君に、好きと言われても

月咲やまな

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本編

【最終話】日陰者が掴む恋

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「——い、先輩、セーンパイってば、起きてくださーい」

 ペチペチッと頰を叩かれ、戸隠がハッを意識を取り戻す。
 目蓋を開けた瞬間にシトリン色の美しい瞳と目が合ったのに、彼女は「ぎゃー!」とゴキブリでも発見した時の様な悲鳴をあげた。
 咄嗟に掛け布団中で体を翻し、ベッドの上を這って、彼から逃げようとする。だがすぐに全身から力が抜け、ヘタリとその場に崩れてしまった。

「無理は禁物っすよ。先輩を喰えると思うとつい嬉しくってかなり無茶したんで、精気が全然残ってませんから」

「せ、精気?」
「はい。オレ達の食い物っす。めっちゃ美味しいんですけど、人間じゃ一生味わえないモノなんでどう例えていいのやら」
 普段よりも顔色が格段に良く、キラキラとした雰囲気を漂わせながら、瀬田が戸隠にかけてあった掛け布団をサッと剥ぎ取る。精液や汗などの汚れはもうきっちりと拭き取ってあり、ベッドのシーツといった類も交換済みっぽかったのだが、彼女は一矢纏わぬ姿のままだった。
「先輩の着替えが無かったんで今は全裸っすけど、オレが抱えて帰るんで安心して下さい。ひとまずはこの白衣を着て、飛んで帰りましょう」

「と、飛ぶって…… いやいやいや!」

 白衣一枚を纏い、月夜を背にしつつお姫様抱っこをされながら大空を飛ぶ様子を想像して、戸隠が必死に拒絶する。映像的には素敵なワンシーンなのだろうが、戸隠には度胸も無ければ、夜空の気温などの現実面を鑑みると、とてもじゃないがそんな恐ろしいマネはしたくなど無かった。
「大丈夫っすよ、先輩の心配は大体想像出来るんで。移動中はオレの体温を分けてあげますし、先輩の家も把握済みなんで迷う事もありませんから、最短距離を選びます。それとも、白衣一枚で露出狂じみた行為をしながらタクシーに乗って、んな状況に興奮したオレに中を指でグッチョグチョになるまで弄られ、イキ続けながら帰るのだったら、どっちにします?」

 迷わずに「前者でお願いします!」と戸隠が答える。

 これ以上またなんて、とてもじゃないが耐えられそうに無かった。
 視線を軽く逸らし、瀬田が舌打ちをする。流石淫魔だ、運転手にバレるかもなんてリスクはスパイスにしかならないみたいだった。


「白衣は着ましたか?」と、紙袋の中に洗濯物を詰め込みながら瀬田が訊く。
 覚束ぬ手付きだったので着替えを手伝うと彼は提案していたのだが、子供じゃ無いんだから自分で着ると戸隠に突き通されてしまい、瀬田は荷物をまとめておくという役割を担う事に。
「うん…… 着替えたけど、まさか窓から出る気?セキュリティーの問題とかあるけど」

「いいえ、時間も遅いんで正面から普通に出ますよ。もう警備員くらいしか残ってないんで、鉢合せさえしなければ問題ないっす。監視カメラの位置も把握済みなんで、どんな格好のまま歩いているのかくらいは隠してあげますよ」

 キリッとした顔で言われたが、『そもそもこんな状態になっているのはテメェのせいじゃねぇえか』と戸隠が崩れた言葉で思ってしまう。でもそれをこの子に言うのは大人げないなと考え、「じゃあ…… お願いします」と素直に甘える事にした。

「えっと、神霊君は…… どうなったの?」
 帰る前にどうしても気になり、戸隠が大事な親友でもある白蛇の様子を伺う。すると白蛇は久しぶりに目蓋を開け、元気そうに顔を上げ、じっと二人の様子を見詰めていた。
「先輩が気絶している間に契約は済ませたんで、もう大丈夫っすよ。オレ達の交尾みたいなセックスの一部始終を聞いていたせいか、すんげぇ複雑そうな顔をされましたけどね」

「はぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「先輩を自分の嫁だと思っていたらしいんで、寝取られた気分だって怒ってもいました」
「えぇぇぇぇぇ⁉︎は、初耳なんですけど…… ってか、まさか、あの子と…… 意思疎通が出来るの?」
「当たり前じゃないっすか。使役してんのに主人と意思疎通出来ねぇとか、ゴミ以下ですよね?何の為にお前いんの?ってレベルの存在になっちゃいますよ」
「あ、そ、そっか…… 」
 大事な子に今日の一部始終を全部知られているのだと知り、戸隠が白衣の前をギュッと両手で掴んで胸元を隠す。実家で性行為をおこない、それらを全て家族に聞かれてしまったみたいな心境で居たたまれない。だけど、神霊君に『俺の嫁』的に思ってもらえていた事は、長年寄り添って生きてきた身としては純粋に嬉しかった。

「…… んなムカつく顔、しないでくれませんか?」

 戸隠の心境を察し、瀬田が彼女の顎をグイッと持ち上げる。視線の合った彼の瞳は明らかに嫉妬に燃えていて、少し怖かった。
「オレ、二股交際とか寝取られとか全然興味無いし興奮もしないんで。精神的にも呪いの名残効果的にも一途じゃない行為って全部無理なんっすよ。でもまぁ…… アイツ交えての3Pくらいなら百歩譲ってもいいっすけど、心までやったら許しませんからね?」

「私だって獣姦は嫌だよ⁉︎たださっきのは、まだ生まれたてだったあの子に…… 共食いとか…… デスゲーム的な経験をさせちゃった身だから、恨まれているんじゃないかなって、ずっと思っていたから…… 嫌われて無かった事が、ただすごく嬉しいだけで…… 」

 俯き、正直に本心を打ち明ける。こちらの言葉を全て白蛇が理解しているのなら、本心を隠す方が失礼に思えたからだ。
「『散々何年も何十年も謝られ続けて、それでも恨める程には粘着質じゃない』らしいすよ。良かったっすね、先輩」
 そう言って、瀬田がくしゃりと戸隠の頭を無造作に撫でる。白蛇と戸隠の絆に自分が割って入れない事が悔しくはあったが、それでも彼女の重荷を自分が解消してやれたのだろうと思うと、嬉しい気持ちの方がかろうじて優った。

「よ…… 良かった、本当に、本当に良かったぁ…… 」

 ポロポロと大粒を涙を流し、戸隠が顔を両手で覆う。そんな彼女の様子を見て、瀬田は強化ガラス製の飼育ケースから白蛇を出すと、戸隠の元へと連れて来た。

「ほら、今だけオレの先輩を貸してやるから…… 」

 瀬田の言葉に従うみたいに、白蛇が戸隠の側に近寄り、体の上を這ってあがって彼女の顔に自らの頰を擦り寄せる。涙で濡れる頰を細い舌で舐め取ると、「く、くすぐったいよ」と言って戸隠が笑った。
 毒蛇と嬉しそうに戯れる様子を見た瀬田がまた嫉妬の炎を軽く燃やしたが、邪魔はする事なく、ベッドの上にあがって戸隠の腰にギューッと抱きついた。

「絶対に噛まないでしょうけど、一応気を付けて下さいね?猫とかみたいに、嬉しくなって噛むとかも無いとは言えないかもなんで。…… いやいや、無いとは言い切れないだろう?基本的にお前らってすぐ噛むじゃん。…… 先輩なら平気って、おい。耐性あっても危ないもんは危ないだろう?…… はぁ⁉︎噛むならオレをって、主人に向かってソレはは無いだろうが」

「…… え?」
 明らかに会話をしている話し方をする瀬田に向い、戸隠が涙目のままきょとんとした顔を向ける。白蛇側の声を全く聞き取れない彼女には、瀬田が独り言を言っている様にしか見えなかった。
「あ、すんません。コイツ、じいさんのクセに結構生意気っすね」

「そうなんだ?わかんないけど…… そう、なんだぁ」

 意思疎通が出来る二人に対し、今度は戸隠が軽い嫉妬心を持ってしまった。『神霊君と長年一緒に居たのは私なのに!』という気持ちと、『先輩を無視して会話って、なんかちょっと寂しいなぁ』という感情とがぶつかって喧嘩をしている。
 そんな戸隠の心境を察し、瀬田が彼女の着ている白衣をペロンと捲り上げる。
 羞恥心から「ぎゃああああああ!」と叫ぶ彼女の声に驚いて白蛇は少し体を捩ったが、瀬田は眉一つ動かさぬまま、戸隠の下っ腹をそっと撫でる。彼の指先の近くにはとても小さな薔薇っぽい印が刻まれていたが、刺青かもと疑う程のものでは無かった。

「嫉妬深いオレに言われてもどの口がって感じでしょうけど、ココにオレの嫁だって印があるんで、あんまり妬かないで下さいよ。んな顔しても、可愛いだけっすよ?」

「別に、や、妬いてないし!」
「『これが噂のツンデレか』ですって、先輩」
「違うし。デレてないし。こんなテンプレ的ツンデレはもう絶滅してるでしょ、どの作品でも」
「オールドタイプの先輩なら、やるかなーと」と言いつつ、瀬田が戸隠の顔にそっと眼鏡を戻す。爺さんか?と思う程にダサい眼鏡をかけた姿を見て、白蛇も頷くみたいに頭を動かした。

「ふ、二人とも酷いよ!私の事、好きなんじゃないの⁉︎」

 顔を真っ赤にしつつ、戸隠が複雑な気持ちになりながら疑問を口にする。好きなのならもっと優しくしてくれていいはずだと、どうしても思ってしまった。

「んなの、オレ達に改めてわざわざ訊くまでもないっすよ。先輩の事が大好きに決まってるじゃないっすか。——な?」

 コクッと力強く瀬田と白蛇が同時に頷き、左右から挟むみたいにして戸隠の頬にそっとキスを贈ってくる。
「先輩がオレ達をどう思っていようが勝手ですけど、もうオレ等からは離れられないんで覚悟していて下さいね」
 コイツ等は連動でもしているのか?と思うくらいのタイミングでペロッと頰を舐められ、戸隠の背中がビクッと跳ねる。これ以上は無いと思うくらいの好条件である瀬田を選んだ事を少しだけ後悔し始めてきたが、それと同時に『日陰者だった私でも、賑やかな人生がこの先待っているのかも?』と、珍しくポジティブに考えられている自分の存在も感じ、素直にこの選択を受け入れる事を改めて決意した。

 ——数ヶ月後には、育児の必要がほぼ無い淫魔な子供も次々に生まれ、戸隠の周囲は今よりも更に騒がしくなるのだが、目下の問題は『コイツ等、まさか本気で一緒に私を抱く気じゃ無いよね?』となったのだった。


【終わり】
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