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雲のように掴めない人⑤
しおりを挟むそうこうしている内に、開演の時間となった。
開演を知らせるブザーが鳴り響き、照明が落とされる。
「わ……いよいよですね…」
期待に胸を膨らませる私の横で、忍足さんが「えぇ、楽しみです」と頷いた。
一般の観覧席から一段高い位置にある、このプラチナルーム。
座高の高い人や、おじさんのハゲ頭等といった障害が何一つないお陰で、ステージが良く見える。
まるで、この劇場を貸し切って、独り占めしているような気分だ。
『ーーお前が愛しているのは、この俺ではなかったのか?!』
『………ごめんなさい…』
『裏切り者………この、売女が!!』
初老の男が女を罵り、殴り掛かろうとする。
『いやっ……やめてっ!許してぇ!』
と、その時、一人の若者が現れる。
『やめろっ!彼女は悪くない!悪いのは俺なんだ!』
女を庇うように、立ちはだかった若者。
『彼女を愛しているんだ』
女の代わりに、男から殴る蹴るの暴力を受け、若者はその場に崩れた。
それを見て、女は決意する。
『………もう、いっそ…殺してしまおう…』
と。
………えーっと、これって、恋愛ものなのだろうか?
どう見ても、男女のドロドロな愛憎劇でしかない気が……
まぁ、確かに恋愛ものといえば、恋愛もののカテゴリーかもしれないけれど。
もっとほんわかした甘いストーリーを想像していただけに、予想を裏切られ、衝撃を受けた。
さりげなく、忍足さんの方をチラ見すると、彼の横顔は真剣で。
余程集中しているのか、睨み付けるように舞台を見詰めている。
俳優という職業の所為か、目の色が違う。
さすが、役者さん……と、感心させられたと同時に、彼の真剣な横顔にドキッと胸が弾けた。
「………何て言うか、壮絶な内容でしたね…」
劇場内に響く拍手喝采。
勿論、私も一緒になって手を叩いている。
「最後のどんでん返しは意外性がありましたけど……」
幕が降りていく様を眺めながら言うと、忍足さんは苦笑いを浮かべる。
「……うーん…もっと気軽に観れるかと思っていたけど……重たかったですね…」
「あ、はは……でも、面白かったです」
舞台は、テレビとは違って臨場感がある。
役者さん達の犇々と緊張感も伝わってくるし。
いつもは観られる側である私だけれど、観る側として客席に座わるのもまた新鮮で、純粋に楽しめた。
舞台を観覧した後は、忍足さんに連れられて舞台役者の楽屋へと向かう。
私も一緒に行って良いのだろうか……と、戸惑いつつ、手を引かれるままに彼について行く。
「芹やん、モガ、お疲れ」
軽快にノックをした忍足さんが部屋のドアを開いた瞬間、私は卒倒しそうになった。
「おっ、おっしー!来てくれてサンキュー」
「ありがとうございます」
忍足さんに向かって駆け寄ってきたのは、半裸の男衆……
汗に濡れて輝く、引き締まった肉体は、免疫のない人間にとって猛毒で。
両手で覆いながら顔を背けた。
それに気付いてくれたらしい忍足さんは笑いを含ませながら「ちょっ………二人共、服着ようよ」と、二人に服を着るよう促した。
「おっと、失礼」
「すみません」
目のやり場が定まらない私に配慮して、手近なTシャツを着込む二人。
「優雅に女連れで観賞かよって思ったら………噂の彼女じゃん」
「あ………本当だ……眼鏡掛けてるし、お団子がないから、全然分からなかった…」
二人の男性に囲まれてジロジロ見られる………どうにも居心地が悪い。
物珍しげに私を観察する二人をたしなめた忍足さんは「素良、紹介するよ」と、二人を紹介し始めた。
「こっちの茶髪の下品な方が、芹沢 流希(セリザワ ルキ)、前に舞台共演して仲良くなったんだ。通称、芹やん」
「下品って………おい…」
「で、こっちの黒髪で若い方が、事務所の後輩の最上 宗介(モガミ ソウスケ)、通称モガ」
「初めまして、森川さん」
愛想良く笑う最上さんと、腑に落ちない顔の芹沢さん。
「こ、こんにちは………まんぼうライダーの森川です。初めまして……」
緊張気味にペコッと頭を下げる私に、最上さんは優しく微笑み、芹沢さんは意外そうに目をパチクリさせている。
「なんか………テレビとキャラ違うくね?本当は大人し系なの?」
「………えっと……まぁ、はい…」
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