仮面の王子と優雅な従者

emanon

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後日談

帝国の日々⑦

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♢和解♢



 温かい手が、優しく頭を撫でてくれる。
 労わるように、髪を梳く節榑立ふしくれだった長い指。慣れ親しんだ手は、誰のものかすぐにわかった。
 
 重い瞼を開けば、ぼんやりとした視界の中、心配そうに覗き込むライノアと目が合う。右の頬に湿布を貼っているが、何か怪我でもしたのだろうか。
「──っ!!······ルト······目が、覚めて良かった······」
「······あれ、ぼくは······」
 頭もぼんやりしていて、今が朝なのか夜なのか、ここがどこなのかすら思い出せなかった。
「ごめんなさい、アルフォルト······」
 震える声は頼りなく、目の前の蒼い瞳は揺れていて、今にも泣き出しそうなライノアに手を伸ばす。
「泣かないで······ライノア······」
 そう言って、小さい子供をあやすみたいに、左の頬に触れる。その指先を包むように触れたライノアの手も冷たく震えていて、アルフォルトは両腕を伸ばすと、ライノアの頭を抱きしめた。
「だいじょうぶだよ、僕がそばにいるから、そんな顔しないで······ね?」
 何か悲しい事があったのだろうか。
 ゆっくり頭を撫でれば、ライノアはアルフォルトにしがみつくようにして頷いた。
 抱えた胸元に濡れた感触がし、ライノアが嗚咽を殺して泣いている。アルフォルトは彼が落ち着くまで、頭をずっと撫でていた。
 
「──······で、やっぱりこうなるのね」
 様子を見に来たメリアンヌが寝室のドアをそっと開けると、アルフォルトとライノアは寄り添って眠っていた。
 アルフォルトはライノアの頭を胸に抱いて。
 ライノアはアルフォルトにしがみついて。
 ライデン王国にいた頃も、二人が喧嘩をした後などによく見る光景だったな、とメリアンヌは苦笑いした。
 アルフォルトが倒れたと聞いて、ライノアは脇目も振らずにアルフォルトの元へ向かった。意識のないアルフォルトを目の当たりにし、ライノアは何度もアルフォルトの名前を呼び続けた。命に別状は無いと言ってもアルフォルトを離そうとせず、診察に来た医師が帰った後もずっと手を握りしめて、見ているこちらが苦しくなるような悲痛な表情でずっと傍にいた。
「······アルト様、一度目を覚まされたようですね。意識が戻って良かったです」
 起こさないように、足音を消したシェーンが背後から小声で話しかけてきた。
「二人とも、ろくに寝てなかったからもう少し寝かせてあげましょうか」
 メリアンヌに頷いたシェーンは、どこかほっとした表情を浮かべていた。
 口や態度ではライノアに冷たいが、彼女は素直ではないのでライノアの事もちゃんと心配しているし、嫌いでは無いのだ。むしろ、この屋敷の使用人やアルフォルトに付いてきたメイドたちは皆、アルフォルトとライノアが好きだからこそ、仕えている。
(素直じゃないのは、自分も一緒か)
 苦笑いして、メリアンヌは二人を起こさないようにそっと部屋を後にした。



