売名恋愛

江上蒼羽

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裏切り③

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「……森川……芸人、辞めたいの?」


そう聞いてきた間宮の顔は青ざめていた。


「約束したじゃん。ずっと二人で頑張ろうって……」

「間宮……」


この世界に飛び込む時に、私は間宮と約束を交わした。

お笑い界に旋風を巻き起こそう…

どんなに辛くて苦しい状況になっても二人で乗り越えていこう……と。

まんぼうライダーは、二人で一人だ……という合言葉を胸に、駆け出したつもりだった。

だけど、途中から間宮は調子良くスピードを上げていき、私はどんどん失速していった。

それが、実力不足の努力不足が招いた結果なのは百も承知しているけれど、奥歯がギリギリ音を立てる程、悔しかった。

惨めだった。

辛かった。

相方の活躍を素直に喜べない自分が許せなかった。

今は、マラソンの途中でタクシーに乗ったみたいに卑怯な手段を用いて、間宮に追い付いたけれど……


「………また間宮の足を引っ張るような状況になったらやだし」


また置いてきぼりにされるも嫌だ。

だから、そうなる前にさっさと戦線離脱しようか……なんて…


「やめてよ、そんな事言うの……やめてよ、森川ぁ」


今にも泣き出しそうな顔をして私の体を揺する間宮。


「まだやれるじゃん、私達……引退とか、馬鹿な事言わないでよ」


こっちまで泣きたくなるような、間宮の切なさいっぱいの顔。


「解散なんて絶対やだ」


見てるだけでも辛くなって……


「じょ、冗談だよ!冗談!ちょっと弱音吐いてみただけ」


咄嗟に笑顔を作って、わざと明るく言ってみせた。

本当は辞めたい気持ちの方が大きいくせに。


「………それならいいんだけど…」


ホッとしたように間宮が笑うのを見て、私は密かに溜め息を吐いた。


間宮には、私の気持ちなんか分かりっこない。

全てにおいて、順調にプロセスを踏んでいき、お茶の間に欠かせない存在となった間宮には。

二兎を追うもの、一兎も得ず……ということわざは、間宮には当てはまらないのだろう。

いつだって眩しくて、私の劣等感を刺激する間宮は、きっとこのまま輝き続ける気がする。

仕事でもキラキラ輝き、プライベートでもキラッキラに輝いて……

それを私が羨望の眼差しで眺めている図式が目に浮かぶようだ。

だから、このままコンビでダラダラやっていくよりは、間宮とコンビ解消して其々別の道に向かう方が良いに決まっている。

その方が、断然間宮の為になる。

なのに、それを拒まれたら……

私は、一体どうしたら良いのだろう…?





それから暫くして、事件が起きた。

私の心を大いに揺さぶる大事件が。


「………まさか、こんな事になってるとはね…」


溜め息混じりに呟き、頭を押さえる川瀬さん。

その向かい側で、発売されたばかりの週刊誌を凝視している私がいた。

記事の見出しには




【今度は相方!!深夜12時の密会!!】



と、デカデカと表記されている。


「………また、売名だのネタだの、騒がれちゃうじゃないの…」


苛立ちを隠しきれない様子の川瀬さんは、胸元から煙草の箱を取り出した。


「間宮も相手を選びなさいよっての」


火が着けられた煙草から、紫煙が上がる。


「まぁ、うるさい事務所のアイドルじゃないだけマシだけど……これじゃ、お互いの商品価値が下がるだけよね」


怒りを滲ませて「そう思わない?森川」と私に振ってくる川瀬さんだけれど…

私は、何も答えられずに固まったまま。

ショックを通り越して、心臓が急停止しそうだ。

掲載されていた写真には、人目を忍ぶように変装した二人の男女が写っていた。

マスクにだて眼鏡という、いかにも変装してますって感じの格好ながらも、ズームアップされた写真の目元を見る限り、相方の間宮だと断定出来た。

そして、相手は例の詐欺師で…


「………よっぽど記事にされるのが好きなんですね…」


つい皮肉を言いたくなる程、不快な人物だった。


「夜のデートを楽しんでいたんですかね…」


記事には、飲食店の個室で深夜まで食事を楽しんでいた……とある。

何時間一緒に居たか等の記載はないにしろ、仕事で忙しい二人がワザワザ時間をやりくりして深夜に会っていたとなると……

これは、黒とみて間違いないだろう。

間宮が彼に向かって手を伸ばしている写真から、親しい間柄にまで発展している事は明白。

きっと、腕を組もうとした瞬間を週刊誌にキャッチされたんだと思う。


「………間宮ってば、見る目ないですね」


別に川瀬さんからの同意が欲しくて呟いた訳じゃない。

自分の中に発生した、へどろみたいな汚ならしい泥々した感情を共に吐き出したくて口にしてみただけ。


「よりによって、こんな人なんか……」


何でか知らないけれど、手が小刻みに震える。

自分でも意味がさっぱり分からないけれど、何故か苛々する。

ずっと二次元を追い掛けて、現実の男を避けていた間宮が漸くリアルと向き合う気になった。

やっと年頃の女性らしく、まともな恋愛をする気になったんだ。

ここは喜ぶ所だし、間宮を目覚めさせた彼には感謝するべきだ。

なのに、どうしてだか、二人を祝福出来ない自分が居る。

この密会報道を面白くないと感じている自分が居る。



“相方に裏切られた…”



そんな気がしてならないのは、どうしてなんだろう……?
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