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これからのこと
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しおりを挟むグラントリー校で起きた新興教派による一部の貴族への売春斡旋を目的とした活動は王国史でも類を見ない大スキャンダルとなった。その顧客の中には王国内でも名の知れた家名の者も多く含まれていたため、この事件は公表されることなく闇に葬られることになろうというのがケイとウィルフレッドの当初の見立てであった。
しかし、現国王がこの事件に言及し憂いを示されたことによって事態は大きく動いた。
セルシスの証言から判明した教団のコロニーは悉く解体され、そこで使用していた薬物は芋づる式に明らかとなった販売経路ごと一網打尽となり王国の管理下に置かれることとなった。この動きによって、薬物の製造、販売に関わりのあったいくつかの貴族の家が廃嫡された。
これらすべての実務対応に当たることとなった魔導騎士団は戦時中もかくやという忙しさに襲われていた。そんな中、ケイは養父であるセドリック・ベーヴェルシュタムに呼び出された。
「失礼いたします」
残った仕事をウィルフレッドに押し付けて、久方ぶりに日のあるうちに帰宅したケイはこの屋敷の主の書斎を訪れる。内側から開かれた大きく重たい扉をくぐって足を踏み入れた室内には常と変わらず、厳粛な空気が満ちていた。
ケイの姿を一瞥したセドリックはゆったりとした所作で執務机から立ち上がると、かけていた眼鏡を外しながら片手でソファを示した。
セドリックにこうして改めて呼び出しを受けることは非常にまれだ。もともと口うるさく世話を焼くような方ではないし、ケイのことも信用して好きにやらせてくれているからだ。だから、彼がわざわざ時間を割いて自分との時間を作るときは、おおよそミオに関することと思ってよかった。
部屋に控えていた侍従がお茶の支度を終えて下がると、セドリックは重々しく口を開いた。
「ミオ様には、退院後領地にてご静養いただくこととなった」
彼の言葉に、やはりという思いと同時に急激な疑問が噴き出す。
「それは……どうしてでしょうか。何かあったときのためにも、この屋敷にいたほうが良いのではないですか? 一度しか行ったことのない領地よりも慣れた離れの方が──」
「ケイ。これはもう決まったことだ。ご本人もそれを望んでいらっしゃる」
硬質なセドリックの言葉に遮られケイは口を噤んだ。それでも到底納得できないその決定事項をなんとかひっくり返せはしまいかと思考を巡らせていたところでセドリックが険しい視線をこちらに向けていることに気が付いてぐっと居住まいを正した。
「お前は何か勘違いをしておるようだ。ミオ様は確かに血のつながったお前の甥だ。しかし、それと同時にベーヴェルシュタムが仕えるべき主でもある。お前は一体どの立場でそこに座っている?」
「もちろんそれは心得ております! だからこそ、私なり騎士団なりがすぐに対応できる王都に──」
「いいや、わかっておらぬ」
再び言葉尻を封じ込められてケイの中に苛立ちが募る。何が分かっていないというのだ。自分は全てミオのためを思って言っているのだ。実際に王都から離れたせいで今回のようなことが起きてしまったのではないか。
そんなケイの不服を見透かしたようにセドリックが目を細めた。
「王都にこそミオ様の余沢にあずからんとする者がおる。さすれば迂闊に手出しできぬ領地の方が安全というもの」
押し黙ったケイをセドリックは目を細めて見つめる。
ミオの出自、特殊な魔力、非正規に従軍していたこと。それら秘されているはずのミオの情報がどこから漏れたのか。それを考えればセドリックの言葉は正論としかいえなくて。
「ミオ様が領地にいらっしゃる間に王都の不穏分子は潰す。あの方になんの憂いもなくお過ごしいただけるようにな。それから──」
そこで言葉を切ったセドリックにケイが視線を向けると、彼は幾分目元を緩めてどこか案ずるような声色で言った。
「お前も己の心にきちんと始末をつけなさい」
「……は」
セドリックが言ったことが一瞬なんのことか理解ができず、ケイは目を見開いたまま目の前の老爺を見つめた。彼の顔に刻まれた深い皺にかかる影が、どこか慚愧の念を感じさせた。
「時が癒す傷もあろうかと思っておったが、お前はまだあの冬の日に囚われたままなのだろう?」
あの血腥い、凍える薄暗がり。なんとか紡いだ声は、みっともないほどに震える。
「わたしは……囚われてなど……」
──ほんとうに? 今だってユキの血に塗れた蒼白な顔をまざまざと思い出せるのに? ミオの顔を見るたびに愛しさとどうにもならない疑問がぐらぐらと煮えたぎるのに?
言葉を詰まらせたケイを見つめていたセドリックは深く息を吐いてから言った。
「ミオ様を見つけ出せたことは儂らにとってはこの上もない幸運だった。だが、お前にとってはあるいは不幸なことだったのかも知れぬな」
彼の声はひどく嗄れて聞こえた。
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