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雲のように掴めない人④
しおりを挟む開演までは、まだ少しだけ時間がある。
それまで間を持たせようと、思い付いた話題を振ってみる。
「あの、ドラマ拝見しました。お正月にやったスペシャルドラマ」
忍足さんは「ありがとうございます」と、嬉しそうに目を細めた。
「ここに来る前に録画したものを観ていたんですけど、見入っちゃいました。忍足さんの演技、凄くて………もうボロ泣き…」
ドラマの中の忍足さんは、見事に病魔に侵され、衰弱していく青年を演じていた。
演技とは分かっていても、引き込まれ、涙を誘われた。
ちょい役とはいえ、かなり光る存在であった事、間違いなし。
多少の贔屓目は入ってしまっているけれど、彼の演技は素晴らしかったと思う。
「最後の事切れる瞬間なんて、もう鼻水が止まりませんでした」
「ははっ……鼻水って……ありがとうございます。率直な感想を貰えると励みになります」
ふと、忍足さんの手が私の方へ伸びてきた。
自分の意思とは関係なく、ビクッと肩が震える。
「どうりでこんなに目が赤い訳だ……鼻の下も赤い……」
だて眼鏡を下にずらされたかと思えば、すぐに戻される。
「どれだけの涙を流してくれたのかは分かりませんが………役者冥利に尽きますね」
超至近距離で私の顔を覗き込む忍足さん。
「………森川さんは、凄く純粋な方ですよね」
何か苦しい……と、気が付けば、私は何故か息を止めていて…
何となく、忍足さんのキレイな顔に私なんぞの汚い息を掛けてはいけないような気がして、必死に耐える。
「その純粋さを羨ましく思います……」
忍足さんにしてみれば、何気ない行動の一つかもしれない。
でも、男の人に触れられる事、パーソナルスペースを越えての接近に免疫のない私にとって、彼の行動は恐ろしいものだ。
ゴクッ……と、喉が鳴る。
今の私は、目や鼻の下だけでなく、頬も紅潮しているに違いない。
奥歯を噛み締めながら身を固くする私を見て、忍足さんは「ふっ…」と笑う。
「ウブ過ぎ……」
小さな声で呟くと、彼はそっと私から体を離した。
その途端、プハッ……と、塞き止められていた息が漏れ出る。
苦しかったのと、恥ずかしかったのと……
もう、思考回路はグチャグチャのゴチャゴチャ。
ずれた眼鏡を直す振りをしながら、乱れた呼吸を整えた。
鼓動を速めたままの心臓、一瞬にしてかいた冷や汗……
我ながら、動揺し過ぎだと思う。
別に、キスされそうになった訳じゃないのに。
直視出来ないと思った。
忍足さんが眩しくて、目が眩む。
彼の目を見ると、息が詰まるというか………まともに見れなくて。
でも、だからといって、口元ばかりを見ていると、何となくいやらしいような気もするし……
彼の事を意識する前は、何の抵抗もなかった事が意識一つでこんなにも困難になってしまうなんて。
そんな私の心情なんて知らない忍足さんは「そうそう……」と、明るく切り出す。
「僕も森川さんの出演した番組を拝見させて頂きましたよ」
「え、えぇっ?!」
まだ動揺が落ち着かない私に、更なる追い討ちが掛かる。
「やだ………恥ずかしい…うわぁ…」
顔を覆いながら嘆く私に、忍足さんは笑いを含ませて言う。
「やっぱり、印象が違いますね。バラエティーでまんぼうライダーの森川としてトークしている姿は、まるで別人というか……」
「…………自分としては、ちょっと無理してますんで…」
「森川さんの普段の大人しい性質を知っている身としては、不思議な感じがしましたね」
私は、忍足さんにどう映っているんだろう………?
良い印象を持たれているのか、はたまた良くない印象を持たれているのか…
知りたいけど、知りたくない……という、複雑な思いが胸を支配する。
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