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雲のように掴めない人③
しおりを挟む『今回は目立ちたくないので』
そう言った彼の意図は分からない。
だって、目立って記事になれば、より一層の注目を集められる訳だし。
ましてや、話題になればなる程好都合だというスタンスだった筈だし。
忍足さんに関しては、時々疑問が生じる。
ミステリアス………というか、謎が多いというか。
………まぁ、考えても分からないものは分からないし、素直に従えばいいだけの事。
今日は頭の天辺のお団子は封印して、代わりにニット帽を着用。
ダメ押しにだて眼鏡を装着して、準備は万端。
服装はシンプルに、メイクはいつもより念入りに……
姿見の前で何度もクルクル回って最終チェックをする頃には、約束の時間になっていた。
アパートまで迎えに来たタクシーに乗り込むと、自動的にどこかへと向かう。
タクシーの運転手さんには、予め行き先が告げられているのだろう。
でも、私は何も知らされていない。
どこへ連れて行かれるのだろう?と、何となく落ち着かず、胸の辺りがムズムズしている。
だったらどこへ向かうか尋ねればいいのに、何となく聞くに聞けず、一人悶々と過ごす車内。
これといった会話もなく、ウィンカーのカッチンカッチン……という音が異様に響く。
かといって、変にベラベラ喋られても嫌なんだけれど。
居心地の悪さに耐える事、数十分。
とある劇場の前に差し掛かった辺りで、タクシーが徐行運転を始めた。
ゆっくり、裏側へと回り込む。
どうやら、ここが目的地だったようだ。
タクシーのドアが開いたと同時に、スーツを着た若い女性が駆け寄って来た。
「森川様でしょうか?」
「えっ?あ、はい……」
状況がまだ全然把握出来ていない私に、彼女は「お待ちしておりました」と、柔らかく微笑む。
「お連れ様がお待ちです」
言われるがまま、案内されるがままに裏口から劇場の中へ足を踏み入れる。
薄暗く狭い上、入り組んだ通路を進み、階段を上がると、また通路。
女性が突き当たった先のドアをノックする。
「森川様が到着されました」
中からの返事にドアが開かれ、中へ入るよう促された。
「それでは、ごゆっくり」
ドアが静かに閉められた。
大して広くない部屋の真ん中にデーンと置かれ、その存在を主張している革のソファ。
何とも高級感漂うそれに腰を下ろしていた忍足さんがゆっくり立ち上がった。
今日の忍足さんは、黒いフレームの眼鏡を掛けている所為か、雰囲気が少し違う。
いつもより大人びた印象に、私の胸がドキッと跳ねた。
「こんにちは、貴重な休日に呼び出して申し訳ございません」
深々と頭を下げる忍足さんに「あ、いえ」と首を左右に振る。
「全然構いませんよ。家でダラダラしてただけですから……」
どのみち、一日撮り溜めた録画を鑑賞して終わるだけ。
一日を無駄に過ごすより、有意義に過ごせた方が断然いいと思う。
「………ありがとうございます」
そう言って、忍足さんはどこか憂いを帯びた笑みを浮かべた。
「この劇場で何があるんですか?」
所謂、VIP席というものなのだろう。
ゆったりとした二人掛けのソファに、忍足さんから少し距離を取って腰を下ろす。
ソファの脇には、小さなテーブルがあり、ドリンクと軽食が用意されている。
眼前には舞台が、そこから下へ視線をずらせば、一般の観覧席があり、疎らながらも客の姿もチラホラ。
「……俳優仲間の舞台公演なんです。これから」
「え、私も一緒に観て良いんですか?」
「えぇ」と忍足さんが頷く。
「一度観に来て欲しいと招待されていたんですが、何分、恋愛ものらしいので……」
「恋愛、もの……」
「別の俳優仲間と観ようかとも思ったのですが、男同士で恋愛ものを観るのは抵抗があります」
「それは……ちょっと気まずいかもしれませんね…」
「かといって折角プラチナルームを用意してくれたのに一人で観るのも勿体ないような気がして……それなら森川さんをご招待しようと思いまして。すみません、我が儘に付き合わせてしまって……」
忍足さんは申し訳なさそうに眉を下げるけれど、私は逆に嬉しくて。
「我が儘だなんて………そんな事ないです。喜んでお付き合いします」
寧ろ、私で良いのだろうか?との疑問が生じた。
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