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Episode 08 綾小路高次の決断

8-3.「百夜通いしてくれる?」

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 奈良から京都への移動は班行動とされていたがそんなものは建前、てんでバラバラに朝から京都に向かう者たちもいれば奈良でゆっくりする者もいた。

 美登利たちは室生寺まで足を延ばした後のんびりと電車に乗って京都に移動した。
 電車の中で綾小路が話しかけてくる。

「明日なんだが……」
「紗綾ちゃんとデートでしょ」
 先回りされて綾小路は言葉に詰まる。
「行ってくれば。適当にごまかしとく」
「ああ。頼む」

 恋人のことを考えているわりには綾小路は硬い表情だ。
「中川よ」
「なにさ?」
「いや、やっぱりいい」
 らしくない様子に美登利はさすがに眉を曇らせたが、綾小路はそれ以上なにも言わなかった。




 翌日、待ち合わせにやってきた錦小路紗綾は、気のせいではなく先月より背が伸びて見えた。
 紗綾のリクエストで随身院の庭を歩く。
「学校はどうだ、楽しいか?」
「そうね。まあまあかな」

 有名な深草少将の百夜通いの榧の大木の前で紗綾は立ち止まった。
「ねえ高次。ちょっと持ち上げてください。あの枝の実をもっとよく見たいの」

 小野小町を慕って雨の夜も雪の夜も通い続けて九十九日目、最後の百日目に思いを残して世を去った深草少将。
 少将が亡くなった後、小野小町は糸に綴って数えていた九十九個の榧の実をここに播き、そこから成長した大木の実は昔の名残で左右に糸を綴った跡が見られるという。

 綾小路が抱き上げてやると紗綾はじっと榧の実に見入った。
「わたし、小野小町ってきらいだわ」
 くちびるを尖らせて紗綾はきっぱり言い切った。
「どうしてそんなひどいことしたのかしら? ちっともわからない」

 憤慨した口ぶりで言ったかと思うと紗綾は急に黙り込んだ。
 地面に下りた後もじっとその場に立って俯いている。
 彼女が今なにを葛藤しているか綾小路はわかる気がした。

「あのね、高次。怒らないで聞いてくれる?」
 恐る恐る紗綾は彼を見上げた。黙ったまま促すと紗綾は小さな声で一息に言った。
「もし高次だったらわたしのために百夜通いしてくれる?」
「おまえはそうしてほしいのか?」
 問い返すと紗綾は小さな肩をすぼめて下を向いた。

「ううん。わたしきっと我慢できないと思う。待ってるだけなんていや。高次にだけ大変な思いさせるなんていや。会いたかったらわたしが会いに行く」
 大きな瞳を見開いて紗綾は訴えた。
「高次に会ったらいけないって意地悪されて閉じ込められても檻なんか蹴破って会いに行く。負けないんだから」

 架空の話だというのにあまりに必死に少女が言うので、悪いと思いながら綾小路は吹き出してしまっていた。
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