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まんぼうライダー②
しおりを挟む名前だけは記入済みで、後は空欄の進路調査表。
何の目標もなく、ただ親に言われるがまま入った進学科。
三年という長いようで短い高校生活の中で、自分のやりたい事を見付けられるかと思っていたのに、結局は何もなく……
課せられたノルマをこなすようにズルズルと同じ毎日を過ごし、今に至る。
一応進学科に在籍している訳だから、大学を目指すべきなんだろうけれど……
自分が将来何をしているのか、一体何をしたいのか……
明確なビジョンが全く見えてこなくて、何も記入出来ずにいる。
「はぁ……」
大きな溜め息を吐いた私から、間宮さんが進路調査表を取り上げた。
「ちょっと……」
「へぇ、森川さんはまだ進路決めてないんだ」
白紙に近い状態の進路調査表を見て、間宮さんが意外そうに言った。
「進学科のコって頭良いコ多いから、みんな当たり前に良い大学行くのかと思ってたけど……森川さんは行かないの?」
間宮さんの問いに、私は無言で彼女から進路調査表を奪い取った。
アンタには関係ないだろと、態度に含ませて。
引ったくった事によって皺がついてしまった紙を机の上で丁寧に伸ばす。
「………いい加減自分のクラスに戻ったら?どんだけ頼まれても私は絶対やらないから」
「…………」
強い口調で言った私に、間宮さんは何も言わずに、背を向けた。
トボトボと重い足取りで教室を出て行った彼女。
その哀愁漂う小さな背中を見て、罪悪感が犇々と込み上げてくる。
私は何も悪い事をしていないのに、後味の悪さと突き刺さる周囲の視線。
主に男子達からのものだけれど、まるで私が悪者だと決めつけるような……そんな目ばかり。
可愛い女子を邪険にしたトドは、地獄に落ちろ………と、でも言いたげだ。
かなり冷たくあしらったのだから、きっと彼女は諦めて他を当たるだろう……
そう、思っていたのだけれど。
「ねぇ、森川さん、お願いだよぉ」
「………」
間宮さんは、諦める処か、益々意欲的に私を勧誘してくるようになった。
校門前の待ち伏せは勿論、授業と授業の間の休憩時間にも、わざわざ教室までやって来て頼み込んでくる。
普通科と進学科では、階が違うというのに毎日毎日ご苦労な事だ。
「やらないって言ってるでしょ?いい加減にしてくれない?」
「分かってるけど、でも…」
「………しつこいんだよ」
毒気を含ませてボソッと呟いた言葉に、間宮さんの可愛らしい顔がクシャクシャに歪む。
そして、ポロポロと零れ落ちる液体。
「……ふ…っ」
あぁ、もう……と、こめかみの辺りを押さえた。
「おいっ森川!何泣かせてんだよ!!」
教室に居た数人の男子が間宮さんを取り囲むように集まってきた。
「ふざけんなよ、おい!」
その内の一人に胸ぐらを掴まれ、息をするのが苦しくなる。
「っ、」
「調子こいてんじゃねーぞ?」
迫力満点に凄む男子に、私の体は恐怖に震えた。
声も出せない。
「ちょっと待って!私が悪いの。私が森川さんに無理言っちゃって……離してあげて!」
ドラマのヒロイン気取りかってくらいな台詞で男子を止める間宮さん。
白々しいように感じるのは、私の心が歪んでいるからだろうか?
騒ぎを聞き付けた生徒達が沢山野次馬にやって来ている。
どうして私がこんな目に遇わなければならないのか……
ちょっとした見世物になっている自分が惨めに思えて、涙がじわっと滲み出て来た。
「離して!離して!」
間宮さんに宥められ、漸く男子が私を解放した。
「っ、はぁ……」
大きく息を吐きながら襟元を直す私に寄り添うように「大丈夫?」と、間宮さんは声を掛けてきた。
「ごめんね、私の所為で……」
「…………」
よろける私の体を支える彼女の細腕。
それをやんわり拒み、椅子に座り直した。
「ごめんね、ごめん……」
「………」
申し訳なさそうに眉を下げる間宮さんを横目に、次の授業に使うノートと教科書を準備する。
何事もありませんでした、全く動じてませんよ、という素振りを必死に演じる。
「森川さん……」
また泣き出してしまうんじゃないかってくらいのか細い声に、募る苛立ち。
私の胸ぐらを掴んだ男子は、怒りが収まらないといった具合に私に睨みを利かせている。
「………森川さぁん…」
私は、大袈裟に溜め息を吐いた。
「………分かったよ」
「え………?」
キョトンと目を丸くさせる間宮さんに、もう一度言う。
「分かったって言ってんの。付き合えば良いんでしょ?」
途端に、間宮さんの表情が明るく輝いた。
「ほっ、本当?!いいの?!」
「ここまでしつこくされたら、降参するしかないじゃない。やりたくないけど、平穏な学校生活を壊される位ならやるしかないじゃん」
穏やかな学校生活を送る為には仕方がないと判断し、渋々承諾した。
本当は、嫌で嫌で堪らないけれど。
何で私がって気持ちが全然拭えないけれども。
単に男子の凶行にビビった訳じゃない。
自分の日常を守る為だと、自分自身に言い聞かせる。
「きゃーやったぁ!ありがとう、森川さん!」
間宮さんは、私の手をしっかりと握り締め、軽やかにピョンピョン跳び跳ねる。
その姿を見て、また溜め息が漏れ出た。
「じゃあ早速、今日のお昼にお弁当食べながら打ち合わせしよ?」
間宮さんは、喜びを全身で表現しながら私に「後で迎えに来るから」と、強引に指切りをして、自分の教室に帰って行った。
「…………はぁ」
まだ一日の半分も来ていないのに、とてつもない疲労感が押し寄せて来た。
面倒な事になった……と、頭を抱える私に、男子が言う。
「間宮ちゃんの足引っ張んなよな」
私は、精一杯聞こえない振りをした。
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