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【第5話】生活←(八乙女紗々音・談)【NEW】
ひょんな流れから始まった同居生活だったが、半年が経過した今でも私達は一緒に生活している。最初の一ヶ月目くらいで犬飼君はコンビニでのバイトを辞め、家事手伝いと本業の方に本腰を入れた。住む場所に困らず、食事もしっかり摂れているおかげか最近は体調も良いみたいで顔色もすっかり回復し、折角なのでと始めたトレーニングの甲斐もあってか視線を彷徨わせてしまう事が随分と増えた。
とある休日。
ベッドのヘッドボードに背中を預け、持ち帰った仕事を広げてデータの精査に勤しんでいたのだが、ふと集中が切れた時に足元に目をやると犬飼君が眠っていた。とても幸せそうな寝顔で、ちょっとヨダレまで垂れている。
(『何処で休んでも良い』と前に言ったけど、まさか此処で寝るとは……)
そう思ってはいても口元がかなり緩んでしまう。大型犬であるサモエドを多頭飼いしたいという願望は未だに叶ってはいないが、足元で寝る犬飼君の姿を見ていると自然と心が満たされていく気がする。仕事の邪魔はしたくない、でも構っては欲しい、傍に居られて嬉しい。そんな心情がその寝姿から見て取れて、私は膝の上に置いていたノート型PCを一旦端に置き、犬飼君の頭をそっと撫でた。
(結構柔らかいもんなのね)
誰かの頭を撫でる機会なんかそうそう無かったので、撫でているうちに段々楽しくなってきた。犬や猫などといった愛玩動物程ではないにしろ、案外楽しいものだと存分に撫で続けているのだが、犬飼君が起きる気配はまるで無い。今日は時間に余裕がある様だが、最近の彼はずっと忙しそうだったから相当疲れが溜まっているのかもしれない。同居を始てすぐくらいで描いた作品が担当者さんに絶賛してもらえたり、ゲームのキャラクターデザインの依頼なんかもきたとかで机の前に張り付いている日が多くなった様だ(なので大きな机を買ってあげたらとても喜んでくれた)。そんな状態なのに殆どの家事を引き受けてくれたままなのだから、凄いなと思う。月一で来ている掃除婦の人も『犬飼君が居てくれて随分楽だ』と喜び、余剰時間でおかずを一品作ってから帰る様になった。その度に手書きのレシピなんかも置いていってくれるらしく、犬飼君も喜んでいる。
(最初の頃よりも調理スキルが上がっている気がするのは、そのおかげもあるのかしらね)
存分に頭を撫で続けているうちに段々と眠たくなってきた。なので仕事関係の書類やノートPCをさっさと片付けたのだが、犬飼君の眠りはかなり深い様で今でも起きる気配は無いままだ。なので他から毛布を持って来て、彼の大きな体にそっと掛けた。そして私は一旦キッチンに行っていつもの薬を飲むと、今夜は他の余っている部屋で寝ようと思っていたのだが、無自覚なまま開けたのは犬飼君が普段使っている部屋の扉だった。
(……他にも無駄にベッドはあるんだけど、この眠気はキツイな)
既に眠いのと、疲労のせいもあって薬の効きが良く、強い眠気が襲ってくる。だからか『彼も彼で今は私のベッドを占有しているのだ、何も問題は無いのでは?』なんて思考になっていく。ふらふらっと彼のベッドに倒れ込み、この夜はそのまま眠ってしまった。
◇
朝起きると、当然の様に犬飼君が使っているベッドの上だった。寒かったのかしっかり布団の中に入り込んでしまっている。『……やってしまった』とちょっと凹む。勝手に此処で寝たと気が付かれる前にそっと部屋を出ておこうとしたのだが、下腹部の違和感のせいで動きが止まった。何かがナカに入っている様な変な感覚だ。でも気のせいだと思えなくもない微妙な感覚だったので、そのままベッドから這い出てリビングを通り、主寝室を覗くと私のベッドの上では犬飼君がまだ寝ていた。
ほっと息を吐き出し、朝の用意を全て済ませてから朝食の用意を始める。するとやっと彼が慌てて起きて来て、「——す、すみません!オレ、あのまま寝込んじゃったんですね、大丈夫でしたか⁉︎」と曖昧な質問をしながらお弁当を作る準備をしだした。寝起きでまだ少しぼんやりもしつつ、寝癖のある頭がちょっと可愛い。
