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第2章 赤ずきん編

56話 銀髪の騎士

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「……さてと、いくか」

 昼食を食べ終えたグリムは再び歩み始める。ここから先は途中まで知っている道だが、マロリーを助けるために道から外れた先からは未知の場所だった。

 用心するに越したことはないと判断したグリムは手にしていた棍棒を強く握りなおして周辺を警戒しながら進み続ける。


 ◇


 しばらく歩き続ける事約20分、結局オオカミに遭遇することもなく、日差しの差し込む開けた場所にたどり着く。

「これが……赤ずきんの祖母の家か」

 村からの距離はおそらく10キロほど、成人したグリムならなんともない距離だったが、赤ずきんのような少女には相当な距離に感じるだろう。

 赤ずきんの祖母の家の周りは木々がなく、まるでこの場所は特別な場所ですといわんばかりに整地されていた。

 シンデレラの世界で例えるのであればこの場所は舞踏会が開かれるお城に該当するからなのか......と納得しかけるグリムだったが足元の草木を見ておかしな点を見つける。

「このあたり……人為的に伐採されている?」

 地面から生えている雑草だけではない、辺りの木々を観察してみると枝葉は綺麗に刈られていた。木々を折ったような形跡はなかった。

「まるで刀で斬られたような……」

 木々に触れようとしたその時、赤ずきんの祖母の家の扉が内側からゆっくりと開かれる。

 中から出てきたのは赤ずきんの祖母……ではなかった。

「…………」

 家の中から出てきた男はグリムと視線が合うと即座に腰に帯刀していた刀を抜き、すさまじい速度で距離を詰めてきた。

「まっ……」

 グリムの言葉を聞くよりも先に、男は振り上げた刀をグリムの頭めがけて振り下ろす。

「っつ……!」

 右手に持っていた棍棒で向けられた刀を受け止めようとしたが、相手の力が圧倒的に強く、はじき返すことはおろかこのままでは押し切られて殺されかねなかった。それほどまで力の差があると一撃を受けたグリムは感じ取る。

「…………!」

 力負けしてやられる直前に体をひねり、グリムは間一髪のところで振り下ろされた攻撃をかわし切る。

 体制を崩して倒れながらもその場にとどまらずに距離を取ることで追撃を受けないようにする。

「待てって!」

 グリムは制止するように話しかけるが男は言葉を無視して再び距離を詰めてくる。今のグリムは普通の人間が見れば丸腰の状態だった。

「くそっ……」

 問答無用に攻撃を仕掛けてくる男に会話が成り立たないと判断したグリムは髪飾りから魔女の「頁」を取り出し自身の体内へと取り込んだ。

 この行動にも慣れたもので男が距離を詰めてくる1秒にも満たない時間の中でグリムは魔女の姿へと代わる。

「綿になれ!」

 手に持った杖から発せられた魔法によって男の剣は言葉通りの綿に変わる。綿になり殺傷力を減らした武器をグリムは素手でつかみ取る。

 男は何が起きたのか分からないといった様子で目を見開いた。

「お前は誰だ、なぜ赤ずきんの祖母の家から出てきた」

「…………」

 グリムの質問に対して数秒の沈黙を続けたのちに口を開く……と思いきや綿に変えられた剣を手放し、そのまま右手を力強く握りしめると今度は籠手でグリムめがけて強烈なストレートを放ってくる。

「なっ……」

 首を傾けてその拳をかわす。剣を取られてもその戦闘態勢は変わらなかった。

「言葉で交わる気は無いってのか……」

「…………」

 男はグリムを睨みながら先ほどまでとは異なるボクシングのような姿勢を取った。全身の鎧姿も相まってその体制は奇妙に見えた。

「……ん、鎧に帯刀?」

 そこでようやくグリムは相手の容姿を見直した。

 目の前の男は全身を鎧に包み、魔法で一時的に変えたとはいえ帯刀した刀、それにオールバックのような、荒々しい髪の色は銀……明らかにこの世界の人間ではなかった。

 そしてなによりも……

「…………」

 男は腰を落として今度は下からアッパーのように拳をグリムのあごめがけて伸ばしてくる。

「お前……マロリーの探してた人か?」

 グリムの言葉を聞いて初めて銀髪の男はぴたりと手を止める。

「……お嬢を知っているのか?」

 お嬢というのはおそらくマロリーの事だろう。グリムはようやく会話をすることが出来た。この機会を逃すまいとすぐに言葉を紡ぐ。

「知っているも何も彼女はお前を探しているよ」

「……何?」

「あんた、村で待ち合わせをしているんだろ?」

「その通りだ。だから俺は村で待っていた」

「……ん?」

 どうも目の前の男と会話がかみ合っていない気がした。

「ここは村じゃないのか?」

「あー…………」

 マロリーが言っていた目の前の男の特徴を思い出す。全身鎧装備、刀を帯刀しているそして

「馬鹿で無口か……」

 一軒家しかないこの場所を村と勘違いしていた。この男はマロリーが言っていた通りだった。

 まさか彼女が最初に口にした特徴がもっとも特徴的を捉えていたとは思いもしなかった。


 ◇


「そうか、お嬢は別の村にいるんだな」

「だからここは村じゃないが……そうだ」

 男はグリムの説明を聞き終えると綿になった剣を拾って歩き始める。

「まてまて、村はそっちじゃない」

「……そうか」

「いや、そっちでもない……」

 グリムが来た道は他の場所に比べると多少は道がまともに整備されている。ここまでくる道のりも一つしかなかった。それなのに目の前の男は木々におおわれた箇所をかき分けて突き進もうとしていた。

「この後俺は村に戻るから、その時まで大人しくしてくれ」

「……わかった」

 男は了承すると近くにあった切り株に背筋をピンと伸ばした状態で座りこむ。全身を鎧で覆ったその体ではかなり負荷がかかっていそうだった。

「……とりあえず用事を済ますか」

 グリムは家の中に入ろうとするが、直前にこの男が家の中から出てきた事を思い出して足を止める。

「なぁ、この家は赤ずきんの祖母の家で間違いないか?」

 質問に対して男は目を閉じたままこくりと頷く。

「なんであんたは赤ずきんの祖母の家に?」

「……外から異質な気配を感じ取った」

 銀髪鎧の男が赤ずきんの祖母の家で何をしていたのかという問いのつもりだったが、彼はたった今祖母の家から出てきた理由を説明した。異質な気配という表現の対象は周囲に他の生き物がいない事からもグリム自身をさしていることに違いはなかった。

「魔法使い……いや、もっと別の何かをお前からは感じたのだがな」

 鎧の騎士は何かに納得していない風にそうつぶやいた。
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