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第1章
祖父と王子
しおりを挟むライデン王国の医療技術の高さは、近隣諸国でも有名だ。他国の王侯貴族が治療を受けに態々来る程で、その中枢を担うのがマルドゥーク男爵家である。第二王妃アリアの生家で、国内にある病院の八割はマルドゥーク男爵家が経営する。
医療は国民にとって大切な機関だが、血や死を不浄と厭う貴族からは嫌煙されがちである。実際、今の医療技術が確立される為に、数多の犠牲と実験を繰り返し、流れた血の大さは計り知れない。
嫌煙する癖に貴族という生き物は、自分が大病を患ったり怪我をしたりすると、我先に治療してもらおうとする。なんとも利己的な生き物だと、アルフォルトは常々思う。
先代の王の時代に貴族と庶民で治療費の差別化を図り、富める者からはそれなりに、庶民からは最低限の治療費をもらう法律を制定した。
これにより、庶民は医療機関にかかりやすくなったのが幸いして、感染症の減少に伴い国全体の死亡率が格段に下がった。
先代の王と、先代のマルドゥーク男爵家当主は親友だったそうだ。医療という国の中核を担うマルドゥーク家に何度も陞爵を提案してきたが、その度に先代の当主は断ったという。力を持ちすぎる事への危惧、と言えば尤もらしいが、実際は権力なんてものは七面倒臭いからという至極単純な理由だった。
権力よりも研究。
爵位こそ低いが、先代の王の親友というある意味最強の肩書きを持っているのが、アラン·マルドゥーク。亡きアリアの父で、アルフォルトの祖父でもある。社交界でも変人と名高いアランだが、人望はそれなりにある。
貴族の血は青いと信じて疑わないタイプとは反りが合わないが、仕事柄か騎士を多く排出する家柄や研究職の家柄の人間とは良好な関係を築いていて、隠居した今も祖父を慕う物は多い。
マリクと別れた後、アルフォルトとライノアはマルドゥーク家を訪れた。アポも取らずに来た非礼を詫びると、出迎えてくれた老齢の執事は目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「アルフォルト様とライノア様なら、いつでも歓迎致します。アラン様もさぞお喜びになられるでしょう」
アランは今の時間だと中庭の薔薇園に居るというので、ライノアを伴って長い廊下を進んでいく。
「アルフォルト様ライノア様、ご機嫌よう」
「お久しぶりですね」
「お元気でしたか?」
すれ違うメイドや侍従が次々に声をかけてくれるので、アルフォルトは一人一人に挨拶を返した。
城とは違い、マルドゥーク家にアルフォルトの敵はいない。ここでもしアルフォルトに何かしようものなら、おそらく次の日には人体実験······もとい、治験の後解剖実習の献体となるだろう。何度かそうなった者を見てきた。使えるものはなんでも使うのがマルドゥーク家だ。
アルフォルト達が中庭に到着すると、大きな麦わら帽子を被って薔薇の手入れをしている人物がいた。耳順を少し過ぎた線の細いその人物は庭師の様な格好だが隠しきれない気品があり、そしてなにより少しも日に焼けていない。
「──お爺様、お久しぶりです」
アルフォルトが声を掛けると、ようやく顔を上げ、お爺様──アランは立ち上がった。
「······着替えてくる。お前達は先にサンルームへ行ってなさい」
二人を見つめると、アランは麦わら帽子とハサミを傍に控えていた庭師に預ける。そして、無表情のまま振り返ることも無く中庭を後にした。
「サンルームで待ってましょう」
「うん」
ライノアに促され、アルフォルトも中庭を後にした。
中庭に面したサンルームは、薔薇園と小さな噴水が見渡せる。元々は庭の手入れ道具置き場だったのをアランが改築し、いまではティールームとして使っている。
アルフォルトが小さい時は祖父と母とよく三人でアフタヌーンティーを楽しんだ。時々父と、途中からライノアも加わり、賑やかだったのを思い出す。
あの頃に戻れたら、どんなに幸せだろうか。
「ルト、大丈夫ですか?」
感傷に浸っていたアルフォルトは、ライノアの声で我に返った。
隣に座っていたライノアが、窺うように顔を覗き込んでくる。アルフォルトは従者の勘の良さを少しばかり恨めしく思い、苦笑いした。
「大丈夫。少し眠くなっただけ」
嘘では無い。日除けのレースのカーテンが昼下がりの柔らかな風に揺れて、なんとも眠気を誘う。
「私に隠れて睡眠時間削って仕事するから」
「あーーーもう、ごめんって言ってるだろ!」
ライノアはまだ怒っているのか一々蒸し返して来る。そういえば、この従者は中々根に持つ性格だった。
「そこで『もうやらない』とは言わないのがルトらしいですよね」
「だってライノアにウソ吐きたくないし」
唇を尖らせると、ライノアは微かに笑った。
「真摯なのは美徳ですが、嘘も方便という言葉ご存知ですか?」
「お前、僕の事馬鹿にしてるな?」
ジト目で見つめると、ライノアはとんでもない、といった顔で見返してくる。
そうこうしてるうちに、着替えたアランがサンルームに入って来た。
先程の庭師のような格好から上等な三つ揃えに着替え、元は黒かったであろうロマンスグレーの髪を後ろに流すと厳格な雰囲気が増す。
マルドゥーク家は遺伝なのか男女問わず華奢だが、アランは決して貧相などではなく寧ろ貴族らしい姿勢の良さが際立つ。
「急に訪ねて来てすみません、お爺様」
アルフォルトがおずおずと口を開くと、アランは眉間に皺を寄せた。
「アルフォルト」
名前を呼ぶ声は硬く冷たい。青い瞳は他を寄せつけない鋭さがある。
「『お爺様』なんて呼び方誰が許可した?」
「······すみません」
雲行きが怪しい。まずい、と思ってアルフォルトはアランから距離を取るがソファに座っているのであまり意味はなかった。逃げた分、アランは距離を詰めてくる。
「儂の事は『じぃじ』と呼べとあれ程言ったよな?」
「······嫌です」
威厳のある顔と、発せられた言葉が一致しない。アルフォルトの返答に、アランは盛大にため息を吐くと、勢いよくアルフォルトを抱きしめた。
「お前は最近『お爺様』としか言わないな。まったく可愛げが無い」
「可愛くなくて結構です!僕もう成人してますから」
頬ずりしてくるアランの顔を、アルフォルトは鬱陶しそうに押し返す。細身なのにアランは腕の力が強く、中々逃げ出せない。
「成人してようが孫には変わらんだろう。昔みたいにじぃじって呼んでくれないと、離さないぞ?」
「何年前の話ですか!絶対に嫌です!!」
アランはライノアにも腕を伸ばし、二人まとめて抱きしめる。アルフォルトと違いライノアは逃げようとはせず、大人しく頭を撫でられていた。
「ライノアは相変わらず男前だなぁ。儂の若い頃にそっくりだ」
「そんなわけ無いでしょう!」
血は繋がっていないが、アランはライノアを孫のように扱う。黒髪と青い目は同じなので、似ているといえば似ていない訳でもないかも知れないが少々が怪しい。
「恐縮です、じぃじ」
真顔で淡々と返すライノアに、アランは一瞬真顔になり、そのまま腹を抱えて笑いだした。
アルフォルトもつられて吹き出したが、アランの手が緩んだ隙に、腕から抜け出してライノアを盾にする。
「あっはっは······お前その顔で······じぃじは······ふふふっ······アルフォルトよ、ライノアを見習え」
「絶対に嫌です!」
目尻に涙を浮かべ、一頻り笑ったアランはアルフォルトの頭を撫でると向かいの椅子に座る。
メイドが紅茶を運んで来たのをライノアが手伝おうと立ち上がると「座ってなさい」とアランに窘められる。大人しく座り直したライノアに、年配のメイドは優しく微笑んで淹れたての紅茶を手渡した。
「どうせ日々アルフォルトにこき使われてるんだからここに居る時くらいはゆっくりしなさい」
「まるで僕がライノアに過重労働を強いてるみたいじゃないですか」
アランの発言にアルフォルトはムッとするが、ライノアを働かせすぎているのは事実なので否定は出来ない。なるべく負担を減らしたくて自分の事は自分でやりたいのだが、ライノアはなにかと世話を焼きたがるので難しい所だ。
「私がアルフォルトの世話を焼くのは趣味なのでお気になさらず」
「趣味······」
自分はペットかなにかだろうか。
無表情で紅茶を飲むライノアだが、おそらく割と失礼な事を考えているのだろう。
二人の様子に楽しそうなアランだったが咳払いをひとつ。それから真面目な表情で尋ねてきた。
「紅茶を飲みに来ただけではあるまい?」
勿論いつでも歓迎だが、と付け加えるアランに、アルフォルトは居住まいを正した。
「ここ最近、貴族や高官の怪死が続いていると小耳に挟みました」
アルフォルトの言葉に、アランは片眉を上げただけでそのまま話の続きを促す。
「全て『マニフィカト』の顧客で食事の後に亡くなっていて、食事中に毒を混ぜた痕跡はないそうです」
「つまり、何が言いたい?」
青い目を細めて、アランはアルフォルトを睨め付ける。常人であれば怯む眼光の鋭さだが、アルフォルトは怯まない。
「お爺様の病院に何人か運び込まれたかと思うんですけど、処置をした人の話を聞きたくて伺いました」
アルフォルトは膝の上で手を組むと、ニッコリと微笑んだ。
こういう時、ライノアは一言も話さない。補足がある時や訂正する時だけ声を発する。主を立てるよく出来た従者だと、アルフォルトは常々思う。逆を言えば、面倒臭いだけなのだろうけれど。ものは言いようだ。
「アルフォルトよ」
「はい」
アランはテーブル脇に置かれた呼び鈴を鳴らす。すぐに執事がサンルームに入って来て、何も言っていないのにその手には書類を携えていた。
執事から書類を手渡され、アルフォルトは紙を捲った。
「そろそろお前達が来る頃かと思って用意させておいた。と言っても、処置する前にもう息絶えていた者が殆どだがな」
「流石です、お爺様」
仕事の速さと先見の明に、アルフォルトは目を丸くして感心する。
書類に集中するアルフォルトに、アランはしたり顔をした後紅茶を飲み干した。
「常に先手を打つ事が趣味なのだよ」
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