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第3章
従者と最後の日
しおりを挟むシャルワールの成人の儀は、滞りなく終わった。
国を挙げての盛大なお祝いは、三日三晩つづき、国中がお祝いムードで華やいでいた。
成人の儀の後に、婚約者のお披露目も行った。順番は前後したが無事に終わった事に、アルフォルトをはじめとした王族達は安堵した。
思えばこの半年間は目まぐるしく、本当に色々あったな、と改めてアルフォルトは思う。
そんな中、意外な事が一つあった。
今まで仮面を着けていた第一王子が仮面を外し、金髪もカツラだった事で、国民や貴族がどう思うか不安だった。
公の場ではじめて素顔を晒したアルフォルトだが、思っていた反感や忌避感情はなく──寧ろ、アルフォルトを一目見ようと民衆が押し寄せた程だ。
どういう事かと不思議に思っていると、なにやら市井の間で飛ぶように売れてる新聞があるとの事。
なんでも、第一王子が仮面を着けていたのは、美しすぎる顔のせいで何度も誘拐されかけたからだという事。黒髪を隠していたのは、王族でありながら金髪では無いがために、命を脅かされていたから。
市井の暮らしを良くしようと、お忍びで城下に来て、雇用を増やしたりインフラ整備をしていた事等が書かれたその新聞は、誰が書いたか名前を見なくてもわかった。
冷やかし感覚で第一王子を見に来た国民だったが、アルフォルトの美しさを目の当たりにした事で、記事の信憑性が増したようだ。
パブや下町でルトを知る人も多く、彼らが自慢げに話しているのも大きい、と聞いた。
おかげでうつけな第一王子は仮の姿で、本当は誰よりも国民を愛する天使のようなお方なのだと、ここ数日でアルフォルトの株は爆上がりしていた。
「······世の中、何が起こるかわからないものだね」
城下では、アルフォルトの絵姿が飛ぶように売れている知り、正直やめてくれとアルフォルトは思う。
「良くも悪くも、人は単純な生き物ですから。今回の件も、より娯楽性のある情報を好んで信じるくらいには、今が平和だと言う事ですよ」
苦笑いしてライノアは答えた。
出入りしていたパブは「ルト」がアルフォルトだと知った次の日から、アルフォルトがよく食べていた鳥の香草焼きを看板メニューにしているようで、連日大盛況だと報告を受けた。
「国民に、僕が肉しか食わない奴だって思われたら嫌だな」
ボソッと呟いたアルフォルトに、ライノアは「実際そうじゃないですか」と呆れた声で返されたので、爪先を踏んでおいた。
少しずつ変わっていく環境にも慣れはじめて──ライノアが国へ帰る日が、明日に迫っていた。
今日一日、アルフォルトとライノアは自由に過ごしていいと言われている。
なので、朝はゆっくり起きた。
少し遅目の朝食を皆で食べる。
レンは眠そうにパンを咀嚼し、メリアンヌは優雅に珈琲を飲む。相変わらずサラダを勝手に取り分けてくるライノアを睨み、目を離した隙にサラダが取り分けられた皿をライノアの方へと寄せる。
いつも通りの、離宮の朝食。
──でも、明日からはライノアがいない。
朝食を終えたアルフォルトは、着替えた後にライノアに髪を整えて貰った。
いつもより丁寧に、時間をかけて髪を梳くライノアの表情があまりにも穏やかで、鏡越しにアルフォルトも微笑み返す。
身支度を整えたアルフォルトとライノアは、マルドゥーク家へ挨拶に向かった。
アランをはじめとしたマルドゥーク家の人々に、お世話になったお礼を言いに来たライノアは、終始微笑んでいた。
アランが暑苦しい抱擁をした時は流石に苦笑いしていて、アルフォルトもつられて笑った。
城に戻ってからはベラディオやシャルワール、ローザンヌにも挨拶をし、離宮へ戻った頃には、既に夕刻になっていた。
晩御飯を食べ終え、離宮のメイド達やメリアンヌ、レンにも挨拶を終えたライノアを、アルフォルトは自室へと呼んだ。
自分が座るソファの隣に座るよう促すと、ライノアは素直に腰を下ろす。
「今までお疲れ様でした」
深々と頭を下げたアルフォルトに、ライノアは微笑んだ。
「こちらこそ、貴方にお仕えできて幸せでした。あの日アルフォルトが拾ってくれたから、今私はここにいる」
ライノアも頭を下げてお礼を言うと、アルフォルトを見つめる。今日一日、ライノアはずっと微笑んでいた。普段表情が殆ど動かないだけに、本当に最後なんだ、と改めて思い知る。
アルフォルトは隣に座るライノアの肩に頭を乗せた。
「他の人は皆下がらせた。今日くらいはゆっくりして貰わないとね」
入浴も済ませ、あとはもう寝るだけだ。
「──出会ったばかりの頃、ライノアは本当に手負いの獣みたいだったよね」
傷を負い、死にかけていた痩せっぽちの小さな子供は、いつからか大きく逞しくなり、アルフォルトを護る強い大人になっていった。
「こんなに大きく育っちゃってさぁ」
「貴方のおかげですね」
ソファの上で身を寄せ合い、昔話に花を咲かせた。沢山思い出がありすぎて、それでも昨日の事のように思い出せる。
何気ない日常も、喧嘩した日も、命の危機が迫るような大変だった時も。
二人だったから、大丈夫だと思えた。
──話し始めてどれくらい時間が過ぎただろうか。
アルフォルトがふと、窓の外を何気なく見ると、今夜は満月だった。
不思議な程明るい月光が、窓から差し込む。
すぐ近くにある、ライノアの蒼い瞳が微かにゆらめいていて、胸が締め付けられた。
今日が終われば、ライノアとはお別れだ。
十年間、ずっと傍に居た相棒が、明日からはいない。
アルフォルトは小さく息を吐くと、そっとライノアの指に自分の指を絡めた。
「ねぇ『最後にお願いがある』って言ったの、覚えてる?」
熱が下がったあの日の事を思い出す。
アルフォルトの問に、ライノアは頷いた。
「勿論。全然言わないから、ルトの方が忘れてるかと思ってましたよ」
クスクスと笑うライノアに、アルフォルトは頬を膨らませる。
「そんな訳ないじゃん。まったく、お前は最後まで僕に敬意が足りないよね」
笑ったまま、ライノアはアルフォルトの手を握り返した。
あたたかく、大きな手。アルフォルトに触れる時はいつも優しい。
この手が、アルフォルトは大好きだった。
「あのね、ライノア」
じっと、蒼い瞳を見つめる。
ずっと、考えていた。
どうしたいか、どうなりたいか。
心臓が、早鐘を打つ。
アルフォルトは深呼吸すると、最後のお願いを口にした。
「──僕を、抱いて」
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