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衝撃
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初雪が降る予報を、買い出し中の商店街のテレビで見て真一は通りで寒いはずだ、と手を擦りながら歩く。
(今日は寄せ鍋でもしよう)
いつもの八百屋に足を向ける。こんな寒い日は、鍋で暖まるのが一番だ。
「ありゃ、雛野くん!久々やね!」
八百屋の斉藤が元気よく真一に話しかける。そういえば斉藤に会うのはかなり久しぶりだ。ほぼ毎週来ているのに。
「お久しぶりですね。長い間お見かけしませんでしたけど……」
「ああちょっと入院しててね」
元気いっぱいに見える斉藤が入院とは。真一が驚いた顔をしていると、斉藤が慌ててもう大丈夫なんよ、かえって太ったくらいだと笑う。
「今日はなんにするん?」
「寄せ鍋でも……」
「総ちゃんは鍋好きだから喜ぶわ。野菜たっぷり入った鍋が特に好きらしいよ」
その誰かに聞いたような口ぶりに、真一は苦笑いした。
「それは、泉さんが言ってたんですか?」
そう言うと、斉藤は驚いた顔をして、手にしていた白菜を落としてしまった。
「ごめんごめん。急に泉くんの名前が出てきたから……新しいのに変えるね」
「気にしないでください。泉さんの話を、人から聞いたんですよ。……深くは聞いてませんが、どんな人だったんですか?」
斉藤は落としてしまった白菜を拾い、真一の方を見ると、小さなため息をついた。
「泉くんは雛野くんみたいに、ウチによく買い物に来てくれてね。優しい雰囲気の子だったよ。いつもニコニコしててね。総ちゃんの面倒をよく見てて。……いなくなってしまったのは聞いた?」
「はい。ただ理由は分からないと」
「……病気だったんよ」
「え?」
「誰にも言わなかったらしいんだけどね。いなくなる日、買い物に来た時に突然言ってきたんよ」
その言葉に思わず息を飲む。柳も青山にも言わず、泉はなぜ斉藤に言ったのか。
「誰かに聞いて欲しかったのかねえ?寂しそうに笑いながら『もうあまり時間ないんだ』って。なんの病気かは言わなかった」
その時のことを思い出しているのか、斉藤の声が少しだけ震える。
「総ちゃんに黙って出ていったと聞いてびっくりしたけど、私が言うべきじゃないんだろうと思って」
突然の泉の告白のあとに黙っていなくなったことを知った時の斉藤の心情を思い、真一は眉をひそめた。
「お一人で抱えてて辛かったでしょう、教えてくださってありがとうございます」
新しい白菜を手にした斉藤は少し寂しそうに微笑むとその白菜を真一に渡す。そして受け取った真一の手をそっと握った。
「本当は雛野君にも言うべきじゃないかも知れないけど……総ちゃんを大事にしてくれているから。あの子を頼むね」
頰が切れそうなほどの冷たい風が吹き始めた。真一は身を縮めながら歩きつつ、斉藤の言葉を反芻する。
『もうあまり時間ないんだ』という言葉からすると、重い病気だったのかも知れない。それであれば泉は柳に迷惑をかけたくない、最期を見せたくないといった思いで出て行ったのだろうか。
あえて病気のことを隠したのは心配をさせたくなかったから。心配かけるくらいならひどい別れ方をしたほうが良い、と選択したのか。
果たしてそれは優しさからくるものなのか、それとも……
(柳さんを繋ぎ止めるため……?)
