仮面の王子と優雅な従者

emanon

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第1章

身代わりと王子

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「お腹が空いた」
 資料から顔を上げたアルフォルトは、誰にでもなく独りごちた。
 アランから貰った被害者の資料を読んでいたアルフォルトだが、空腹を感じ始めたあたりからどうにも集中力がおちている様で、内容が頭に入ってこない。
 ローテーブルに資料を置き、座っていたソファにそのまま寝転ぶ。
 城下から戻った後、アルフォルトは予定通り王城へは戻らずに離宮で休む事にした。アランの屋敷の使用人は皆優しくて、城との温度差に苦しくなる。
 普段は気にならないが、このまま王城へ行ったらおそらく気分が落ち込むだろう。
 アランは「いつでも廃嫡して貰ってウチに来なさい」と言ってくれている。跡目争いを避けるために最終的にはそうするつもりだ。そもそも自分は王の器ではない。髪の毛だって黒いし、王位を継ぐには、この手は汚れている。しかし、アルフォルトにはまだやる事がある。
(シャルワールの成人の義を無事に見届けてからだなぁ)
 王子の身分なんて窮屈なだけだ。勿論そんな事を口が裂けても言えないが、もし自由になれるのなら、アルフォルトは旅がしたい、と考えている。
 好きな時に好きな所へ。気の向くまま、時々日雇いの仕事なんかしながら。隣にはライノアがいてくれたらきっと楽しいだろう。
 誰も居ないのをいい事に、一人でくふくふ笑っていると、勢いよく執務室のドアが開いた。
 驚いて咄嗟に身構えたアルフォルトの身体目掛けて、金色の物体が勢いよくぶつかって来た。
「うわっ!?」
 勢いを殺せずにソファに倒れ込む。アルフォルトの体にしがみついた金色の正体は、人だった。
「やっと帰って来たーーー!」
 アルフォルトにひしっとつかまり、頭をグリグリとこすり付けてくる。動きに合わせて揺れる金色の髪がくすぐったい。緩く抱きしめると更にしがみついて来た。
「どうしたの?レン」
 レンと呼ばれた人物は、ジト目でアルフォルトを見つめた。
「離宮にシャルワール様が来るなんて聞いてないんですけど!?」
 アルフォルトは、苦笑いしてレンの頭を撫でた。



♢♢♢
    


「今日も来たんだ?」
 メインディッシュを食べ終えたアルフォルトは目の前に座るレンから、自分が不在の間の報告を聞いていて目を丸くした。
「シャルワール様が来るなら事前に言っておいて下さいよー。心臓に悪いですー」
 レンは手にしていたナイフを置くと、眉間に皺を寄せた。
 本来なら王子であるアルフォルトと食事を共にできる身分ではないが、レンの所作の確認も兼ねている。今の所食べ方はアルフォルトとほぼ一緒でテーブルマナーも問題ない。
 金髪に赤いつり目、そばかす顔の少し生意気そうな顔立ち。髪が短くスラリとした体躯は一見少年のように見える。背格好がアルフォルトとほぼ同じレンは、アルフォルトが城を開けている際、王子の身代わりを務めている。
 元は貧民街でスリをしていた孤児で、不幸にも殺されかけていた所を助けた縁でここに居る。頭が良く手先が器用、物を作る事が得意で離宮の侵入者対策の装置を作った14歳の少女は、天才と言ってもいい。
 ただ、人間不信のきらいがあるため人前には殆ど出ず、普段は離宮の管理全般を引き受けている。アルフォルトが不在の時だけ、この離宮で影武者をして貰っている。
 以前アルフォルトが城を抜けていた際、城のどこにも居ないと騒動になった事があった。王と宰相に怒られて以降、アルフォルトも流石に対策を考えなければいけなくなり、結果として影武者を立てることにした。
 体調不良で離宮に引きこもっているという事にして、レンがアルフォルトのフリをする。
 背丈が一緒なので仮面を着けてアルフォルトの服を着れば、大概の人間は騙せる。──親しい人間以外、だが。

「具合が悪いから眠ってます、とお伝えしたんですけど入って来ちゃったのよね。······王子に帰れとは言えないですし」
 食べ終えた食器を下げながら、メリアンヌがため息を吐いた。こちらも少々疲労が滲んでいる。
「お陰で自分ずっと布団の中で寝たフリですよー?まぁ、暇で素数数えてたらそのまま寝ちゃったんですけどー」
「ごめんね。いつでも来ていいよって言ったけど、こんな頻度で来るとは思わなくて」
 毒入り菓子の一件以降、シャルワールが定期的に離宮を訪ねて来るようになった。アルフォルトとしては嬉しいのだが、不在の時だと事情が変わって来る。
「仮面着けて目瞑ってたらバレないですけどー、急に来たらアウトですよー」
 レンはテーブルに並べられた洋梨のタルトに目を輝かせた。アルフォルトも、満腹だと思っていたがメリアンヌが注いだ紅茶の香りも相まって、デザートは別腹と言うことを再認識した。
「また城を開けなきゃいけないから、対策考えないとなぁ」
 タルトを頬張ると、洋梨の甘さとタルト生地の香ばしさが口の中に広がって、アルフォルトは思わず微笑んだ。その様子を見たメリアンヌも嬉しそうに口元を緩める。
「王子また出かけるんですかー?」
「うん、城下で気になる事件が起きてて······城で起きてる事と無関係に思えないんだよね。勘だけど」
「その勘が、当たるから怖いのよね」
 メリアンヌは頬に手を当てて困ったように呟いた。まさしくその通りで、嫌な勘ほど当たるものだ、とアルフォルトは思う。
「公務は落ち着いているから今のうちに片付けたいんだ」
 シャルワールの命を狙う者がいるなら、徹底的に排除したい。自分を狙うならわかるが、正直シャルワールが狙われる目的がわからない。
「そう言えば、ライノアは?」
 夕餉の前はいたはずだ。アルフォルトの問にメリアンヌが答えた。
「宰相の所に報告に行ったわよ」
「······また何も言わずに行ったのか」
 最近、気付くとライノアが不在な事がある。勿論アルフォルトが安全な所にいる事が前提だが、一言声を掛けてくれてもいいのに、とアルフォルトは思う。全てを報告する義務はない事も理解しているが、それでもモヤモヤする気持ちは抑えられない。
「急ぎで呼ばれたみたいだから、大目に見てあげなさいな」
 メリアンヌに苦笑いでフォローされ、自分がわがままな子供の様に思えて少し恥ずかしくなった。誤魔化すようにタルトを口に運ぶ。
 目の前で無心にタルトを頬張るレンがリスの様で、アルフォルトのささくれ立った心が少し落ち着いた。

    
    

    

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