月と太陽のPersona

月咲やまな

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本編

【第1話】私にって、悲劇でしかない来訪者の襲撃①

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「いやああああ!くんなぁっ来ないで!!出て行ってー!」
「はっはっは!ホントに君は可愛い声で啼く子だね」

 私の家の周囲は交通機関の空白地帯なせいか、徒歩二十分圏内に人家は無く、あるのは防風林ばかりだ。車の通りも少なく、冬の寒空の下に聞えるのは、普段ならカラスの鳴き声かこの家の生活音くらいなものだ。それなのに今日は、悲鳴に近い声が私の部屋の中に響き、反響までしている。
 お気に入りの布団に包まりながら彼に向かい叫ぶ私は、自分の周囲にあるかろうじて怪我はさせないで済みそうな物を、右腕だけ布団から出して必死に投げつけた。

 ぬいぐるみ、服、枕——

 それらの物はすぐに私の周囲から枯渇してしまい、きょろきょろと周囲を見渡しながら焦っていると、彼が微笑みながら私の方へと近づいて来た。
「ひっ!!」
 短い悲鳴をあげ、私はギュッと身体を包み込んでくれている布団にしがみ付いた。
「逃げたって無駄だよ、そんな事は君だって分かっているんだろう?僕に出来ない事なんて、世の中に一つしかないんだからね!」

「きゃああっ!!イヤッイヤァァァァ!」

       ◇

 私と彼の再会いは、最悪だった。
 タイミングも悪かったと言える。
 仕事につまずきを感じ、自室で引き篭もりの日々を送っていた私の前に、彼は今日突然、何の連絡もなく現れた。
 金色の髪と青い瞳。目利きの出来ない私でもすぐに判る程の高級そうなスーツと、知的さの漂う銀縁眼鏡をかけた端整な顔の美男子なんかがいきなり家に訪ねてきたら、引き篭もって生活をしていたせいで身なりも肌も髪までもがボロボロになっている身としては、先程の様に彼を追い出そうとするのは当然の事だろう。
 たとえそれが、私の親友の兄だったとしても——

「落ち着いた?」
 彼はそう言った、私の方へ、まだ少しだけ温かさのあるペットボトルのお茶を差し出してきた。
 年上の落ち着いた声質が、心と耳に痛い。
「はい、すみません。取り乱して…… 」
 年中無休で外す事のない手袋をした手で私はそれを受け取り、両手で包むように持った。
 ボソボソと、小さな声しか出ない自分に嫌気が差す。長い歳月を部屋の中に独りでいたせいで、声帯が衰えている感じがした。
「勝手に家に上がってしまって失礼したね。家に篭っていると聞いていたからわざわざ来たのに、君が鍵を開けてくれないからだよ?」

 ……いや、ソコ分かってるんなら、そもそも来ないでよ。
 引き篭もってるって最初から分かってんだからさ、私が家の鍵を開けないって対応は普通だよね?
 しかも、私が鍵を開けないからって、なにも鍵屋まで呼んでこじ開けるって、頭オカシイんじゃないの!?

 ——と思っても、言いたい事が言葉に出して言えず、私はただ黙ったまま、受け取ったペットボトルをギュッと両手で握った。
「ここ、座っていい?」
 彼は私にそう訊いたくせに、こちらの答えを聞かぬまま私のベットへと腰を下ろした。
 膝の上で手を組み、スーツ姿の彼が私の方へニコッと明るい表情で微笑みかけてくる。
 カーテンを締め切っているせいで、昼間でも暗い部屋の中。彼の笑顔がやけに眩しく感じ、私は布団に包まったまま壁の方へと少し逃げた。

「ロイ・カミーリャだけど、僕の事は覚えているかい?何年ぶりだろうね。十年?いや、十五年くらいかな」

 覚えてるもなにも、忘れようが無い。顔を知らない方がオカシイ。
 超がつくほどの金持ちである椿財閥の御曹司で、有名学校の理事長とホテルの経営者までをこなす。他にも病院だとか数社の会社の経営も任されていて、ハーフの美青年のくせにまだ独身だときたら、マスコミでの取り上げ回数がイヤでも多くなり、テレビだ雑誌だと取り上げられている機会が多いからだ。
 まさに雲の上の人と言っていい存在。親友の兄とかでも無ければ、一生会えない相手だったろう。
「…… 二十年」
 聞えるかどうか、怪しい声しか私の喉からは出なかった。
「そっか、もうそんなに経っていたんだ。時間の流れは本当に早いね!五歳だった君が、もう二十五歳か」
 本当に、時間の残酷な程に流れが早い。引き篭もってからは余計にそう思うようになった。
「ここの事…… どこで」
雪乃ゆきのじゃないよ」
 分かってる。
 だって、彼女は親友だとはいえ、雪乃にも自分の居場所は今まで一度も教えていなかったからだ。知らない事は、兄でも教える事は出来ない。
「調べたんだよ、どうしても君に——芙弓ふゆみちゃんにまた逢いたくなってね」