泉との思い出が詰まったあの屋敷から柳は出られない。出られなくしたのは、泉だ。
もし泉がいつまでも柳を自分だけのものにしたくてあんな別れ方をしたのだとしたら。
柳はいつまで経ってもあの屋敷から、そして泉から離れることができない。
真一は強く拳を握り、冷たい北風に向かい歩みを早めた。
***
『Hinagallery』へ納める作品があと少しで出来上がりそうだと、ベッドの中で柳から聞いたのは、斉藤の話から二週間たった頃だ。
それを聞いて真一は、初めて屋敷に来た時のことを思い出す。
あれから半年しか経っていないと言うのに、まるで数年も前の事のように、錯覚してしまうほど生活が変わっていた。
斉藤の話を聞くまでは、作品を律子に納めた後、画廊を辞めて雛野真一としてではなく泉として、柳とここで暮らす覚悟を決めていた。
だが、今は違う。
泉として生きていくことが柳にとって最善ではないと気がついた真一は、この穏やかな二人の生活に終止符を打つことを決めたのだ。
「出来上がったら、次は何を描くんですか」
「そうだなあ……、ゆっくり考えるよ」
天井を見ながら柳は言った。いつもの様に寝る前は手を繋ぐ。初めて一緒に寝た時に、真一から手を繋いだ。柳は何も言わずにそのまま。それ以来、ずっとだ。
手を繋ぐだけで、幸せだと思っている。このままでいいんじゃないかと心の底で囁く声がする。でも、それでは泉の『呪い』は解けないのだ。
「柳さん、もう眠たい?」
「ん?まだ大丈夫だけど?」
「キスしていい?」
真一が身体を起こして、柳の方へ近づいた。柳は少し驚いた様な顔をしたが、真一の唇を甘く受け止めた。いつものソッと優しいキス。だけど……
「ん、んっ」
真一が柳の唇を舐めて、舌をソッと口内へと入れた。いつにない、深いキスだ。柳が身をよじって避けようとするが、躰をがっちり真一が捕まえているから動けない。
そのうち、深くて甘いキスに柳の体の力が抜けてくる。そして真一の誘うような舌遣いに、翻弄されていつの間にか柳は自分の舌を絡めさせていく。
長い時間のように思えたキス。真一の唇が離れると、柳は真っ赤な顔をしている。
「どうしたの……」
「柳さん、もっと甘えたい」
さらにきつく身体を抱かれ、柳が回答に困っている間にも真一は耳に、うなじに舌を這わせる。
「や、め…」
(今日は寄せ鍋でもしよう)
いつもの八百屋に足を向ける。こんな寒い日は、鍋で暖まるのが一番だ。
「ありゃ、雛野くん!久々やね!」
八百屋の斉藤が元気よく真一に話しかける。そういえば斉藤に会うのはかなり久しぶりだ。ほぼ毎週来ているのに。
「お久しぶりですね。長い間お見かけしませんでしたけど……」
「ああちょっと入院しててね」
元気いっぱいに見える斉藤が入院とは。真一が驚いた顔をしていると、斉藤が慌ててもう大丈夫なんよ、かえって太ったくらいだと笑う。
「今日はなんにするん?」
「寄せ鍋でも……」
「総ちゃんは鍋好きだから喜ぶわ。野菜たっぷり入った鍋が特に好きらしいよ」
その誰かに聞いたような口ぶりに、真一は苦笑いした。
「それは、泉さんが言ってたんですか?」
そう言うと、斉藤は驚いた顔をして、手にしていた白菜を落としてしまった。
「ごめんごめん。急に泉くんの名前が出てきたから……新しいのに変えるね」
「気にしないでください。泉さんの話を、人から聞いたんですよ。……深くは聞いてませんが、どんな人だったんですか?」
斉藤は落としてしまった白菜を拾い、真一の方を見ると、小さなため息をついた。
「泉くんは雛野くんみたいに、ウチによく買い物に来てくれてね。優しい雰囲気の子だったよ。いつもニコニコしててね。総ちゃんの面倒をよく見てて。……いなくなってしまったのは聞いた?」
「はい。ただ理由は分からないと」
「……病気だったんよ」
「え?」
「誰にも言わなかったらしいんだけどね。いなくなる日、買い物に来た時に突然言ってきたんよ」
