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四(立花視点)
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「どうしたんですか?」
「……なんでもない。水瀬、もう帰っていいよ」
私が声をかけると、彼は嬉しそうにこちらを見た。おそらく女の子に連絡を取っていたのだろう。彼のプライベートを侵害する権利はない。 私は時計に目を移した。 十九時を超えている。 残業するにしても遅い時間だ。 かつては二十二時まで残業することもあったが 今は二十時でも遅いほうだ。 最近の若者は、仕事に人間関係を求めない。 職場では仕事をして、 友達はオンラインサロンなりマッチングアプリなり 自分で選ぶことができる。 そのうち 性別も選べるようになるのだろう。親も選べばいいのだが。私はファイルを閉じた。
「何かあったら連絡してください。 渋谷で飲んでるんで、タクシーで直ぐ来れます」
水瀬が早口で言った。普段のんびりしている彼にしてはやけに動きが早い。そのことを揶揄しようと思ったがやめておいた。彼が去り、私は外を眺めた。雨脚はますます強くなっている。そういえば食堂のテレビで台風が来ていると放送されていた。そうして再びファイルを開く。これあg書庫に格納されている理由が分かる気がした。こんなものを目にしたら、小学生どころか大人でもトラウマになるだろう。
それは過去に起きた、ある事件についてのファイルだった。
・・・
私は辺りに人がいないことを確認し、全ページ分、スマホで写真を撮った。次に卒業アルバムが並ぶ棚に行った。事件が起きた年に在籍していた生徒の分を、全て同様に写真を撮った。個人情報が今ほど保護されていない当時、進路先の週学校が記載されていた。九割近くが受験をして、どこかしらの私立中学へ進んでいる。この辺りは教育水準が高い。 学校ですれ違った子たちは、お受験選手のような真面目そうな顔つきをしていた。真のエリートは私立の小学校やインターナショナルスクールに通うので、 それでも彼らはまだ二軍なのだろう。私は伸びをした。水瀬が出て行き、時間の制限が無くなったせいか、気が緩んだのだろう。漫画でも読もうと、図書室へと足を向けた。それは試験勉強の最中に、全く関係ない別のものに打ち込んでしまうのと似ている。書庫の鍵は閉めておいた。銀行員をしていると、嫌でも閉じまりをする癖がつく。いつ金融庁の監査が来ても良いように。
漫画を手に取ると、控えめなロックの音がした。 私は返事をし、 副校長が入ってきた。
「何か見つかりましたか?」
「いえ、漫画を読んでしまって。これも使いませんでした。はは」
私は書庫の鍵を彼に渡した。彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうですよね、短い時間ですみません。そろそろ学校を閉めなくてはいけないんです」
今日は金曜日だ。彼も家に帰り、家族と過ごしたいのだろう。私は返事をして、漫画を元に戻した。不意に副校長の携帯電話が鳴り始めた。
「え。地下にですか?」
彼の顔がみるみる青ざめていく。 演技でなければ、 何かまずいことが起きているのは明らかだった。 私は走りだした。 目指すは地下二階、あの忌々しい噂が起きている廊下だった。
先ほどとは異なっている点が一つだけあった。シャッターがあいていた。その奥には通路のようなものがあり、どこかへつながっているらしい。私はスマホで水瀬に連絡をし、彼の到着を待った。天井の蛍光灯の明かりをぼんやりと眺めた。電灯には小さな虫たちが群がっている。それは先程のファイルにあった、ある凄惨な事件を嫌でも思い出させた。虫たちはどんな気持ちで光へ近づいているのだろうか。光は魔法の杖のようなもので、それさえあれば永遠の幸せが約束されているとでも思っているのだろうか。魔法の杖は存在しない。人は『失敗』からしか学ばない。
そして背後から鈍器のようなもので頭を殴られた時、 私はここに一人で来たことは『失敗』だと悟った。
「……なんでもない。水瀬、もう帰っていいよ」
私が声をかけると、彼は嬉しそうにこちらを見た。おそらく女の子に連絡を取っていたのだろう。彼のプライベートを侵害する権利はない。 私は時計に目を移した。 十九時を超えている。 残業するにしても遅い時間だ。 かつては二十二時まで残業することもあったが 今は二十時でも遅いほうだ。 最近の若者は、仕事に人間関係を求めない。 職場では仕事をして、 友達はオンラインサロンなりマッチングアプリなり 自分で選ぶことができる。 そのうち 性別も選べるようになるのだろう。親も選べばいいのだが。私はファイルを閉じた。
「何かあったら連絡してください。 渋谷で飲んでるんで、タクシーで直ぐ来れます」
水瀬が早口で言った。普段のんびりしている彼にしてはやけに動きが早い。そのことを揶揄しようと思ったがやめておいた。彼が去り、私は外を眺めた。雨脚はますます強くなっている。そういえば食堂のテレビで台風が来ていると放送されていた。そうして再びファイルを開く。これあg書庫に格納されている理由が分かる気がした。こんなものを目にしたら、小学生どころか大人でもトラウマになるだろう。
それは過去に起きた、ある事件についてのファイルだった。
・・・
私は辺りに人がいないことを確認し、全ページ分、スマホで写真を撮った。次に卒業アルバムが並ぶ棚に行った。事件が起きた年に在籍していた生徒の分を、全て同様に写真を撮った。個人情報が今ほど保護されていない当時、進路先の週学校が記載されていた。九割近くが受験をして、どこかしらの私立中学へ進んでいる。この辺りは教育水準が高い。 学校ですれ違った子たちは、お受験選手のような真面目そうな顔つきをしていた。真のエリートは私立の小学校やインターナショナルスクールに通うので、 それでも彼らはまだ二軍なのだろう。私は伸びをした。水瀬が出て行き、時間の制限が無くなったせいか、気が緩んだのだろう。漫画でも読もうと、図書室へと足を向けた。それは試験勉強の最中に、全く関係ない別のものに打ち込んでしまうのと似ている。書庫の鍵は閉めておいた。銀行員をしていると、嫌でも閉じまりをする癖がつく。いつ金融庁の監査が来ても良いように。
漫画を手に取ると、控えめなロックの音がした。 私は返事をし、 副校長が入ってきた。
「何か見つかりましたか?」
「いえ、漫画を読んでしまって。これも使いませんでした。はは」
私は書庫の鍵を彼に渡した。彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうですよね、短い時間ですみません。そろそろ学校を閉めなくてはいけないんです」
今日は金曜日だ。彼も家に帰り、家族と過ごしたいのだろう。私は返事をして、漫画を元に戻した。不意に副校長の携帯電話が鳴り始めた。
「え。地下にですか?」
彼の顔がみるみる青ざめていく。 演技でなければ、 何かまずいことが起きているのは明らかだった。 私は走りだした。 目指すは地下二階、あの忌々しい噂が起きている廊下だった。
先ほどとは異なっている点が一つだけあった。シャッターがあいていた。その奥には通路のようなものがあり、どこかへつながっているらしい。私はスマホで水瀬に連絡をし、彼の到着を待った。天井の蛍光灯の明かりをぼんやりと眺めた。電灯には小さな虫たちが群がっている。それは先程のファイルにあった、ある凄惨な事件を嫌でも思い出させた。虫たちはどんな気持ちで光へ近づいているのだろうか。光は魔法の杖のようなもので、それさえあれば永遠の幸せが約束されているとでも思っているのだろうか。魔法の杖は存在しない。人は『失敗』からしか学ばない。
そして背後から鈍器のようなもので頭を殴られた時、 私はここに一人で来たことは『失敗』だと悟った。
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