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第四章 将軍様一局願います!
第11話 奴隷印
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久しぶりに直接浴びた太陽光は、窓越しで見るよりもずっと強く光輝いている気がした。
『あ”ー・・・・まっぶし・・・』
外ってこんなに眩しいものだったっけ。
頬を撫でる冷たい風に、湿った土の匂い、草木の香り、鳥の囀り。
何も履いていない足裏に感じるのは、冷えた土と芝。
どこまでも続く青空と俺の間には、何の仕切りも壁も無かった。
外だ・・・・。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、全ての感覚があらゆる外の刺激を取り込んでいく。
全身で外を感じる。
外だ。外にいる!
前は意識することも無かったような当たり前の事が、こんなにも嬉しいなんて。
胸一杯に冷たく澄んだ空気を吸い込んで、体の中に溜まっていた澱んだ空気を吐き出す。
吐き出した息は白く踊り、空中に霧散していった。
【ケイタ、行くぞ】
全身で外の空気を感じながらボンヤリと立っていたら肩にアントが止まった。
『・・・うん』
もう一度深く呼吸をしてから、チラリと格子窓を振り返る。
外の方が明るいせいか、暗い室内は殆ど見えなかった。
『行こっか』
【ケイタこっちこっち】
【こっちに外に出れる穴があるんだ】
ダイル達に先導されて庭の奥の茂みへと進んでいく。
バルギーの家の敷地は凄く広い。
屋敷は手入れの行き届いた綺麗な庭が取り囲んでいて、さらにその庭を囲むように木々が生い茂っている。
森とまでは言わないけれど、ちょっとした林程度には木があると思う。
その林が、敷地を囲む塀まで続いているのだ。
『何時も何処から来てんのかと思ってたら・・・、駄目だろ勝手に穴掘っちゃ』
【俺たちがやったんじゃないもん!】
【もう空いてたの!】
【壁に穴空いてた】
『あ、そうなの?ごめんごめん。濡れ衣だったな』
ダイル達と喋りながらしばらく木々の間を歩いていく。
俺も、こっちの方に来るのは初めてだな。
見慣れない景色に思わずキョロキョロしてしまう。
初めて歩く場所に、久しぶりの外に、嬉しい気持ちが湧き上がった。
だけどその気持ちとは逆に、俺は結構早い段階でダイル達についていくのが辛くなっていた。
やばい・・・。
足が痛い。
裸足だからとかじゃ無くて、筋肉の衰えのせいだ。
部屋に閉じ籠ってまともに歩かないでいたから、自分でも驚く程に筋力と体力が失われていたっぽい。
筋肉が、関節が、悲鳴を上げている。
息も上がって苦しい。
え、嘘でしょ。
全然歩けないんだけど。
部屋から出て、まだ10分も経ってねぇぞ。
【どうしたケイタ。辛そうだ】
前を飛んでいたアントが遅れを取り始めた俺に気付いて、肩の上に戻ってきた。
『ごめん・・・なんか凄い体力落ちてるみたいで』
はぁはぁ言いながら、痛む足を止める。
これ、ダメかも・・・こんなんじゃ大陸渡るどころかデュマンの所にすら行き着かないぞ。
【ケイタ、だいぶ弱ってるな・・・】
アントが心配そうに頬をひと舐めしてくれた。
【ケイタ辛いの?大丈夫?】
【歩けないのか?】
【痛いのか?】
傍に生えていた木に手をついて息を上げる俺を見上げて、ダイル達も不安そうに周りをウロウロする。
ダイル達と一緒にエリーもオロオロと走っている。
ははは・・足が震えてる。
なっさけねぇ・・・。
【よし!ケイタ、俺に乗れ!】
震える足の情けなさに項垂れていたら、ダイルが俺に背中を向けてくれた。
何時もだったら大丈夫だって断るとこだけど、今は本当に足が辛くてダイルの申し出がありがたかった。
多分このまま無理して歩く方がダイル達に迷惑をかけるし、はっきり言って足手纏いだ。
『ありがとうダイル。助かる』