その言葉に思わず息を飲む。柳も青山にも言わず、泉はなぜ斉藤に言ったのか。
「誰かに聞いて欲しかったのかねえ?寂しそうに笑いながら『もうあまり時間ないんだ』って。なんの病気かは言わなかった」
その時のことを思い出しているのか、斉藤の声が少しだけ震える。
「総ちゃんに黙って出ていったと聞いてびっくりしたけど、私が言うべきじゃないんだろうと思って」
突然の泉の告白のあとに黙っていなくなったことを知った時の斉藤の心情を思い、真一は眉をひそめた。
「お一人で抱えてて辛かったでしょう、教えてくださってありがとうございます」
新しい白菜を手にした斉藤は少し寂しそうに微笑むとその白菜を真一に渡す。そして受け取った真一の手をそっと握った。
「本当は雛野君にも言うべきじゃないかも知れないけど……総ちゃんを大事にしてくれているから。あの子を頼むね」
頰が切れそうなほどの冷たい風が吹き始めた。真一は身を縮めながら歩きつつ、斉藤の言葉を反芻する。
『もうあまり時間ないんだ』という言葉からすると、重い病気だったのかも知れない。それであれば泉は柳に迷惑をかけたくない、最期を見せたくないといった思いで出て行ったのだろうか。
あえて病気のことを隠したのは心配をさせたくなかったから。心配かけるくらいならひどい別れ方をしたほうが良い、と選択したのか。
果たしてそれは優しさからくるものなのか、それとも……
(柳さんを繋ぎ止めるため……?)
泉との思い出が詰まったあの屋敷から柳は出られない。出られなくしたのは、泉だ。
もし泉がいつまでも柳を自分だけのものにしたくてあんな別れ方をしたのだとしたら。
柳はいつまで経ってもあの屋敷から、そして泉から離れることができない。
真一は強く拳を握り、冷たい北風に向かい歩みを早めた。
***
『Hinagallery』へ納める作品があと少しで出来上がりそうだと、ベッドの中で柳から聞いたのは、斉藤の話から二週間たった頃だ。
それを聞いて真一は、初めて屋敷に来た時のことを思い出す。
あれから半年しか経っていないと言うのに、まるで数年も前の事のように、錯覚してしまうほど生活が変わっていた。
斉藤の話を聞くまでは、作品を律子に納めた後、画廊を辞めて雛野真一としてではなく泉として、柳とここで暮らす覚悟を決めていた。
だが、今は違う。
泉として生きていくことが柳にとって最善ではないと気がついた真一は、この穏やかな二人の生活に終止符を打つことを決めたのだ。
「出来上がったら、次は何を描くんですか」
「そうだなあ……、ゆっくり考えるよ」
天井を見ながら柳は言った。いつもの様に寝る前は手を繋ぐ。初めて一緒に寝た時に、真一から手を繋いだ。柳は何も言わずにそのまま。それ以来、ずっとだ。
手を繋ぐだけで、幸せだと思っている。このままでいいんじゃないかと心の底で囁く声がする。でも、それでは泉の『呪い』は解けないのだ。
「柳さん、もう眠たい?」
「ん?まだ大丈夫だけど?」
「キスしていい?」
真一が身体を起こして、柳の方へ近づいた。柳は少し驚いた様な顔をしたが、真一の唇を甘く受け止めた。いつものソッと優しいキス。だけど……
「ん、んっ」
真一が柳の唇を舐めて、舌をソッと口内へと入れた。いつにない、深いキスだ。柳が身をよじって避けようとするが、躰をがっちり真一が捕まえているから動けない。
そのうち、深くて甘いキスに柳の体の力が抜けてくる。そして真一の誘うような舌遣いに、翻弄されていつの間にか柳は自分の舌を絡めさせていく。
長い時間のように思えたキス。真一の唇が離れると、柳は真っ赤な顔をしている。
「どうしたの……」
「柳さん、もっと甘えたい」
さらにきつく身体を抱かれ、柳が回答に困っている間にも真一は耳に、うなじに舌を這わせる。
「や、め…」
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