64 / 98
天使は甘いキスが好き
しおりを挟む
送信してから暫くして、返事が帰って来た。
『そうだよ。恵の事が心配で、メールでごめん。守れなかったね、ごめん』
『龍之介さんっていうの? 名前』
『そう。南川龍之介』
恵は途中でマナーモードに切り替えた。
『俺、どうして怪我をしてるの? 誰も教えてくれないんだ。あなたの事も』
『それは、仕方ない事なんだよ。』
「…どうして?」
十和子が帰って来た。恵は慌てて携帯を布団の中に隠す。
「おかえり。また何買って来たの?」
恵は龍之介の事には触れず、十和子の手にある袋を見詰める。
「毛糸を買いにね。恵にマフラーを編んであげるから」
中から出した物は白い毛糸だった。恵の頭の片隅に白い雪が幻となって見える。身体が震えて顔を逸らした。
「恵?」
どうしたのか恵にも解らない。壁も天井もベッドのシーツも白いのに。白い毛糸のマフラー。恵の記憶の底に居る、黒い人影。白いマフラーだけが風に靡く。
「身体の痛みはどう?」
夕刻になってから、医師が看護師を連れて問診に訪れ、脈拍を測る。
「まだ痛いです。打撲ってこんなに痛いの? 先生」
「昨日二階から落ちたからね。暫くは痛いよ」
「………えっ?」
初めて聞く言葉だ。
「…なんで?」
医師は前以って十和子を病室の外に、出て行って貰った。
「親御さんが話したくない事を、医者でも話せないな。とにかく、君は二階から雪の上に落ちて、左腕を骨折した。それだけ。那須高原の雪が珍しかったのかな?」
恵は双眸を見開く。那須高原。どうりでガラスの向こう側で、雪がこんなに振っている筈だ。
「俺…もしかして自殺を……図ったの?」
医師は眉根を寄せる。
「君は誤って落ちたんだよ。恵君。眠っていて魘される様なら、心療内科で暫らく睡眠薬を出して貰おう」
「…睡眠薬…」
恵は枕の下に隠した携帯を、枕の下に手を入れて握り締めた。その日貰った薬は良く効いて、恵は魘される事無く眠る事が出来た。
恵は翌日の朝まで眠り続け、伊吹の声で眼が覚めた。
「けいにいちゃんがおきたよっ」
右側のベッドに攀じ登って来た伊吹は、太一を呼ぶ。太一と十和子が、双子の赤ちゃんを抱いて、恵のベッドに近付いた。
「本当に産まれてたんだ…」
「可愛いだろう? 恵や伊吹みたいに可愛いぞ?」
恵は右手で双子の頬を撫でた。ふと、周りを見渡してもかおるの姿が見えない。
「ねぇお父さん?」
「なんだ?」
恵は不安そうな顔で見上げる。
「お母さんは? 何処に居るの?」
伊吹が驚いて太一を見上げた。無理も無い。伊吹には、詳しい事情を話していないのだから。
「かあさん、双子を簡易ベッドに寝かせるから、伊吹を外に連れ出してくれないか」
「…解ったわ。伊吹行きましょう」
十和子は太一と、十和子が使っている簡易ベッドに双子を寝かせ、伊吹を連れて廊下に出る。伊吹は余りの驚きに声が出ない。太一は二人が出たのを確認して、ベッドの脇に在る椅子に腰を下ろす。
「…お父さん?」
「恵。先生から昨日此処に運ばれた事は聞いたね? さっきそこで先生に確認した」
「うん。誤って二階から落ちたって…でも、お母さんと関係あるの?」
太一は恵の頭を撫でる。米神が切れて、血が大量に出た事もあり、包帯が巻かれていた。
「恵。お母さんは心臓が弱かった。お前や伊吹の時は、帝王切開でなんとか産まれて来れたが、今回は…陣痛が酷すぎたらしい。お母さんの心臓が持たなかったんだよ」
恵は双眸を見開き、簡易ベッドに眠る双子を見詰めた。
「恵? お母さんはお前達に双子を残してくれた」
「…でも、でもお母さんは死んだんだろう!?」
「けいにいちゃんどうしたの? うでけがしてたし、おかあさんのことも…」
思い出したのか、大きな眼から涙が溢れた。
「伊吹。恵はね、誤って二階の窓から落ちたの。腕を骨折して、ショックで記憶が無くなって覚えていないのよ」
『そうだよ。恵の事が心配で、メールでごめん。守れなかったね、ごめん』
『龍之介さんっていうの? 名前』
『そう。南川龍之介』
恵は途中でマナーモードに切り替えた。
『俺、どうして怪我をしてるの? 誰も教えてくれないんだ。あなたの事も』
『それは、仕方ない事なんだよ。』
「…どうして?」
十和子が帰って来た。恵は慌てて携帯を布団の中に隠す。
「おかえり。また何買って来たの?」
恵は龍之介の事には触れず、十和子の手にある袋を見詰める。
「毛糸を買いにね。恵にマフラーを編んであげるから」
中から出した物は白い毛糸だった。恵の頭の片隅に白い雪が幻となって見える。身体が震えて顔を逸らした。
「恵?」
どうしたのか恵にも解らない。壁も天井もベッドのシーツも白いのに。白い毛糸のマフラー。恵の記憶の底に居る、黒い人影。白いマフラーだけが風に靡く。
「身体の痛みはどう?」
夕刻になってから、医師が看護師を連れて問診に訪れ、脈拍を測る。
「まだ痛いです。打撲ってこんなに痛いの? 先生」
「昨日二階から落ちたからね。暫くは痛いよ」
「………えっ?」
初めて聞く言葉だ。
「…なんで?」
医師は前以って十和子を病室の外に、出て行って貰った。
「親御さんが話したくない事を、医者でも話せないな。とにかく、君は二階から雪の上に落ちて、左腕を骨折した。それだけ。那須高原の雪が珍しかったのかな?」
恵は双眸を見開く。那須高原。どうりでガラスの向こう側で、雪がこんなに振っている筈だ。
「俺…もしかして自殺を……図ったの?」
医師は眉根を寄せる。
「君は誤って落ちたんだよ。恵君。眠っていて魘される様なら、心療内科で暫らく睡眠薬を出して貰おう」
「…睡眠薬…」
恵は枕の下に隠した携帯を、枕の下に手を入れて握り締めた。その日貰った薬は良く効いて、恵は魘される事無く眠る事が出来た。
恵は翌日の朝まで眠り続け、伊吹の声で眼が覚めた。
「けいにいちゃんがおきたよっ」
右側のベッドに攀じ登って来た伊吹は、太一を呼ぶ。太一と十和子が、双子の赤ちゃんを抱いて、恵のベッドに近付いた。
「本当に産まれてたんだ…」
「可愛いだろう? 恵や伊吹みたいに可愛いぞ?」
恵は右手で双子の頬を撫でた。ふと、周りを見渡してもかおるの姿が見えない。
「ねぇお父さん?」
「なんだ?」
恵は不安そうな顔で見上げる。
「お母さんは? 何処に居るの?」
伊吹が驚いて太一を見上げた。無理も無い。伊吹には、詳しい事情を話していないのだから。
「かあさん、双子を簡易ベッドに寝かせるから、伊吹を外に連れ出してくれないか」
「…解ったわ。伊吹行きましょう」
十和子は太一と、十和子が使っている簡易ベッドに双子を寝かせ、伊吹を連れて廊下に出る。伊吹は余りの驚きに声が出ない。太一は二人が出たのを確認して、ベッドの脇に在る椅子に腰を下ろす。
「…お父さん?」
「恵。先生から昨日此処に運ばれた事は聞いたね? さっきそこで先生に確認した」
「うん。誤って二階から落ちたって…でも、お母さんと関係あるの?」
太一は恵の頭を撫でる。米神が切れて、血が大量に出た事もあり、包帯が巻かれていた。
「恵。お母さんは心臓が弱かった。お前や伊吹の時は、帝王切開でなんとか産まれて来れたが、今回は…陣痛が酷すぎたらしい。お母さんの心臓が持たなかったんだよ」
恵は双眸を見開き、簡易ベッドに眠る双子を見詰めた。
「恵? お母さんはお前達に双子を残してくれた」
「…でも、でもお母さんは死んだんだろう!?」
「けいにいちゃんどうしたの? うでけがしてたし、おかあさんのことも…」
思い出したのか、大きな眼から涙が溢れた。
「伊吹。恵はね、誤って二階の窓から落ちたの。腕を骨折して、ショックで記憶が無くなって覚えていないのよ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
45
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる