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終章 攻略! 虹色の魔王

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<まえがき>
 ラリクエをご覧の皆さまへ

 ごめんなさい、諸事情により公開が1日遅くなりました。
 今後も不定期で遅くなることがあるかと思いますが、その節はご容赦ください。
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■■レオン=アインホルン's View■■

 迫り来る魔物を切り裂き、弾き飛ばし、叩き潰す。
 王者の剣カリバーンを振るうたび魔物が魔力の残滓となって四散する。
 この程度の魔物がいくら集まろうが物の数ではない。
 俺の身を守るだけであれば体力の尽きぬ限り続けることができる。


「行ったか」

「はい~、無事に送り出せましたね~」


 遠方に姿を消しつつある戦艦えちご。
 俺は武と美晴を無事に送り出せたことに安堵した。

 ずっと共闘していたデイジーが体力の限界を迎えていた。
 彼女は息を整えるため桟橋で休んでいる。
 そこに敵が近寄らないよう俺は立ち回っていた。
 海の上に地上の魔物が来ることはない。
 ここは敵の襲来を一方に限定できる絶好の防衛拠点だった。


「武、美晴。後は頼んだぞ」


 俺は満足していた。
 美晴の依頼を全うし、彼女のような弱い者を守ることができた。
 そしてこれから人類が魔王と対峙するための切り札である武を逃がすことができた。
 新人類フューリーの戦士としてこれ以上の役割はないだろう。
 この後の武の活躍を見られないのが心残りだが先へ繋ぐリレーはできたはずだ。


「あらぁ、もうおしまいですか~?」

「いいや、まだ暫くは楽しませてもらう。余韻も大切だろう」


 この満足感を今しばらく味わっていたい。
 ならばこそ、先のない闘いだとしても簡単に終わるつもりはなかった。

 飛来するガーゴイルやグリフォンといった魔物を叩き斬る。
 王者の剣カリバーンは焔を纏い存分に俺の手足として舞った。


「どうだ、動けそうか?」

「ふぅ、ありがとうございます~。そろそろ大丈夫です~」

 
 まったく度し難い。
 こんな役割を引き受けるなど俺だけでよいと思っていたというのに。
 アレクサンドラも凛花も、関係者ではないはずのデイジーさえも。
 ひと粒の希望を救い上げることへの犠牲になることに迷いさえないとは。

 剣を振るう。
 近寄って来た数匹の魔物を屠る。
 デイジーも黄金色の十字架を構えて俺の横に立った。
 死角をカバーしてもらうとそれだけ闘いやすくなる。


「またしばらく頼むぞ」

「うふふ、守っていただいてそのうえ共闘まで。ほんとうに素敵なお方です~」


 そうして俺たちは終わりのない闘いに身を投じる。

 アレクサンドラも凛花も奥の森で敵を堰き止めているままだ。
 彼女らが居なくなればあの大群がこちらへ押し寄せる。
 えちごがあれだけ離れたのだから彼女らもこちらに避難しても良い。
 だがそうしないというのは用心に過ぎる。
 もしかしたら抜け出せぬような事態なのかもしれない。

 だがこちらから出向くというのは無謀にも過ぎる。
 行けば死ぬだけだろう。
 いや、それも今更か。
 遅かれ早かれ似たような状態になるのだから。
 彼女らもその覚悟をしてあそこで闘っているはずだ。無事を祈るしかない。

 俺がそう割り切ろうとしたところにその音は響いた。
 ウウウウウ、というサイレン音だ。
 知らぬ魔物の唸り声かと警戒してしまったほどに反響して耳に届いた。

 その前近代的な人工音は遥か沖合に浮かぶえちごから発せられたものだった。


「どうしたのでしょう~」

「・・・まさか主砲を撃つのか!」


 戦艦えちごは向きを変えこちらに腹を向けていた。
 その巨大な砲塔をこちらへ向けて。
 サイレンは撃つという合図なのか。


「デイジー、炎が見えたら直ぐに伏せるんだ」

「はい~、防御の姿勢ですね~」


 たとえ直接の狙いが俺たちでないとしてもアレは危険だ。
 そのエネルギー量から相当な衝撃が走る。
 破片でも当たれば即死だ。


「レオン様!」

「! 伏せろ!!」


 俺たちは反射的に魔物を無視し慌てて地に伏せる。
 光ったと思うとほぼ同時に頭上を砲弾がびゅうと通過した。
 1秒もしないうちに陸の奥が大きく爆発する。
 その後にえちごからどうんという音が追いついた。

 爆発音の最初は聞き取れないほどの振動だった。
 衝撃に備えなかった俺たちの周囲にいた魔物は軒並み吹き飛んでいく。
 魔物といえど存在する空間ごと動いてしまえば逆らえず飛ばされてしまうのだ。


「凛花! アレクサンドラ!」


 砲撃が巻き上げた砂塵の中から飛び出して来た陰。
 あの爆発の中でも無事だったようだ。
 おそらく魔法盾マジック・シールドを使ったのだろう。
 あの混戦から脱出できたのだ、砲撃は良い援護と言えた。


「こちらだ!」

「そこは休めるのか!?」


 凛花が満身創痍のアレクサンドラを抱えて来た。
 桟橋に寝かされると彼女は呻き声をあげる。
 背や肩に斬創があり脚は何かが貫通したのか拳大の穴が開いていた。
 気丈なはずのアレクサンドラが声を出すなど、よほどの状態だ。
 流血も酷く直ぐに手当てをせねば命に障るのが明白だった。


「デイジー! アレクを治せそうか!?」

「これは~随分と危ない状態です~」

「頼む、頼む! 死なせないでやってくれ!」


 凛花が頭を下げるとデイジーは困った顔をした。
 傷が酷く見込みが薄いのか躊躇しているのかもしれない。
 だが今の状況で選択肢があるとは思えない。


「わかりました、すぐに取り掛かります・・・ですが相当なお時間をいただきます~」

「頼んだぞ!? 周りはアタイに任せろ!!」

「では・・・満ちたる生の躍動をここに――身体再生ヒーリング


 デイジーがアレクサンドラの治療に取り掛かる。
 吹き飛ばされた魔物も戻って来た。
 俺はふたたび彼女を守るよう闘い始めた。


「レオン、アタイも闘うぞ」

「頼りにしている」


 凛花が加わり防衛はかなり楽になった。
 彼女が正面を受け持ったので長物を得物とする俺が上空を意識すれば良くなった。
 これならば当面は持ち堪えられる。
 しばらくは生き永らえそうだ。


「レオン、避けろ! 吐息ブレスだ!!」

「なに!?」


 凛花が飛んで避けた正面から炎の塊が迫る。
 咄嗟に後ろに飛び下がり直撃を避けた。
 俺の代わりに焼かれる桟橋。
 鋼と陶片の混合物からなるそれはこの程度では破壊されない。
 魔力が路面にこびりつき、ゆらゆらと炎が揺らめく。
 地竜が放った強力な吐息ブレスはすぐに四散せずに留まっていた。


「アタイが向こうで抑えてたやつらが来てるぜ」

「なるほど。先程までは随分と世話になっていたようだな」

「このほうが手応えがあって良いだろう」

「ああ。武の修業と比べればまだ生温いくらいだ!」


 俺は遠隔攻撃のできる魔物を優先的に叩く。
 空から襲い来るのは小型翼竜であるワイバーンが吐息ブレスを使う。
 見かければ積極的に斬り落とす。

 凛花は突出して地竜やドラゴンといった竜種を吹き飛ばす。
 それらは倒さずとも接近させなければ防衛には十分だった。
 遠距離魔法を使うマンティコアやデュラハンといった魔物も凛花が叩き潰している。
 ほかの有象無象は俺が剣を振るえば問題ない。
 こうして戦法を組み替えることで何とか均衡を取り戻した。

 デイジーの治療は順調のようだ。
 白い光に包まれたアレクサンドラが苦痛で顔を歪めているがそれは回復の証。
 流血は収まり皮膚に見える傷も消えつつある。
 まだしばらくはかかりそうだった。


「レオン。お前はどうして大した奴だな」

「急にどうした」

「武と親しい6人の中でアタイが認めているって話だ」


 キラーボアやダークベアを蹴り飛ばし、背中を向けたまま凛花が続けた。


「君には信念がある。他人に欠けるものを自身の持てる力で補うことを良しとするそれだ」

「俺の力は持たざる者の盾であり牙だ。そう誓ったからな」

「そう、それだ。誰もが見返りを求めるところを君はその信念だけで立ち向かう。尋常じゃないことだ」

「そんなものか?」

「ああ、普通なら釣り合いが取れないからな。ここに美晴を連れて来たのもそうだ」


 言われて考えてみる。
 確かに俺は請われるがまま美晴の要請に応えた。
 武を追うための口実のつもりだったが実際には彼女を助けることを第一としていた。
 そして今、俺はそのことに満足している。
 だから緩慢な死を目の前にしてもこれがその結果だと素直に受け止められていた。


「その信念は素晴らしい。滅私奉公と評価され誰もが眩しくて目を細めるくらいに」

「ああ」

「だけどな、それは君が生きる理由に繋がらない」

「なに?」


 10匹程度の飛行する魔物が徒党を組んで迫る。
 ワイバーンが混じっているのが厄介だ。
 俺は先制して飛び上がり、手前の魔物を難なく戦闘不能にする。

 一瞬、空中に静止したそいつを足場にするよう蹴り下げて俺は高く飛び上がった。
 そこから王者の剣カリバーンを大きく振り抜きワイバーンを両断する。
 残った魔物もまとめて斬り裂きながら桟橋へと着地した。 


「君はまだレゾナンスをしたことがないだろう」

「・・・ああ」

「君はもっと求めて良いんだ。相手はさくらか武か。彼らと奏でてみればわかるぞ」

「ふっ、この期に及んで詮無いことを。今更、武やさくらに会えるとでも?」

「っははははは!」


 彼女のその声に闘いながら呑気なものだと少し苛ついた。


「何が可笑しい」

「その未練があれば十分な理由になる。生きるためのね」

「この状況から生き延びることができるとでもいうのか?」

「おいおい、まさかアレクが玉砕を選ぶと思ってるのか? そんなわけないだろう」

「馬鹿な、戦艦えちごは去ったのだ! 俺たちが耐えられる1日程度で迎えが来るわけがない!」


 そう、俺たちは置き去りだ。
 アレクサンドラから「取り残される覚悟はあるか」と。
 捨て石となる覚悟を問われ是と答えたのだ。
 あらかじめ予測された結果であり受容した事実だ。

 この状況で助かると甘い希望を抱くなど荒唐無稽だ。
 助けが来るとしても早くて数日後。
 そこまで耐えたとしてもこの地鳴りと噴火だ。
 その前にアトランティス大陸が没するだろう。


「アタイはアレクを信じてるんだよ。アレクが言う道筋がこれなら助かる」

「とても信じられる状況ではないぞ」

「知らなければそうだろうな。なら賭けよう。このまま助からないならアタイから玉砕しよう。きつくなったら言え」

「・・・下らない賭けをするような状況ではないだろう」

「ああ、賭けにならないからね。助かったなら・・・そうだな、君はさくらに胸の内を語れ」

「俺が、さくらに?」

「そうだ。君が未練だと思ったことをその口から語るんだ!」


 凛花が目の前の地竜を蹴り飛ばす。
 あの細い身体でよくやるものだ。


「聞けレオン。求めることは恥でも悪いことでもない。人は互いに求め合って生きるんだ」

「その求めた結果で相手を殺めたとしてもか?」

「ああそうだ。想いの交流は従順な流れだけではない、時に渦巻き逆流さえする」

「死んでしまえば流れもしない。真綿のように締め上げる後悔だけが残るというのにか!」

「ああそうだ! 抑え込み機を逸した結果、終わることのない後悔に苛まれるよりもよほどにね!」


 凛花の言葉にいちいち苛つく。
 気を取られたせいか魔物の攻撃が俺の頬を掠った。
 ひと筋の切り傷がつう、と一文字を描いた。


「だが俺は・・・この場に死地を見出している!」


 そう、ここが、この大陸が俺の墓標だ。
 あの日、マフィアに殺された何人もの俺の友。
 彼らには俺が原因だと恨まれこそすれ感謝などされよう筈もない。
 知りもせず中途半端に力をひけらかした俺の失態なのだ。
 その贖罪は俺の死を以って償うしかない。
 俺ひとりがのうのうと幸福に浸って生きる資格などない。

 いつか来る最期のとき。
 もうすぐ彼らの傍へ行けるというのに。


「諦めるんじゃない!」


 凛花の蹴りが俺に向けて飛んで来る。
 手が止まっていた俺はそれを避けもせず見届けた。
 先ほどの傷をなぞるよう、すれすれを脚が通り過ぎた。
 鈍い音がした。
 彼女は俺の背後にいた魔物を蹴り飛ばしたのだ。


「君はその怨嗟の声を聞いたのか!? そのときに君にできることをしようとしたのではないのか!」

「・・・・・・」


 凛花の口調が強くなる。
 俺は答えられなかった。

 確かに俺はできることを探した。
 だが力なく何もできなかった。
 そんな言い訳をしたところで失われた命は戻らない。
 でも俺は彼らに直接に恨みを聞いただろうか。
 そんなわけはない、そのときには事切れていたのだから。
 聞きようがない。


「そうだ、誰にもわからない! 君自身が君を責めているんだ!」

「死んでしまった彼らの・・・心情を慮って当然だろう」

「その自己満足は終わりにしろと言っている!!」


 ばしん、と俺のすぐ隣に空中から着地した凛花。
 そこまで迫っていたキラーエイプを踏み潰していた。


「自己満足・・・だと?」

「そうだ! 今、君の死を喜ぶのは君だけだ! 君を求め君の死を悲しむ者はもっといる!!」

「・・・しかし、もう無理だろう。じきに終わる」

「いいや、レオン=アインホルン。楊 凛花の言うとおりだ、諦めるな」

「ああ、まだ動いてはいけません~」

「! アレク!」


 見ればアレクサンドラが身体を起こしていた。
 傷は治りきっていないが何とか回復しているようだ。


「ぅくっ・・・私は、玉砕するとは言っていないぞ。『取り残される』と言っただけだ」

「なに? この期に及んでも助かる術があるというのか」

「はぁ、はぁ・・・そうだ。見ろ、あれを」


 アレクサンドラが沖合を指す。
 ただの水平線が広がっている。
 と、どこかからか、ボートらしきものが水飛沫をあげてこちらに向かって来ていた。


「はははは! こんな危険な場所へ来るなんて酔狂な奴がいたもんだな」

「まさか・・・あれは・・・」


 俺は目を疑った。
 どう考えても戻って来るなど自殺行為だ。
 ただでさえ魔物に囲まれて油断すればすぐに殺される状況だ。
 そんな場所なのに・・・あいつは・・・あいつという奴は・・・!!


「レオーン!! 凛花先輩!! 会長!! デイジーさーん!!」

「逃がしたはずなのに戻って来るとはな、京極 武」

「武・・・!!」


 俺たちが決死の思いでえちごを発進させたというのに。
 それを無駄にしてくれるとは。

 相変わらずなその無謀な行動を見て。
 死を確信していたはずの俺は、自然と口角を上げていた。




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