売名恋愛

江上蒼羽

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売名同盟①

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「売名同盟締結ですね」


渋々ながらも承諾した私に、忍足さんが笑顔で言った。


「売名同盟………ですか…」


譫言のように復唱する私の前に、再び忍足さんの手が差し出される。

固く握手を交わし、温くなったビールを口に含んだ。


「………それで、名前を貸すというのは、具体的に何をどうすれば良いのでしょうか?」


チラリ……と忍足さんの様子を窺うと、彼は茶碗蒸し舌鼓を打っていた。


「出汁が利いてて美味しいですよ。この茶碗蒸し。森川さんも如何ですか?」


勧められるがまま私も茶碗蒸しに手を付ける。


「あ、本当に美味しい……」


上品なミツバの香りが、出汁の旨味を一層引き立てる。

休む間もなく木の匙を往復させる私を見て、忍足さんは満足気に笑っていた。

苦手な銀杏を避けて、発掘した海老を頬張る。

プリプリで美味しいな……と思いながら咀嚼していると…


「僕と交際して欲しいんですよ」

「っ?!んぐっ……」


何て事のない世間話の延長ように言われた大それた内容に、海老が行き先を間違えそうになった。

売名に協力というのは、きっとこういう事なのだろうとは思っていたけれど……

いざ言われると、やっぱり驚く。

忍足さんは、食道の辺りを苦しげに叩く私に「大丈夫ですか?」と優しく聞いてくる。

それに「大丈夫です」とだけ答え、ビールを流し込んだ。


「勿論、している振り。ヤラセの交際です」

「ヤラセの交際……」


落ち着きを取り戻し幾ばくか冷静になった私は「それなら……」と、切り出す。


「女優さんが相手の方が、大きな話題になるんじゃないですか?」


これに、忍足さんは苦笑した。


「女優はイメージが大事です。そのイメージを守る為に事務所側はスキャンダルを嫌いますからね……残念ながら」

「あ………そう、ですよね」

「それに……」と忍足さんは続ける。


「女優とお笑い芸人の組み合わせはあっても、その逆はあまり例がない」

「………あぁ、確かに」

「僕の目的は、新聞の一面を飾る事じゃない。記事は小さくて結構。あくまでも世間に強烈なインパクトを与える事に重きを置いています」


落ち着いた口調とは違い、忍足さんの目はギラギラと猛っている。

野心に満ちているというか……


「だったら、私ではなく、間宮の方が適役じゃないですか?売れっ子だし、かなり世間も驚くかと……」

「寝る間もない程忙しい間宮さんに負担を増やせと?」


尤もな事を言われ、どうせ私は暇だしね……とヘソを曲げる。


「落ち目とはいえど、まだ十分“まんぼうライダーの森川”は使えます」

「…………」


今はっきり落ち目って言った…

柔らかそうな物腰なのに、この人は時々毒を吐く性質らしい。


「あ、当然、お互いの事務所にこの件の了承は得ていますので、ご安心下さい」

「………はい」


ほぼ事務所から見限られている私に、今更スキャンダルが付き纏おうが、大きな痛手にはならないのだろう。

寧ろ、この売名を機に仕事が入ってくるかもしれないとなれば……事務所側は、喜んで了承したに違いない。


「偽装交際期間は、三ヶ月でどうでしょうか?」


何も言えなくなった私に、忍足さんがどんどん話を進める。


「三ヶ月……?長くないですか?」


三ヶ月も偽装するのは、正直しんどい。

その間にボロが出る可能性も無きにしもあらず…

あぁ、でも偽装だから、実際にデートしたりとかはないのか…


「一月で破局した事にすると、お互いに軽薄なイメージがつくのでやめた方が良いかと。三ヶ月くらいが妥当じゃないかと思います」

「はぁ……」


世間の知名度を欲しがりながらも、世間体もちゃんと気にする辺り、抜け目がないな……と思った。

名が知れ渡れば何でも良いって訳じゃないらしい。


「まず、手始めに人目のある所でデートしましょうか」


忍足さんからの提案に、思わず「え…?」と聞き返す。


「実際にそういうのするんですか?私てっきり、誰かに写真を撮らせて、スクープとして売り込むのかと……」

「信憑性のない話題は、定着せず、すぐに消えていきます。今は誰もがインターネットを利用する社会です。それを使わない手はありません」


つまりは、一般の人からの呟きや画像投稿等からの拡散を狙っているという事か。
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