儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第二夜:指編みのマフラー【7】

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珍しく早く風呂に入り、ご飯を済ませた二人。

吸い寄せられるようにベッドに入った。

眠る間際に


『お母さん、誰かが来たら、すぐに起こしてね。絶対だよ!』

『りこも!』


そう言い残して、二人は瞼を下ろした。

夜に来客なんて……と、思いながらも、唯と莉子の真剣な眼差しに歩美は『分かった』と、承諾した。


「あ、マフラー握ってる……」


眠る唯の手には、亡き祖母の為に作ったマフラーが握られていた。


「折角作ったのに、寝ながら潰しちゃうじゃない」


歩美が唯の手からマフラーを抜き取ろうとすると


「いっ……」


バチッ……と、電流が体に走った。


「何………今の…?」


静電気にしては強い電流に、驚いた歩美は、マフラーを抜き取るのを諦めて部屋を出た。






頬を撫でられる感覚に、唯は目を開いた。

視界に、白い花が飛び込んできた。

その遥か後方には、果てしなく白に近い色をした空が見える。


「ここは……?」


ゆっくりと上体を起こした唯は、すぐに傍で寝ている莉子に気付いた。


「莉子ちゃん、莉子ちゃん、起きて」


莉子の体を揺する唯。


「んー…」

「莉子ちゃん、起きてってば」


唯の呼び掛けに、漸く莉子の目がゆっくりと開く。


「………おねえちゃん…?」

「莉子ちゃん、立って」


まだはっきり覚醒出来ない莉子を立ち上がらせ、唯は辺りを見回してみる。

辺り一面に咲く白い花。

その花には、見覚えがあった。


「このお花、お家のお花と一緒だね」

「いっぱいさいてるねぇ」


音がなく、風もない、不思議な世界。


「お家にいたはずなのに、どうしてここにいるのかなぁ?」

「おかあさんはぁ?おとうさんはぁ?」


不安げに唯を見上げる莉子。

何だか唯まで不安になってきて、自ずと莉子の手を握る手に力が入る。


「大丈夫、お姉ちゃんと一緒だからね」

「………うん」


ふと、莉子は、唯の首元にマフラーが巻かれているのに気が付いた。


「おねえちゃん、おばあちゃんのマフラーまいてるね」

「あ、本当だ。いつの間に…」


祖母の為に編んだカーキ色のマフラー。

一面の白に、よく映えている。


「あ、おねえちゃん、あそこにちょうちょがいるよ!」


莉子が駆け出すと同時に、唯の手が引っ張られた。


「莉子ちゃん、いきなり走り出さないでよ~」


足を縺れさせながらも、唯は莉子について行く。

白い花の上を華麗に舞う金色の蝶。


「すごーい、ひかってるねぇ」

「金ぴかだね~!」


ヒラリヒラリ……と、余韻を残しながら飛んでいる。

まるで花を選別しているかのように、花から花へと行ったり来たり…

そうかと思えば、高く舞い上がってみたり……と、唯と莉子を弄んでいるかのように、蝶はデタラメな動きを披露する。

そして、一度二人の周りを一周してから、どこかへ向かって飛び立った。


「ちょうちょさん、どこいくのかなぁ?」

「ついて行ってみよっか?」


唯と莉子は、互いの手をしっかり握り、共に蝶を追い掛けた。

蝶は、前に進みながら、上へ下へと舞う。

その様は、二人との追い掛けっこを楽しんでいるようにも思える。

と、突然、蝶の動きが止んだ。

そして、一度眩い光を放った後、跡形もなく姿を消した。


「ちょうちょさん、消えた……」

「まぶしかった…」


目の前で起こった現象に呆然としている唯と莉子。

そこへ、ふわり……柔らかい風が吹いた。
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