 次にアルフォルトが目を覚ますと、やはりライノアはすぐ近くにいて、アルフォルトの手を握っていた。
 ゆっくりと体を起こすと、すかさずライノアが背中を支えてくれる。沢山のクッションを背もたれがわりにして寄りかかると、体が少し楽になった。
どこか不安そうな顔のライノアに、アルフォルトは大丈夫だよ、と微笑む。
 極度のストレスと拒食気味による栄養失調、睡眠不足が重なってアルフォルトは倒れたのだと、診察に来た医師に言われたらしい。
 大きな病気などではなくて良かったが、栄養失調で倒れるなど人騒がせにも程があるな、とアルフォルトは苦笑いした。
 ライノアは、暫くの間政務を休む事にしたらしい。アルフォルトが倒れた事を知ったエルドレッドとナターシャが、アルフォルトが落ち着くまで登城を禁止したと聞いた。
 結局迷惑をかけてしまっている事を素直に謝ると、ライノアは「迷惑なんかじゃない」と少し怒った。
 それから、ナターシャから例の女性がドレスを着たアルフォルトだと聞いた、と気まずそうに教えてくれた。
「今まで、アルフォルト以外に胸が高鳴った事がなかったので、正直動揺して······私は女装した貴方に嫉妬していた訳ですよね」
 そして、ライノアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「カッとなって、アルフォルトを誰にも渡すものかと、無理やり貴方を犯そうとして······最低な事をしました。怖い思いをさせて本当にすみません」
 中々頭を上げないライノアに、アルフォルトは首を振った。
「僕も正直に言えば良かったのに······その、ドレス姿を見られたのが恥ずかしくて、勘違いさせて、悲しい思いをさせてごめんなさい。······確かに、あの時は少し怖かったけど、それはライノアの顔が見えなかったからってのが大きいかも」
 うつ伏せにされ、ライノアがどんな顔をしていたのか、わからないのが嫌だと思った。
 そう伝えるアルフォルトに、ライノアはようやく顔をあげた。叱られた子供のような表情に、アルフォルトは安心させるように微笑む。
「お互い様だった、って事にしよう?」
 両手でライノアの大きな手を握ると、ライノアは頷いて、ようやく微笑んだ。
「······モルト殿の事ですが」
 躊躇いがちに口を開いたライノアは、一度言葉を区切るとアルフォルトを見つめた。
「授業の度に側室の提案を受けていたと聞きました。······私が断った後、まさか貴方に矛先が向くとは思わず······体調が優れないことにも気付けず、すみません」
「心配かけたくなくて、皆に内緒にしてって言ってたし、体調の事は僕が隠してたから仕方がないよ。嘘ついてごめんね」
 お互いに謝ってばかりな事に気付き、二人で顔を見合わせて苦笑いする。思えば、ちゃんとゆっくり話をしたのは数日振りだ。
 ライノアはベッドに乗り上げると、アルフォルトの体をすっぽりと腕の中に包み込んだ。
 温かい慣れ親しんだ体温が背中から伝わり、アルフォルトは安心しきって背中を預ける。
「あのね、ライノア。僕は、君が好きで誰よりも愛してる······でも僕は男だから、君に家族を作って上げられない。······側室を持った方が良いのはわかってるんだ」
 ライノアは、いつか子供が欲しいと思うかもしれない。
 でも、どんなに望んでも、その願いをアルフォルトが叶えてあげる事は出来ない。
 ずっと負い目を感じていた事を素直に告げるアルフォルトの言葉を、ライノアはじっと聞いていた。
「モルト様の言ってる事もわかる。でもね」
 視界が滲む。本音を言えば呆れられるだろうかと思ったが、言わずにはいられなかった。
「僕だけ見てほしい。君が他の誰かに触れるのは嫌なんだ。······我儘だってわかってるけど、側室も持って欲しくない」
 声が震えた。瞬きすると、涙が頬を伝う感触がする、と思ったらすぐにライノアの指が目元を拭ってくれる。
「私はね、ルト。子供が欲しいと思った事は一度も無いんです。今後もそれは変わらない──自分の生い立ちの事もありますし、正直苦手な生き物という認識でしかない」
 ライノアはアルフォルトの腰を優しく抱きしめ、ゆっくりとした口調で話し始めた。
 ライノアが実母に疎まれていたのは、女帝のだからだと、帝国に来た時に教えてくれた。
 女帝がライノアを身篭った時、当時の皇帝は既に病に伏していたらしい。側近との間に出来た子である事が世間に露見しないように、ライノアを亡き者にしようとしていたと女帝が死の間際、エルドレッドに懺悔した。自身の保身の為に、我が子を殺したような物だと。幼い子供に酷い事をした、と彼女は後悔したまま最期を迎えた。女帝が息を引き取った後も、エルドレッドはその事を世間に公表しなかった。事実を知るのはごく一部の人間だけで、今後も公表しないつもりでいるらしい。

「子供を望んでいないのは、跡目争いを避ける為、というのもありますが······私は、貴方がいれば何も要らないんです」
 ライノアの柔らかい声が、耳元で囁くように鼓膜を擽る。
「本当は王位も地位も要らない。貴方と二人で静かに暮らせたら、それで良かったんです······まぁ、お互いの立場上難しいですけどね」
 苦笑いした気配に、アルフォルトもつられて笑った。
「だから、アルフォルト。私は今後も側室は持ちません。貴方以外愛せない」
 真摯な声でキッパリと言い切ったライノアの言葉が嬉しくて、アルフォルトは頬を緩め、そのまま肩を震わせた。
 俯いて震えるアルフォルトを心配し、ライノアが覗き込んでくる。
「ルト?」
「ふふっ······なんか、これからもライノアを独り占めしていいんだって思ったら、嬉しくて」
 昨日までの寂しくて辛かった気持ちが嘘のように消え、今は温かい腕の温もりに包まれてたまらなく幸せを感じた。
「アルフォルト、好きです」
「僕も、ライノアが好き。大好き」
 お互いに微笑み、指を絡めると──そっと唇を重ねた。 



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