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第一章

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 村人たちが『もうこの辺りで良いだろう』などと適当なことを話している。
 白蛇様に会いたいと思っているのは旭だけで、籠を運ぶ村人たちはそれなりの場所で下ろせば仕事は終わりだ。
 簡単に逃げ出せぬよう、そして村へ帰る村人たちを追えぬよう、足に重しが嵌められる。
 儀式の場で重しが嵌められなかったのは村人たちにあくまで奉納の儀式であるという体裁を見せるためと、籠が重くなるのを避ける意味があったのだろう。

「白蛇様の社の詳しい場所は俺たちも知らん。その存在の有無すら分からん」
「……はい」

 旭はしおらしく頷く。野垂れ死んでも責任はとれない、と言われているようなものだった。
 だが、ここで抵抗の意思を見せて暴れれば、その分白蛇様を探す体力が減る。
 軽く重しのついた足を持ち上げてみるも内腿がぷるぷると震えて、自分の非力さを痛感するだけだった。
 白蛇様の社の位置が正確に分かるのなら、旭はとうの昔に自分の足で社まで行ったに違いない。
 存在の有無すら曖昧なのもわかりきったことだ。

「今まで、お世話になりました」

 早く去ってくれ、という気持ちで、旭は深々と頭を下げた。
 村人たちはもごもごと罪悪感に苛まれたような慰めの言葉を二、三旭にかけて去って行く。

「――――やっと、白蛇様に会える」

 旭は村人たちの背中が見えなくなるまで大人しく待って、ゆっくりと立ち上がった。
 村人たちとは反対の方へ、足を踏み出す。

「こ、れは……結構きついかも」

 闇雲に探すわけにはいかない。重しは自分では外せそうになかったので、好き勝手うろうろすることもできず、旭は早々に弱音を吐く。

(でも、白蛇様に会える)

 旭は老人のような速度で歩を進めながら、獣道を一歩一歩分け入った。
 何時間かかっても、必ず会うまで山から出て行かないつもりで、獣道をひたすら歩く。
 そして、白蛇には会えないまま、一日が経った。

 気づけば月は沈み、日が昇り、太陽はもう真上から燦々と旭を照らしている。
 八月の終わり、しかも山中とはいえ動き続けていればじわじわと暑さが体力を奪う。
 足が痺れて持ち上がらなくなってきたのを無視して歩き続けていた無理がたたり、旭は木の根っこに躓いて盛大にこけた。

「~~~っ!!い、った……」

 小さな草木の棘が刺さり、旭の手のひらには細かい傷がつく。
 座り直して膝を見るとすりむいたところからじわじわと血が滲む。
 じくじくと痛む足は、傷のせいだけではない。
 一度座り込んだことで疲労感が襲い、ぴくぴくと痙攣する足のせいで、旭は立ち上がれなくなってしまった。

(白蛇さま……)

 旭がそう心の中で呼びかけた時。

「――――もうそんな時期になったのだな」

 目の前に舞ったつむじ風に目を閉じた旭の耳に飛び込んできた低くて柔らかい声に、旭は驚いて目を開ける。
 そこに立っていたのは、珍しい髪色の、美しい男性だった。
 見たことのない装束に身を包んだその男性が、ゆったりとした足取りで近づいてくる。

 ――ああ。とうとう、会えた。

 旭は万感の思いで、口を開く。

「――し、しろ、へび、さま……!」
「人の姿になったつもりであったが。……俺のことが、分かるのか?」

 旭は声にならぬ息を飲み込んで、頷いた。
 姿形が多少変わったところで、見間違うはずがない。
 近づけば近づくほど、それは確信に変わる。
 白銀に輝く髪色、抜けるような白い肌。なにより切れ長の瞳に嵌め込まれた、赤い瞳。

 旭がずっと会いたかった、白蛇がそこにいた。

「ならば話は早い。――おまえは、”白蛇の贄”で間違いないな?」
「は、はい……!」
「では、望みを聞こう。――おまえは、何になりたい?他の村で余生を暮らすか、それとも神の使いとなって家族を見守る存在となるか。それとも、他にしたいことはあるか?」

 白蛇の質問の意図が分からず、旭は首をかしげる。

「それは、白蛇さまに命を捧げたあとのお話ですか?」
「――――思ったより、話が長くなりそうだ。社へ案内しよう」

 呆れたようなため息をつかれ、旭は肩をすくませた。物わかりが悪くて嫌われたらどうしよう。
 旭の不安な様子に思うところがあったのか、白蛇が旭の頭を軽く撫でる。

「取って食う訳ではない。贄について、きちんと説明する必要があると思ったのだ」
「はい……」

 今すぐ取って食ってもらうつもりだった旭には残念な言葉でもあり、まだ白蛇と話せるのだと思うと嬉しい言葉でもあった。
 複雑な気持ちで肯定の返事をした旭の足の重しを、白蛇がぱきんと割る。

「怪我をしているな。ここまで来るのに、徒歩だったのか?」
「いえ、途中までは籠で……って、わっ!」
「怪我人を歩かせるわけには行かぬ。社までこの方が早い」

 ひょいと軽く抱えられ、旭は慌てて白蛇の装束にしがみついた。
 しがみついてから不敬のように思えて、ぱっと離したが「怖ければ遠慮せずしがみついていろ」と言われ、握り直す。
 危なげない足さばきでずんずんと山を進み、石で出来たかろうじて階段と呼べるような階段を登ると、今にも崩れ落ちそうな鳥居の前にたどり着く。
 鳥居の奥に、小さな社のようなものが見えた。

(あれが、白蛇さまの社……?)

 しかし、旭の予想は外れることになる。
 崩れ落ちそうな鳥居の真ん中を通ると、目の前の光景はがらりと変わる。
 こぢんまりとしながらも美しい屋敷が現れたのだ。
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