ヨタつく足でダイルの背中に腹這いで乗っかり、足を引き摺らないように上に上げる。
『大丈夫か?重くないか?』
【大丈夫。全然重くない!】
ダイルの首に腕を回せば、エリーを乗せる時みたいになるべく揺れないようにしてくれながら走り出した。
当たり前だけど、俺が歩くよりも断然速かった。
木々の間を走り抜け、低木の茂みを突っ切り、どんどんと進んで行く。
【あともう少しだケイタ。がんばれ】
背中にエリーを乗せたアリが、横を走りながら励ましてくれる。
『うん』
【ケイタ、神島に着いたら休めるからな。それまでは頑張ろうな!】
後ろを走るカイマンも、一生懸命励ましてくれる。
『うん』
【島に着いたら、俺たちが餌を取ってきてやるからな】
俺の服に張り付いたままだったアントが元気付けてくれるように、まるで猫みたいに俺の首に頭を擦りつけてきた。
『うん・・・うん・・・』
やべぇ、泣きそうだ・・。
皆の優しさに嗚咽が溢れそうになって、俺は短い返事しか返せなかった。
【この茂みを抜けた少し先に、もう一つ大きな茂みがあるんだ。その奥に穴があるぞ】
ダイルがそう言いながら茂みを突破した時だった。
ちょうど飛び出した場所、木々が少し開けた場所に。
なんと。
ヨムルが居た。
「っっ?!?!」
いきなり茂みから現れた俺と竜達に驚いたのか、ヨムルは手に持っていた土入りの籠をドサリとその場に落とした。
驚愕の表情が俺を見つめている。
やばい。
速攻見つかっちまった。
捕まっちゃう・・・。
「あ・・・・ヨムル・・」
「ケイタ?お前どうして此処に・・・」
どうしようかと焦る気持ちが湧いた瞬間、ダイル達がヨムルに向かってシャーっと威嚇を始める。
【人間だ!】
【見つかっちゃった!】
【あっち行け!あっち行け!】
【ケイタを守れ!】
地竜と飛竜に威嚇され、ヨムルが慌てたように俺達から距離をとった。
どうしよう。
ここでヨムルを追い払っても、きっと直ぐにバルギーに俺が逃げた事が伝えられてしまう。
そしたら、デュマンのところに行く前に捕まってしまうかもしれない。
かと言って、報告できないようにヨムルに危害を加える訳にもいかないし。
どうしよう・・・どうしよう・・・。
また、あの部屋に連れ戻されるのか。
あの暗い部屋に。
辛く孤独な日々を思い出して、腹の底がギュッと冷えた。
今にも屋敷へ報告しに走るんじゃ無いかと不安な気持ちでヨムルを見上げたら、ヨムルは突然バッと俺から顔を逸らした。
顔を逸らして、それから。
俺に視線を向けないまま、奥の茂みを指さした。
「この奥の壁に外に繋がる穴がある。小さい穴だけど、ケイタの体なら通れるはずだよ」
「・・・・え」
言われた事の意味が分からなくて、返事が一拍遅れる。
それは多分ダイル達が言っていた穴だと思うけど、なんでヨムルがそれを俺に教えてくれるのか。
「俺は何も見ていない」
そう言ってヨムルは俺たちに背中を向けて、落とした籠に溢れた土を戻し始める。
そのヨムルの行動と言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
【何だ?攻撃してこないのか?】
【邪魔しないのか?】
ダイル達もこちらを無視するようなヨムルの行動に困惑している。
「何してる早く行くんだっ。急げっ!」
様子を伺う俺達に、こちらを見ないままヨムルが焦れたように声を荒げた。
「・・・・ありがとう」
助けてくれた。
バルギーにバレたら罰を受けるかもしれないのに。
ヨムルは俺を見逃してくれたんだ。
『皆行こう。大丈夫、見逃してくれるって』
【・・・・本当に?騙されてないか?】
アントが疑わしそうに言うけど、俺はヨムルを信じる。
『・・大丈夫』
【んー・・・分かった。ケイタがそう言うなら信じる】
【ダイル!】
【大丈夫だよアント。ケイタが言うなら大丈夫】
【・・・・はぁ・・・分かったよ。しょうがないなぁ】
アントは渋々だったけど、竜達は俺の言葉に納得してくれたのか、ヨムルを警戒しながらも奥の茂みへと再び足を進め始めた。
「ヨムル・・・・ありがとう」
若い庭師の背中に礼を言えば、向こうを向いたまま振り返らなかったけど早く行けと小さく手を振ってくれた。
ヨムルの優しさに助けられ、俺達は無事外へと繋がる穴まで辿り着いた。
『これかぁ』
確かに壁に穴が空いている。
ダイル達が掘ったのか、潜りやすいよう地面も少し抉れていた。
小さい穴だけど、腹這いになれば通れるな。
壁の向こうに誰も居ないか確認するため、まずはダイルとアリが先に穴を潜って外へ出ていった。
エリーも一緒について行って、こちらには俺とカイマンとアントが残る。
【よしケイタ大丈夫だ、誰も居ないぞ】
【次はケイタだ】
外の安全を確認したダイル達に呼ばれ、前と後ろを竜達に守られる形で俺も壁を潜る事になった。
『よ、よし』
さっき部屋を出た時点で、白かった室内着はすでに土まみれだ。
だから特に躊躇う事もなく、俺は腹這いになって壁の穴を匍匐前進で進んだ。
湿った土つめてぇーー・・・。
冬が終わりかけているとは言ってもまだまだ空気は冷たくて、薄い室内着だけじゃ正直かなり寒い。
それでも我慢するしかないから、地面に体温を奪われながらも必死で進む。
思ったよりも穴は広くて、体が詰まる事もなく進むことができた。
そして土を掻きながらやっと上半身が壁を通り抜けた時だった。
『ぎゃっ!!!』
胸を刺された。
いや、実際には刺されて無いけど、刺されたと思った。
それくらいの鋭い激痛が胸に走ったんだ。
『っっっーー!!!』
何が起こったのか分からなかったけど、とにかく痛い。
痛い?
いや、熱いか?
分かんない。
分かんないけど、すげー痛い。
あまりの痛さに、壁と土の間に挟まりながらジタバタともがいてしまう。
【ど、どうした?!】
【ケイタ、どうしたっ??】
突然穴の中で暴れ始めた俺を、竜達が驚いたように覗きこんできた。
『いっ・・ったいぃぃぃっっ!!あ、あついっっ!!!』
【ダイル!ケイタを引っ張り出せ!】
【う、うん!】
アントが壁を飛び越えて焦ったように言えば、直ぐにダイルが俺の服を咥えて外に引っ張り出してくれた。
『はっ・・はっ・・・いっったぃぃ、う、うぅぅ・・・』
【ケイタどうしたっ。何処か痛いのか?!】
一向に治らない激痛に地面の上をのたうちながら、痛みの原因を探ろうと服の前合わせを力任せに広げる。
そして痛む胸を見下ろして漸く、俺を苦しめる正体を知った。
胸の上、鈍く輝く金色の印。
バルギーにつけられた奴隷印が、俺の肌を無慈悲に焼いていた。
まるで焼印を押し付けたかのように、肌と印の接触部分から微かに煙が上っているのが怖い。
印の触れている部分を中心に肌は真っ赤に爛れていた。
慌ててチェーンを引っ張って印を肌から離そうとしたけど、強力な磁石のように何故か印は肌に張り付いたままで離れてくれない。
『あ・・・・あ・・・・』
どうしたら良いのか分からず、痛みと恐怖で頭が真っ白になった。
【呪いだっ。ケイタ、アイツに呪いの魔法を掛けられたなっ】
焼ける印を見て、アントの瞳孔が怒ったように縦に細くなった。
【ど、どうしようアント】
【ケイタ、香ばしい匂いしちゃってるっ】
カイマン・・・・言い方・・・。
【この印を離せば良いのか?】
『だ、駄目だっ・・』
アリが印に顔を近づけようとしたのを見て、ヒヤリとした。
こんなに熱を持っているものを咥えたら、アリが火傷をしてしまう。
アリから印を遠ざけるように体を丸めたら、アントも慌てたようにアリを止めてくれた。
【駄目だアリ、呪われてるものには簡単に触るなっ!どうなるか分からないから危ないぞっ】
【で、でも。このままじゃケイタが!】
【分かってる!分かってるけど!】
アントもどうにかしようとしてくれているのか、オロオロと俺の周りを飛び回っている。
そんな皆が慌てふためく中、痛みに蹲る俺にエリーがトトトと近づいてきた。
『エリー・・・?』
顔を撫でに来てくれたのか?
いつも俺が辛い時はそうやって慰めてくれるもんな。
印の痛みで額から汗が流れる。
あの優しい小さな手に撫でられたら少し楽になるかもしれないと、少し期待の気持ちでエリーの行動を見守っていたら、エリーは次の瞬間信じられない程恐ろしい行動に出た。
俺の懐にスっと飛び込んで来たかと思ったら、なんの躊躇いもなく肌を焼く印を両手で掴んだのだ。
『エリーっ!!駄目っ!』
【あっ!エリー!】
【エリー駄目だっ!】
【危ないっ!】
【エリーっ!】
竜達も驚いた様に叫び声を上げる。
急いでエリーを掴んで離そうとしたのに、それよりも早くエリーが掴んだ印を引き寄せ、そのまま胸に抱き込んでしまった。
不思議な事に、あんなにチェーンを引っ張っても離れなかった印は実にあっけなく肌から離れ、そしてエリーの両腕に抱き込まれた。
その姿を見て。
『ぎゃあぁぁぁっっーーーーー!!』
あまりの恐怖に、意識するよりも先に俺の口から悲鳴が飛び出た。
『あ”ー・・・・まっぶし・・・』
外ってこんなに眩しいものだったっけ。
頬を撫でる冷たい風に、湿った土の匂い、草木の香り、鳥の囀り。
何も履いていない足裏に感じるのは、冷えた土と芝。
どこまでも続く青空と俺の間には、何の仕切りも壁も無かった。
外だ・・・・。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、全ての感覚があらゆる外の刺激を取り込んでいく。
全身で外を感じる。
外だ。外にいる!
前は意識することも無かったような当たり前の事が、こんなにも嬉しいなんて。
胸一杯に冷たく澄んだ空気を吸い込んで、体の中に溜まっていた澱んだ空気を吐き出す。
吐き出した息は白く踊り、空中に霧散していった。
【ケイタ、行くぞ】
全身で外の空気を感じながらボンヤリと立っていたら肩にアントが止まった。
『・・・うん』
もう一度深く呼吸をしてから、チラリと格子窓を振り返る。
外の方が明るいせいか、暗い室内は殆ど見えなかった。
『行こっか』
【ケイタこっちこっち】
【こっちに外に出れる穴があるんだ】
ダイル達に先導されて庭の奥の茂みへと進んでいく。
バルギーの家の敷地は凄く広い。
屋敷は手入れの行き届いた綺麗な庭が取り囲んでいて、さらにその庭を囲むように木々が生い茂っている。
森とまでは言わないけれど、ちょっとした林程度には木があると思う。
その林が、敷地を囲む塀まで続いているのだ。
『何時も何処から来てんのかと思ってたら・・・、駄目だろ勝手に穴掘っちゃ』
【俺たちがやったんじゃないもん!】
【もう空いてたの!】
【壁に穴空いてた】
『あ、そうなの?ごめんごめん。濡れ衣だったな』
ダイル達と喋りながらしばらく木々の間を歩いていく。
俺も、こっちの方に来るのは初めてだな。
見慣れない景色に思わずキョロキョロしてしまう。
初めて歩く場所に、久しぶりの外に、嬉しい気持ちが湧き上がった。
だけどその気持ちとは逆に、俺は結構早い段階でダイル達についていくのが辛くなっていた。
やばい・・・。
足が痛い。
裸足だからとかじゃ無くて、筋肉の衰えのせいだ。
部屋に閉じ籠ってまともに歩かないでいたから、自分でも驚く程に筋力と体力が失われていたっぽい。
筋肉が、関節が、悲鳴を上げている。
息も上がって苦しい。
え、嘘でしょ。
全然歩けないんだけど。
部屋から出て、まだ10分も経ってねぇぞ。
【どうしたケイタ。辛そうだ】
前を飛んでいたアントが遅れを取り始めた俺に気付いて、肩の上に戻ってきた。
『ごめん・・・なんか凄い体力落ちてるみたいで』
はぁはぁ言いながら、痛む足を止める。
これ、ダメかも・・・こんなんじゃ大陸渡るどころかデュマンの所にすら行き着かないぞ。
【ケイタ、だいぶ弱ってるな・・・】
アントが心配そうに頬をひと舐めしてくれた。
【ケイタ辛いの?大丈夫?】
【歩けないのか?】
【痛いのか?】
傍に生えていた木に手をついて息を上げる俺を見上げて、ダイル達も不安そうに周りをウロウロする。
ダイル達と一緒にエリーもオロオロと走っている。
ははは・・足が震えてる。
なっさけねぇ・・・。
【よし!ケイタ、俺に乗れ!】
震える足の情けなさに項垂れていたら、ダイルが俺に背中を向けてくれた。
何時もだったら大丈夫だって断るとこだけど、今は本当に足が辛くてダイルの申し出がありがたかった。
多分このまま無理して歩く方がダイル達に迷惑をかけるし、はっきり言って足手纏いだ。
『ありがとうダイル。助かる』
ヨタつく足でダイルの背中に腹這いで乗っかり、足を引き摺らないように上に上げる。
『大丈夫か?重くないか?』
【大丈夫。全然重くない!】
ダイルの首に腕を回せば、エリーを乗せる時みたいになるべく揺れないようにしてくれながら走り出した。
当たり前だけど、俺が歩くよりも断然速かった。
木々の間を走り抜け、低木の茂みを突っ切り、どんどんと進んで行く。
【あともう少しだケイタ。がんばれ】
背中にエリーを乗せたアリが、横を走りながら励ましてくれる。
『うん』
【ケイタ、神島に着いたら休めるからな。それまでは頑張ろうな!】
後ろを走るカイマンも、一生懸命励ましてくれる。
『うん』
【島に着いたら、俺たちが餌を取ってきてやるからな】
俺の服に張り付いたままだったアントが元気付けてくれるように、まるで猫みたいに俺の首に頭を擦りつけてきた。
『うん・・・うん・・・』
やべぇ、泣きそうだ・・。
皆の優しさに嗚咽が溢れそうになって、俺は短い返事しか返せなかった。
【この茂みを抜けた少し先に、もう一つ大きな茂みがあるんだ。その奥に穴があるぞ】
ダイルがそう言いながら茂みを突破した時だった。
ちょうど飛び出した場所、木々が少し開けた場所に。
なんと。
ヨムルが居た。
「っっ?!?!」
いきなり茂みから現れた俺と竜達に驚いたのか、ヨムルは手に持っていた土入りの籠をドサリとその場に落とした。
驚愕の表情が俺を見つめている。
やばい。
速攻見つかっちまった。
捕まっちゃう・・・。
「あ・・・・ヨムル・・」
「ケイタ?お前どうして此処に・・・」
どうしようかと焦る気持ちが湧いた瞬間、ダイル達がヨムルに向かってシャーっと威嚇を始める。
【人間だ!】
【見つかっちゃった!】
【あっち行け!あっち行け!】
【ケイタを守れ!】
地竜と飛竜に威嚇され、ヨムルが慌てたように俺達から距離をとった。
どうしよう。
ここでヨムルを追い払っても、きっと直ぐにバルギーに俺が逃げた事が伝えられてしまう。
そしたら、デュマンのところに行く前に捕まってしまうかもしれない。
かと言って、報告できないようにヨムルに危害を加える訳にもいかないし。
どうしよう・・・どうしよう・・・。
また、あの部屋に連れ戻されるのか。
あの暗い部屋に。
辛く孤独な日々を思い出して、腹の底がギュッと冷えた。
今にも屋敷へ報告しに走るんじゃ無いかと不安な気持ちでヨムルを見上げたら、ヨムルは突然バッと俺から顔を逸らした。
顔を逸らして、それから。
俺に視線を向けないまま、奥の茂みを指さした。
「この奥の壁に外に繋がる穴がある。小さい穴だけど、ケイタの体なら通れるはずだよ」
「・・・・え」
言われた事の意味が分からなくて、返事が一拍遅れる。
それは多分ダイル達が言っていた穴だと思うけど、なんでヨムルがそれを俺に教えてくれるのか。
「俺は何も見ていない」
そう言ってヨムルは俺たちに背中を向けて、落とした籠に溢れた土を戻し始める。
そのヨムルの行動と言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
【何だ?攻撃してこないのか?】
【邪魔しないのか?】
ダイル達もこちらを無視するようなヨムルの行動に困惑している。
「何してる早く行くんだっ。急げっ!」
様子を伺う俺達に、こちらを見ないままヨムルが焦れたように声を荒げた。
「・・・・ありがとう」
助けてくれた。
バルギーにバレたら罰を受けるかもしれないのに。
ヨムルは俺を見逃してくれたんだ。
『皆行こう。大丈夫、見逃してくれるって』
【・・・・本当に?騙されてないか?】
アントが疑わしそうに言うけど、俺はヨムルを信じる。
『・・大丈夫』
【んー・・・分かった。ケイタがそう言うなら信じる】
【ダイル!】
【大丈夫だよアント。ケイタが言うなら大丈夫】
【・・・・はぁ・・・分かったよ。しょうがないなぁ】
アントは渋々だったけど、竜達は俺の言葉に納得してくれたのか、ヨムルを警戒しながらも奥の茂みへと再び足を進め始めた。
「ヨムル・・・・ありがとう」
若い庭師の背中に礼を言えば、向こうを向いたまま振り返らなかったけど早く行けと小さく手を振ってくれた。
ヨムルの優しさに助けられ、俺達は無事外へと繋がる穴まで辿り着いた。
『これかぁ』
確かに壁に穴が空いている。
ダイル達が掘ったのか、潜りやすいよう地面も少し抉れていた。
小さい穴だけど、腹這いになれば通れるな。
壁の向こうに誰も居ないか確認するため、まずはダイルとアリが先に穴を潜って外へ出ていった。
エリーも一緒について行って、こちらには俺とカイマンとアントが残る。
【よしケイタ大丈夫だ、誰も居ないぞ】
【次はケイタだ】
外の安全を確認したダイル達に呼ばれ、前と後ろを竜達に守られる形で俺も壁を潜る事になった。
『よ、よし』
さっき部屋を出た時点で、白かった室内着はすでに土まみれだ。
だから特に躊躇う事もなく、俺は腹這いになって壁の穴を匍匐前進で進んだ。
湿った土つめてぇーー・・・。
冬が終わりかけているとは言ってもまだまだ空気は冷たくて、薄い室内着だけじゃ正直かなり寒い。
それでも我慢するしかないから、地面に体温を奪われながらも必死で進む。
思ったよりも穴は広くて、体が詰まる事もなく進むことができた。
そして土を掻きながらやっと上半身が壁を通り抜けた時だった。
『ぎゃっ!!!』
胸を刺された。
いや、実際には刺されて無いけど、刺されたと思った。
それくらいの鋭い激痛が胸に走ったんだ。
『っっっーー!!!』
何が起こったのか分からなかったけど、とにかく痛い。
痛い?
いや、熱いか?
分かんない。
分かんないけど、すげー痛い。
あまりの痛さに、壁と土の間に挟まりながらジタバタともがいてしまう。
【ど、どうした?!】
【ケイタ、どうしたっ??】
突然穴の中で暴れ始めた俺を、竜達が驚いたように覗きこんできた。
『いっ・・ったいぃぃぃっっ!!あ、あついっっ!!!』
【ダイル!ケイタを引っ張り出せ!】
【う、うん!】
アントが壁を飛び越えて焦ったように言えば、直ぐにダイルが俺の服を咥えて外に引っ張り出してくれた。
『はっ・・はっ・・・いっったぃぃ、う、うぅぅ・・・』
【ケイタどうしたっ。何処か痛いのか?!】
一向に治らない激痛に地面の上をのたうちながら、痛みの原因を探ろうと服の前合わせを力任せに広げる。
そして痛む胸を見下ろして漸く、俺を苦しめる正体を知った。
胸の上、鈍く輝く金色の印。
バルギーにつけられた奴隷印が、俺の肌を無慈悲に焼いていた。
まるで焼印を押し付けたかのように、肌と印の接触部分から微かに煙が上っているのが怖い。
印の触れている部分を中心に肌は真っ赤に爛れていた。
慌ててチェーンを引っ張って印を肌から離そうとしたけど、強力な磁石のように何故か印は肌に張り付いたままで離れてくれない。
『あ・・・・あ・・・・』
どうしたら良いのか分からず、痛みと恐怖で頭が真っ白になった。
【呪いだっ。ケイタ、アイツに呪いの魔法を掛けられたなっ】
焼ける印を見て、アントの瞳孔が怒ったように縦に細くなった。
【ど、どうしようアント】
【ケイタ、香ばしい匂いしちゃってるっ】
カイマン・・・・言い方・・・。
【この印を離せば良いのか?】
『だ、駄目だっ・・』
アリが印に顔を近づけようとしたのを見て、ヒヤリとした。
こんなに熱を持っているものを咥えたら、アリが火傷をしてしまう。
アリから印を遠ざけるように体を丸めたら、アントも慌てたようにアリを止めてくれた。
【駄目だアリ、呪われてるものには簡単に触るなっ!どうなるか分からないから危ないぞっ】
【で、でも。このままじゃケイタが!】
【分かってる!分かってるけど!】
アントもどうにかしようとしてくれているのか、オロオロと俺の周りを飛び回っている。
そんな皆が慌てふためく中、痛みに蹲る俺にエリーがトトトと近づいてきた。
『エリー・・・?』
顔を撫でに来てくれたのか?
いつも俺が辛い時はそうやって慰めてくれるもんな。
印の痛みで額から汗が流れる。
あの優しい小さな手に撫でられたら少し楽になるかもしれないと、少し期待の気持ちでエリーの行動を見守っていたら、エリーは次の瞬間信じられない程恐ろしい行動に出た。
俺の懐にスっと飛び込んで来たかと思ったら、なんの躊躇いもなく肌を焼く印を両手で掴んだのだ。
『エリーっ!!駄目っ!』
【あっ!エリー!】
【エリー駄目だっ!】
【危ないっ!】
【エリーっ!】
竜達も驚いた様に叫び声を上げる。
急いでエリーを掴んで離そうとしたのに、それよりも早くエリーが掴んだ印を引き寄せ、そのまま胸に抱き込んでしまった。
不思議な事に、あんなにチェーンを引っ張っても離れなかった印は実にあっけなく肌から離れ、そしてエリーの両腕に抱き込まれた。
その姿を見て。
『ぎゃあぁぁぁっっーーーーー!!』
あまりの恐怖に、意識するよりも先に俺の口から悲鳴が飛び出た。
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母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
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