導騎士団の訓練に週に何度か混ぜてもらっていたし、学校生活に慣れるのを優先して中断していた朝の走り込みも最近になって再開したところだ。ただ単にそれらの成果が体に現れ難いのだ。そして上背に関してはこれから伸びる予定である。
ひとり脳内で言い訳を考えていると、部員同士の手合わせがひと段落したようで、見覚えのある青年が見学者の集団へと近づいてくる。
「今日は見学に来てくれてありがとう。君たちも見ているだけでは退屈だろう。手合わせに参加して……」
近づいてきた青年──紫寮寮長のルイス・ハーマンは突然言葉を切ると、1番前に立っていたミオを凝視する。
──なんでお前がこんなところに。
彼の瞳は雄弁にそう語っていた。自分を見つめて硬直してしまったルイスに、ミオは抗議の気持ちを込めて視線を送る。数秒後、硬直の解けたルイスはちらちらとミオの方を窺いながら話を再開した。
「ええと、先輩たちと手合わせをしてもらおうと思ったんだが、希望者は手を挙げてくれ」
見学者ほぼ全員の手が挙がる。もちろんミオもだ。ルイスはミオを再び凝視して、ぎこちなく指示を出し始める。いちいち驚かないでほしい。
「あー、それじゃあ木剣と防具を貸すからついてきてくれ」
そう言って歩き出したルイスの後に続く新入生たちは、声をひそめつつも興奮を隠しきれない様子で口々に話し始めた。
「すっげ! あれって去年の王国魔導剣術大会で優勝したルイス・ハーマン先輩だろ!」
「やっぱり風格が違うよな。立居振る舞いがすでに強そうというか」
「卒業後は魔導騎士団への入団が決まってるらしいぜ!」
そんなおしゃべりを傍らでふんふんと聞いていると、周囲の目が遠慮がちにミオに集まっていることに気付いた。急に自分に集まった視線にミオは目をパチパチとさせる。
「なあ、あんたも手合わせに参加するのか……?」
「え、うん」
「悪いことは言わないから、やめとけって。入学早々怪我なんてしたくないだろう?」
申し訳なさそうな顔をしながら1人の生徒がミオに話しかけてきた。彼の言葉に同意するように他の生徒たちもうんうんと頷く。自分はそんなに貧弱に見えているのかとミオは内心でショックを受ける。たしかに筋肉はあまりついていないけれども。身長もやや低いけれども。
「大丈夫だ。こう見えても結構強い」
ミオとしては事実を述べたつもりだったが、周囲は全く納得していない。「降参は恥じゃ無いから」とか「引き際を見極めるのも大切」とか、彼らなりの助言をミオに授けてくれる。ミオは、彼らに納得してもらう必要もないと曖昧に頷いてやり過ごした。
腕と胴回りに防具を着け、木剣を持った新入生たちが訓練場へ散る。そして、それぞれ手合わせの相手となる先輩たちの前に立つ。ミオの前に立っているのは、他でもないルイスだった。
「ルイス先輩と手合わせしたそうな人、たくさんいましたよ?」
それなのになぜ自分の相手を、と言外にミオは訴える。わざわざ見知った先輩に相手をしてもらうのも座りが悪いと思ったからだ。そんなミオの心情を知ってか知らずか、ルイスは肩をすくめて言う。
「まあそう言うな。俺が1番手加減が上手いんだ」
「手加減が必要かどうかは、打ち合ってから決めてもらえますか?」
「……お前は案外、気が強いというか、負けん気が強いな……」
ミオの好戦的な言葉にルイスは一瞬驚いたように目を見開いた後、にやりと笑った。
「そこまで言うなら、お手並み拝見と行こうか」
「臨むところです」
手合わせのルールはシンプルなものだった。相手の首から上を除く上半身に一撃でも入れた方の勝利。ちなみに今回は魔法の使用は禁止だ。
訓練場の中央あたりから響いた「はじめ!」という掛け声を合図に、あちこちで打ち合いが始まった。
ミオは地面を思い切り蹴り、ルイスとの間合いを一気に詰める。木剣を振り上げて斬りかかる。振り下ろされたミオの木剣をルイスは難なく受け止めると、そのまま、横に薙ぎ払った。隙ができたミオの脇腹にルイスの木剣が振り下ろされようとする。咄嗟に薙ぎ払われた勢いのまま、横様に転がりそれを避ける。
一回転して体勢を整えたところで、再びルイスが木剣を振り上げているのが見える。両手をついて地面を蹴り上げる。逆立ちするように伸び上がってルイスの腕を握った木剣ごと蹴り飛ばす。ルイスがのけぞっている間に着地すると、空いた胴体めがけて木剣を斬り上げる。しかし上から抑えるように止められる。ミオの木剣の上を滑らせるようにしてルイスの木剣が迫る。上半身を後ろにのけぞらせて避け、そのまま後方へ手をついて回転することで距離を取る。
「なるほど、なかなかやるな! だが、まだ手加減は必要なようだな?」
「やっと体があったまってきたところですから」
不敵に笑うルイスに首を回しながら答えた。
今度はルイスが間合いを詰め、大上段に振りかぶる。身体を捩じって避け、ミオも木剣を振り上げる。しかし、その太刀筋は再び軽々と止められてしまう。ルイスはそのまま木剣を振り抜き、ミオを体ごと弾き飛ばす。膂力が全く違う。正面切っての打ち合いでは分が悪い。
ミオは木剣を体の前で構えてこちらの動きを窺うルイスに向かって駆け出す。彼の間合いの数寸外で切っ先をルイスに向けて、木剣を投擲する。意表を突かれたルイスは木剣を弾き落とす一瞬の間、ミオから目を離した。
己にかかる影に気付きルイスが頭上を見上げると、そこには片足を振り上げたミオがいた。勢いよく振り下ろされた踵はルイスの頬を掠める。ミオは地面に着地すると、そのまま足払いを仕掛ける。それを飛び上がって避けたルイスにしめた、と思う。ルイスの顎めがけて回し蹴りをする。空中では避けられまい。
しかし、勢いよく回るミオの足が顎に届く直前、がっちりと掴まれる。
「え」
ルイスの目がギラリと光ったかと思うと、回し蹴りの勢いを利用して地面に放り投げられた。背中が地面に打ち付けられる。急いで身体を起こそうとしたとき、胸のあたりに軽く衝撃を受ける。
「私の勝ちだな」
ミオの胸に木剣を当てたルイスが静かに言った。ミオは自分の負けを悟り、全身から力を抜く。
「あーあ、惜しかった」
「後半は少し本気になってしまった。侮るような言動をしてすまなかった」
魔導剣術のルールは度外視だったが、と苦笑を漏らしたルイスは地面に仰向けになっているミオに手を差し出す。ミオはその手を握って立ち上がり、服についた埃を払う。周りを見ると他の手合わせも終わっているようだ。
「君の戦い方は実に面白いな。自己流か?」
「ええまあ。武術をきちんと習ったことは無いです」
ルイスがミオの体術についてあれこれ聞いてくるのに答えていると、別の上級生らしき青年が声を掛けてきた。その目は好奇心と興奮に輝いている。
「なあ、良ければ俺とも手合わせ願えないだろうか」
「はあ。いいですけど」
ルイスをちらりと窺うと、笑って頷いたので了承の返事をする。すると、そのやり取りを見ていたらしい他の部員たちが次々と集まってきた。
「それなら俺もぜひ!」
「わたしも!」
結局、ミオは請われるまま部活の時間が終わるまで、魔導剣術部の部員たちをちぎっては投げちぎっては投げしたのであった。
「あれ? おまえ、結局なんの部活に入ったの?」
「護身術同好会」
「魔導剣術部じゃねェの? なんかすげェおまえのこと聞かれんだけど」
「試合のルールが守れないからやめた」
「なんだそりゃ」
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