「何も問題は無いわ」
お互い様なので、そうとだけ答えておく。その後はいつも通りに朝食を済ませると、彼の作ってくれたお弁当を片手に家を出て、マンション前まで来ていた迎えの車に乗って普段通りに出勤した。
◇
職場に着き、白衣を着込んで邪魔な髪をアップにしようとすると、「——八乙女さん、今日は髪、おろしたままの方がいいですよ」と、私の助手を勤めてくれている当別君から急に言われた。
中途半端な体勢のまま「何故?」と訊くと、手鏡をそっと渡してくれる。だがそれだけではどうしょうもないので一旦廊下に出て、お手洗いの鏡を使って合わせ鏡にして確認すると、何故かそこに噛み跡があった。
思い当たる理由が何も無いまま研究室に戻る。そして当別君が貸してくれた手鏡を返すと、「八乙女さん、とうとう『ママ活』始めたんですか?」と訊かれた。
「する訳がないでしょう?」
心底嫌そうな顔で言うと、「経済回しましょうよ!お金は使ってなんぼですよ?」なんて意味不明な返しをされた。
「するなら僕が名乗りをあげるのになぁ、残念だなぁ」
「本当に意味をわかって言っているの?」
「わかってますよ!」と言いながら、当別君がウィンクをしながら親指を立てた。
「そっ。——まぁ、だとしても、仕事以外の面では君を支援する気はないわよ。だって君ってあざとそうだし、寝首を掻いて研究成果を平気で奪っていきそうなんだもの」
「しませんよ⁉︎そんな事!僕って、一体どんなイメージ持たれてるんですか!」
泣きそうな顔で言われたが、演技だとハッキリわかる。
「研究どうこうは抜きにして、悪事が絶対にバレない状況が整っていたら、やるでしょう?」
「あったりまえじゃないですか。——ってぇ、絶対にしません!」
そう言って、漫才のツッコミでも入れるみたいな仕草を当別君がした。
「したいけど、絶対にやりませんよ」
「そう?」
「ですよぉ。だって、人として、そこで踏み止まれるか否かの差ってかなり大きいと思いませんか?なので僕は絶対にやりません」
胸を張る当別君に「……そう、ね」と返し、「さ、今日も始めましょうか」とすぐに話を逸らす。罪悪感が、少しだけ刺激された気がした。
とある休日。
ベッドのヘッドボードに背中を預け、持ち帰った仕事を広げてデータの精査に勤しんでいたのだが、ふと集中が切れた時に足元に目をやると犬飼君が眠っていた。とても幸せそうな寝顔で、ちょっとヨダレまで垂れている。
(『何処で休んでも良い』と前に言ったけど、まさか此処で寝るとは……)
そう思ってはいても口元がかなり緩んでしまう。大型犬であるサモエドを多頭飼いしたいという願望は未だに叶ってはいないが、足元で寝る犬飼君の姿を見ていると自然と心が満たされていく気がする。仕事の邪魔はしたくない、でも構っては欲しい、傍に居られて嬉しい。そんな心情がその寝姿から見て取れて、私は膝の上に置いていたノート型PCを一旦端に置き、犬飼君の頭をそっと撫でた。
(結構柔らかいもんなのね)
誰かの頭を撫でる機会なんかそうそう無かったので、撫でているうちに段々楽しくなってきた。犬や猫などといった愛玩動物程ではないにしろ、案外楽しいものだと存分に撫で続けているのだが、犬飼君が起きる気配はまるで無い。今日は時間に余裕がある様だが、最近の彼はずっと忙しそうだったから相当疲れが溜まっているのかもしれない。同居を始てすぐくらいで描いた作品が担当者さんに絶賛してもらえたり、ゲームのキャラクターデザインの依頼なんかもきたとかで机の前に張り付いている日が多くなった様だ(なので大きな机を買ってあげたらとても喜んでくれた)。そんな状態なのに殆どの家事を引き受けてくれたままなのだから、凄いなと思う。月一で来ている掃除婦の人も『犬飼君が居てくれて随分楽だ』と喜び、余剰時間でおかずを一品作ってから帰る様になった。その度に手書きのレシピなんかも置いていってくれるらしく、犬飼君も喜んでいる。
