儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第二夜:指編みのマフラー【9】

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花畑の散歩を終えて、三人は地面に腰を下ろした。


「このお花はね、儚い花って名前なんだよ」

「くらいばなぁ?」

「儚げで綺麗な花だろ?」


晴子は膝に莉子を乗せ、小さな手を取る。


「一本ばーし、こーちょこちょ。たーたいて、つーねって……」


莉子の腕を晴子の指が這い上がる。


「階段昇って、こちょこちょこちょ~」

「きゃー!」


晴子に脇を擽られ、ケタケタ笑いながら身を捩る莉子。


「いーなー!私にもしてー!」


自分にも……と、唯が晴子に甘える。


「おばあちゃん、だいすき」

「ずるーい!私もー!」


莉子が晴子にしがみつくと、それに張り合って唯もしがみつく。

晴子は、二人を抱き抱え、嬉しそうに笑う。



晴子が亡くなってから4年。

その4年分の余白を埋めるように、唯と莉子の話は尽きない。

互いに競い合うように、晴子に「聞いて」とせがむ。

晴子は、二人の話に耳を傾けながら、4年という歳月の早さ

そして、孫の成長の早さを感じていた。





祖母と孫の楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

空に浮かぶ蒼白い月が薄くなり、消えかかっているのに気付いた晴子は、二人を体からそっと引き離す。


「おばあちゃん?」


何故離されたのか、理解出来ないでいる唯と莉子は、晴子をじっと見上げた。


「そろそろ朝がくるからお帰り。ばあちゃんも行かなくちゃ」


唯と莉子の目に涙が溜まる。


「やだー!」

「やだやだやだ!まだおばあちゃんと一緒にいるー!」


泣きじゃくりながら晴子にしがみつく唯と莉子。


「また明日会える?」

「…………」


晴子の沈黙が何を意味しているのか、幼い唯と莉子にも理解出来た。


「大丈夫。ばあちゃん、お空の上で唯と莉子の事、ちゃーんと見てるから」


泣き止まない二人を優しく宥めながらも、晴子の目には涙が浮かぶ。


「ほらほら、もう泣かないの。お姉さんなんだろ?メソメソしてると、人さんに笑われちゃうよ」


二人を元気付けようとする晴子の声は、震えていた。

その事に気が付いた唯は、両手の甲で乱暴に涙を拭う。

唯を真似て、莉子も涙と鼻水をシャツの裾で拭いた。

滲み出てくる涙を必死に堪えて、堪えて……

唯は、自らの首に巻いていたマフラーを外す。


「おばあちゃん、私が指編みで作ったマフラーあげる。莉子ちゃんも応援してくれてたんだよ」


唯は、少しだけ背伸びをして、晴子の首にマフラーを巻く。


「一生懸命作ったの。莉子ちゃんはね、一生懸命お花の種にお水あげてくれたの………おばあちゃんに会えるの楽しみにして二人でがんばったの」


折角拭ったのに、唯の目からは涙が溢れて、止まらない。

鼻からは鼻水が垂れる。

莉子もまた、同様だった。

晴子は、唯の作ったマフラーを眺め、顔を皺だらけにして言う。


「ありがとう、嬉しいよ……凄く上手に出来てるね。莉子もありがとう」


晴子の目から涙が溢れ、頬を伝う。


「ばあちゃんが知らない内に、二人共どんどん大きくなっちゃって……嬉しいねぇ」


涙を隠すようにマフラーに顔を埋める晴子に、唯が聞く。


「おばあちゃん、今おばあちゃんが暮らしている所ってあったかいの?さむいの?」


唯の問いに、晴子は涙を拭いながら言う。


「これさえあれば、どこに居たって温かだよ」


晴子は、割烹着のポケットから、何かを取り出す。


「ばあちゃんもね、二人にプレゼントがあるんだよ」


そう言って差し出したのは、ピンクの毛糸で編まれた揃いの帽子だった。


「わぁ!ありがとう!」

「ありがとう!」


唯と莉子は、喜んで帽子を被った。

天辺の大振りのポンポンが、動く度に大きく揺れる。


「おねえちゃん、かわいー!」

「莉子ちゃんもかわいーよ」


互いに顔を見合わせてはしゃぐ二人を、晴子は満足そうな表情で見ていた。


「さぁ、元気でね。風邪引かないようにね」


手を振る晴子を背に、唯と莉子は手を繋いで歩き出した。


「おばあちゃん、バイバーイ!帽子ありがとう!」

「ばいばーい!」


三人揃って、涙を必死に堪えて別れを告げた。


「真っ直ぐ歩けば帰れるよ」


晴子の教えに、素直に従って歩を進める唯と莉子。

じわじわと込み上げてくる涙は、やはり幼い子供には堪え切れず……


「う………わあぁぁん!おばあちゃーん!」

「ひ、うぅぅ……」


箍が外れたかのように、次から次へと止めどなく涙が溢れた。

不意に、莉子が振り返ると、そこには既に晴子の姿はなく……

代わりに満開の儚い花が、風もないのに悲しげに揺れていた。
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