 私に、会いたい?
 二十年も接点なく生きてきた私に、いきなり何故…… 。
 五歳の頃に何度か家に遊びに行った事があった程度の私に、何でまた?
 しかも、私とは話した事も無かったはずなのに。

 頭の中では饒舌にしゃべられるのに、口からは「何で?」と、短い言葉しか出てこなかった。
「人形を、造って欲しいんだ。僕だけの人形をね!」

 人形…… を?
 しかもだなんて、気持ち悪い。

「ヤダ」
 不快感を隠す事なく、私は即座に断った。
「何故だい?」
 私に問いながらも、ロイさんは理由を知っているかのように全く動揺する気配はなかった。
「造れない、そんな物」
「若干二十歳にして国宝級とまで賞賛された人形を造る程の才能を持ちながら、数年前突如消息を絶ち、姿を消した人形師がいる。それって、君の事だろう?秋穂芙弓あきほふゆみちゃん」

 説明的言葉をよくまぁすらすらと…… 。
 しかも、私はもう“ちゃん”なんて年齢じゃないのに、いつまで人を五歳の少女として扱う気だ、この男は。

「人違いじゃないですか?ここに居るのは、どう見てもただのニートでしょ」
 ぶっきらぼうな声で、私は答えた。
「見たよ、芙弓ちゃんの作った人形達。どれも素晴らしい作品ばかりだった」
「…… だから、私じゃないって」
「作者名に、思いっきり『秋穂芙弓』とあったのにかい?同姓同名の他人の作品とは思えないなぁ。僕は君の処女作を見ているんだからね」
 微笑みながらそう言ったロイさんの言葉に、私の中に埋もれていた記憶がふっと頭に浮かんできた。

 そうだった…… 確か初めて造った人形は、雪乃に——あの時どこかから渡すのを見ていたんだろうか?
 もしくは、雪乃が私からの物だと教えたのか…… 。

 長い篭りきりの生活は、口だけでなく脳までも硬くさせてしまったみたいで、反論する言葉が思いつかない。残念だが言い逃れは出来ないみたいだ。

 だが、再び人形なんかを造る気もない。
 私はもう二度と、はしたくない。

「…… そうだったら、どうだって言うんです?」
「『僕にも人形を作って!』って、言うんです」
 年齢を忘れさせるような子供っぽい笑顔で、ロイさんが言った。
 確かもう彼は、三十五歳にはなっているはずなのに、こいうった表情が似合ってしまう事に不思議と腹が立つ。
「…… 無理ですよ、もう」
「五歳から全てを犠牲にしてまで人形を造り続けてきたのに、今更無理だって事はないでしょ」
「最近は全く造ってません。この先も造る事は考えてないし」

 どこまで調べたんだ?この人は…… 。
 雪乃にだって愚痴を言った事がないのに、『全てを犠牲に』だなんて言葉、どうしてロイさんから出てくるんだろう?

 彼が私の何を知っているのか量れず、身体が少しブルッと震えた。
「お金の心配だったらいらないよ。芙弓ちゃんが望むだけの分は、十二分に支払えるから」
「そんな問題じゃない。もう造らないんです、造りたくないんです」
「勿体無いなぁ、あれほど素晴らしい人形を造るだけの技術を持っているのに、引き篭もりだなんて。ホント、だったよ、芙弓ちゃんの造った人形達は」
「…… 動き、出しそう?」
 そんな作品は美術館には寄贈してない。一般公開されている作品達は全てただの日本人形で、然程精巧な造りの物は無かったはず。お世辞にも、『動き出しそう』だなんて表現で賛美される程の作品では無い。あの程度の人形なら、正直造れる人間はいくらでもいるだろうに何故わざわざ私の居場所を調べてまで頼みにくる必要が?
 でも、待って……ロイさんが観た人形がもし“あの人形達”の事なんだとしたら——
「……まさか」
 思い当たる人形の顔が数体、脳裏を過ぎった。そんな私の思考を見透かすように、ロイさんがにこっと優しく微笑む。
「見せてもらったからね。君の作品は、
「ひ、人には見せないって約束だったのに……」
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