(最初の頃よりも調理スキルが上がっている気がするのは、そのおかげもあるのかしらね)
存分に頭を撫で続けているうちに段々と眠たくなってきた。なので仕事関係の書類やノートPCをさっさと片付けたのだが、犬飼君の眠りはかなり深い様で今でも起きる気配は無いままだ。なので他から毛布を持って来て、彼の大きな体にそっと掛けた。そして私は一旦キッチンに行っていつもの薬を飲むと、今夜は他の余っている部屋で寝ようと思っていたのだが、無自覚なまま開けたのは犬飼君が普段使っている部屋の扉だった。
(……他にも無駄にベッドはあるんだけど、この眠気はキツイな)
既に眠いのと、疲労のせいもあって薬の効きが良く、強い眠気が襲ってくる。だからか『彼も彼で今は私のベッドを占有しているのだ、何も問題は無いのでは?』なんて思考になっていく。ふらふらっと彼のベッドに倒れ込み、この夜はそのまま眠ってしまった。
◇
朝起きると、当然の様に犬飼君が使っているベッドの上だった。寒かったのかしっかり布団の中に入り込んでしまっている。『……やってしまった』とちょっと凹む。勝手に此処で寝たと気が付かれる前にそっと部屋を出ておこうとしたのだが、下腹部の違和感のせいで動きが止まった。何かがナカに入っている様な変な感覚だ。でも気のせいだと思えなくもない微妙な感覚だったので、そのままベッドから這い出てリビングを通り、主寝室を覗くと私のベッドの上では犬飼君がまだ寝ていた。
ほっと息を吐き出し、朝の用意を全て済ませてから朝食の用意を始める。するとやっと彼が慌てて起きて来て、「——す、すみません!オレ、あのまま寝込んじゃったんですね、大丈夫でしたか⁉︎」と曖昧な質問をしながらお弁当を作る準備をしだした。寝起きでまだ少しぼんやりもしつつ、寝癖のある頭がちょっと可愛い。
「何も問題は無いわ」
お互い様なので、そうとだけ答えておく。その後はいつも通りに朝食を済ませると、彼の作ってくれたお弁当を片手に家を出て、マンション前まで来ていた迎えの車に乗って普段通りに出勤した。
◇
職場に着き、白衣を着込んで邪魔な髪をアップにしようとすると、「——八乙女さん、今日は髪、おろしたままの方がいいですよ」と、私の助手を勤めてくれている当別君から急に言われた。
中途半端な体勢のまま「何故?」と訊くと、手鏡をそっと渡してくれる。だがそれだけではどうしょうもないので一旦廊下に出て、お手洗いの鏡を使って合わせ鏡にして確認すると、何故かそこに噛み跡があった。
思い当たる理由が何も無いまま研究室に戻る。そして当別君が貸してくれた手鏡を返すと、「八乙女さん、とうとう『ママ活』始めたんですか?」と訊かれた。
「する訳がないでしょう?」
心底嫌そうな顔で言うと、「経済回しましょうよ!お金は使ってなんぼですよ?」なんて意味不明な返しをされた。
「するなら僕が名乗りをあげるのになぁ、残念だなぁ」
「本当に意味をわかって言っているの?」
「わかってますよ!」と言いながら、当別君がウィンクをしながら親指を立てた。
「そっ。——まぁ、だとしても、仕事以外の面では君を支援する気はないわよ。だって君ってあざとそうだし、寝首を掻いて研究成果を平気で奪っていきそうなんだもの」
「しませんよ⁉︎そんな事!僕って、一体どんなイメージ持たれてるんですか!」
泣きそうな顔で言われたが、演技だとハッキリわかる。
「研究どうこうは抜きにして、悪事が絶対にバレない状況が整っていたら、やるでしょう?」
「あったりまえじゃないですか。——ってぇ、絶対にしません!」
そう言って、漫才のツッコミでも入れるみたいな仕草を当別君がした。
「したいけど、絶対にやりませんよ」
「そう?」
「ですよぉ。だって、人として、そこで踏み止まれるか否かの差ってかなり大きいと思いませんか?なので僕は絶対にやりません」
胸を張る当別君に「……そう、ね」と返し、「さ、今日も始めましょうか」とすぐに話を逸らす。罪悪感が、少しだけ刺激された気がした。
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