17 / 89
第1章
従者と餌付け
しおりを挟むそっとドアが開く気配がした。
読みかけの本から顔を上げると、ライノアが部屋に入って来た。傍から見たら無表情だが、アルフォルトにはわかる。あの表情は、気まずいと思っている顔だ。
「おかえり、ライノア」
「······ただいま戻りました」
ニッコリ微笑めば、ライノアは視線を微かに逸らした。
(別に怒ってないのに)
アルフォルトに何も言わずに離れた事を気にして居るのだろう。モヤモヤしたのは確かだが、全てを報告する義務はない。これはアルフォルトの考え方の問題だ。
(ライノアが何処にいるかわからないと不安だ、なんて言えないし)
アルフォルトは無言で自分の隣、ソファの空いている所を軽く叩いた。
素直に隣に腰を下ろしたライノアを見つめると、蒼い瞳に見つめ返される。ありはしない耳と尻尾がたれているのが見えて、アルフォルトは苦笑いした。
「怒ってないよ。ちょっと寂しかっただけで」
そっと、指先に触れると、長い指が絡みつくようにアルフォルトの手を握り込む。擽ったくて笑うと、ライノアはようやく表情を緩めた。
「ねぇライノア、口を開けて」
アルフォルトの命令に何の疑問も持たずに口を開ける。ライノアに食べさせたくて、晩御飯で食べた梨のタルトをメリアンヌに言って分けてもらった。
フォークに刺したタルトを、歯並びの良い口に運ぶ。
無言で咀嚼するライノアだが、美味しかったのだろう。少しだけ目を見開いたのに気づき、アルフォルトは微笑んだ。
「美味しいよね。コレ、晩御飯のデザートだったんだ」
フォークで切り分けたタルトを差し出すと、ライノアがフォークを取ろうとするので制止した。
「だーめ。素直に食べさせられてて」
「ルト、言葉がおかしいです」
「細かい事は気にしない!······はい、あーん」
フォークを口元へ運ぶと、ライノアはされるがままにタルトを咀嚼する。
餌付けしているようで、アルフォルトは楽しくなってきた。顔が緩んでいたのか、ライノアは最後の一口を食べ終えると、苦笑いした。
「なんだか餌付けされてる気分なんですが」
「餌付けだなんて。僕がライノアを甘やかしたかっただけなんだけど」
食器をテーブルの端によせたアルフォルトが立ちあがろうとすると、ライノアに手を引かれる。
「うわっ」
そのまま体勢を崩し目を瞑って──しかし、予想していた衝撃はなく、ライノアに抱きとめられて膝の上に座らせられた。
「ライノア!」
「すみません、あまりにも可愛いくてつい」
振り返ると悪びれもせずクスクスと笑うので、ライノアの鼻を摘む。
「可愛いってライノアはいつも言うけどさ、僕男だよ?」
どうせなら「格好良い」の方が嬉しいが、その言葉で真っ先に思い浮かぶのはライノアだった。
背中にライノアの体温を感じる。腹に回された手は緩くアルフォルトの身体を抱きしめる。
「男でも、アルフォルトは可愛いんです」
肩口に顎を載せたライノアが、耳元で囁く。少し擽ったくて、アルフォルトは思わず吐息を零した。
「耳元で喋らないで。擽ったい」
抗議の声を上げると、ライノアが笑う気配がした。と、思ったら逃げない様に頭を片手で抑え込まれる。
「──アルフォルト」
「······っ」
耳に吐息がかかり、肩がビクリと跳ねる。
「相変わらず耳、弱いんですね」
「んッ······」
少しかすれた低い声は決して大きくはないが、鼓膜に直接囁かれたみたいにはっきり聞こえる。
(──なんか、前にもこんな感じの事あった·······?)
どこか既視感を覚え、アルフォルトは思い出そうとするが、霞がかかったようにぼんやりとして思い出せない。
その間にもライノアは耳元で話し続け、アルフォルトは囁かれる度に身体が跳ねる。
「ねぇ、アルフォルト」
「やっ······」
ざわざわと腰に響く声に、 上手く身体に力が入らなくなってきた。アルフォルトは思わず目を瞑り。
「ぃっ······いい加減にしろっ!」
「うっ······」
勢いよく頭を上げる。途端、ゴッという鈍い音と共に後頭部に衝撃が走った。
後頭部の頭突きで手の拘束が緩んだ隙に、ライノアから離れる。後頭部をさすりながらライノアを見ると、従者は額を抑えて唸っていた。
「······相変わらず石頭ですね」
ライノアの言う通り、衝撃はあるものの、実はそんなに痛くなかったりする。
しばらく額を抑えていたライノアは、肩を震わせた。堪えきれなかったのか、急に笑い出したライノアに、頭の打ちどころが悪かったかと心配になる。
「だ、大丈夫?」
「ははっ······頭突きって。······貴方、王子なのに」
「お、お前が揶揄うからだろ!」
なんだか恥ずかしくなって、アルフォルトは顔が赤くなるのがわかった。頬が熱い。手を伸ばしてきたライノアから勢いよく離れると、またライノアは笑いだした。
一頻り笑ったライノアは、頬杖をつくと蒼い瞳を細めた。
「ルトは、本当にネコみたいですね」
「お前が褒めていない事だけはわかった」
ライノアはソファから立ち上がると、警戒心むき出しのアルフォルトの頭を撫でる。
危険はないと安堵し、肩の力を抜いたアルフォルトは、手を引かれてまたソファに座り直す。そのすぐ隣にライノアも座り、肩が触れ合う。
広いソファなのだから、もっとゆったり座れるが、自分たちはこれでいい。身体が一部でも触れ合う距離じゃないと、正直落ち着かない。
「お爺様に頂いた資料なんだけど──」
王子と従者は寄り添って会話を始めた。
「ねえ、メリアンヌさんー」
隣室で紅茶を飲んでいたレンは、メリアンヌに問いかけた。
「アルフォルト王子とライノアさんって恋人ではないんですよねー?」
「まぁ肉体関係はないわね、今の所」
同じく紅茶を飲み、メリアンヌは答えた。
下がって良い、とアルフォルトに言われたので後のことはライノアに任せ、すっかりくつろぎモードになっている。
「肉体関係······あの、自分一応子供なので、そんな明け透けに言ったら情操教育的に良くないのではー?」
「お前に一般的な感性が備わっているとは初耳だわ。それに今更子供ぶられてもねぇ」
何が情操教育よ、とメリアンヌは鼻で笑う。アルフォルトの為なら兵器でも爆薬でも何でも作るのがレンだ。人間嫌いだが必要ならスリでもハニートラップでもなんでもやる。 ──体力がないので戦闘以外は。
「二人の雰囲気があまりにもゲロ甘なのにー、あれで付き合ってないなら世の中の恋人って知人通り越して他人じゃんって思いますー」
早く話すのが苦手で、レンは独特な間伸びした話し方をする。
「もどかしいって思うかもしれないけど、ゆっくり見守ってあげなさいな。二人には二人のペースがあるんだから」
身分や立場を考えると、巨腕を振って応援出来ないのはわかっている。アルフォルトのトラウマもある。それでも、あの二人には幸せになって欲しい、とメリアンヌは思う。
「両片想いみてるのムズムズしますー」
全く同じ意見に苦笑いする。メリアンヌはレンの頭を撫でると、大きな欠伸をした。
33
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】
きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。
オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。
そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。
アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。
そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。
二人の想いは無事通じ合うのか。
現在、スピンオフ作品の
ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる