君に、好きと言われても

月咲やまな

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番外編

荷物とアルバム(瀬田 葵・談)

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 とある休日の一日。
 戸隠先輩の家に朝一番から押し掛けたオレは今、昭和漂う古臭いワンルームの狭い部屋の中で台所を借りて料理をしている。母親の料理は食べた事が無いので、ラインナップは全て父さんのコピー品だ。母さんだって料理はやれば出来るのだが、サキュバスな母を独占したい父さんは『自分が居ないと生きていけない子にしたい』なんて困った一面を持っているせいで、何にもさせたがらないのだ。そのクセ子供であるオレ達には『寝てないで手伝え』とか言うもんだから、家事はすっかり兄弟全員お手のものだ。

「美味しいっすか?先輩」
「う、うん。美味しい、よ」
「じゃあ、何で吃ってるんっすか」

「いや…… だって、朝からステーキとか…… 重いなって」

 オレを見てくれていた先輩が視線を落とし、小さなテーブルに並ぶ料理をじっと見ている。
 平皿に盛ったライス、持参したステーキ用の皿には付け合わせのニンジンやバターコーンと一緒に、いい具合に焼けた和牛ステーキが一口サイズにカットした状態で並んでいる。他にも野菜スープとサラダを用意してあって栄養面も完璧だ。だがこれらはどうやら、先輩的には“朝食”では無いそうだ。

「…… マジっすか。実家では普通だったんで、当たり前なのかと」

「重く無いの⁉︎」
「や、別に。食事なんて、基本食えればいいんで。ってかオレ達の食事って基本的に人間の精気っすからね。でも、ウチの父さんは人間なんで、朝からこのくらい食わないと体が保たないんじゃ無いっすかね?」
 先輩が箸を使うのかナイフとフォークがいいのかわからず、全部ずらっと出した中から未使用のフォークを一本手に持つ。そしてステーキ肉を一個掻っ払って自分の口に放り込んだが、丁度いい焼き加減で自画自賛したい気分になった。

「あーあー聞きたく無い!人のお家の性事情なんて!し、しかも義理とはいえご両親のとか、ほぼ同じ世代だから余計無理、ホント無理!やめてぇぇぇ」

 そう言われてみればそうだ、ウチの両親は先輩の義理の両親になるのか。強引に職場で抱いた流れで婚姻関係にはなったものの、なんだかんだと先輩に誤魔化されて、結局まだどちらの両親にも会っていなかったから、いまいちピンとこないな。

「ハイハイ、顔隠して俯いていないで、食べられる量だけ食べちゃって下さいね。残ったらオレが頂くんで、無理しないでいいっすよ」

 俯く先輩の頭を無造作にくしゃりと撫でて、ニッと笑う。とにかく肉だけは食って、もっと美味しくなって下さいと思ったのだが、先輩は野菜ばっか食いやがった。


「ところで、体調は大丈夫っすか?」
 後片付けも終わり、一人用の座椅子に座って食休みをしている先輩の下っ腹をそっと撫でてそう訊くと、「ぎゃああ」と叫ばれ、痴漢にでもあったみたいな反応をされた。

 おかしい…… オレは一体いつになったら、先輩に“夫”として扱ってもらえるんだろうか。

「あ、ご、ごめん…… その、触り方が君は、その…… 」
 顔を赤くして、サッと視線を逸らされる。
 言いたい事が何となく分かったので、腹を撫でるのは諦めて頭を撫でた。腹具合的には先輩を朝食として頂きたくっていきなり押し掛けて来たのだが、こりゃ残念ながらまだ無理そうだ。そもそもこの部屋は相当壁が薄いので、初めてこの部屋で先輩を襲った時は声を我慢させる為に口にタオルを押し込む羽目なった事を思い出し、ふぅとため息をついた。
「んで?最近の体調はどうっすか?」
「え?あ、うん。普通だよ。…… せ、せ、生理は…… こなくなったけど、具合とかは全然平気、です」
 最初は普通に話していた先輩だったのだが、途中から段々と顔が俯いていき、最終的には立てていた膝に突っ伏してしまった。耳が赤く、先輩的には人に気軽に話せる内容では無かった様だ。

「…… 一人の体じゃ無いんで、大事にして下さいね」

「う、うん。あの…… ね、お腹って、大きくなるの?」
 妊娠させる気満々でいたした結果、確実に淫魔の子供を身篭っているお腹を再度オレが撫でると、今度は叫ばないでくれたが、先輩の方がビクンッと跳ねた。
「なりませんけど…… 生まれる時オレが居ないと絶対にビックリして失神すると思うんで、そろそろ一緒に住みませんか?実家を早く出たいってのもあるんっすよ。オレんち家族多いし、毎年弟妹達が増えてるんで、いい加減長男としては自立したいんっすよね」
 バツの悪い顔をして後頭部をかく。
 同じ会社に就職してもうそこそこ経ったし、婚姻関係の先輩がいるのにいつまでも別居はどうにも納得が出来ない。でも先輩的には好きでオレと一緒になったのではなく、条件がいい相手だからと受け入れてくれただけだろうなと思うと、こちらの事情を押し付けるのは少し迷いを感じてしまう。

「ま、待って…… 何が生まれてくるの?」

 先輩の声が震え、顔は青ざめ、すぐ隣でしゃがんでいたオレの腕を掴んでくる。感じている恐怖がこちらにも伝わってきて申し訳ない気持ちになってきた。
 そんな先輩の心境を察したのか、すっかり放し飼いになっている白蛇のシンレイが床を這ってこちらにやって来る。『泣かせる気か?あ?』と怒りのオーラを纏っていて、正直自分の使役相手だというのに少し怖かった。

「聞いた事無いっすか?サキュバスやインキュバスって、生まれた時はとても醜いって」

 首を横に振って「し、知らない」と先輩が言う。空想でしか無かった生き物の生態なんぞ、そこまでちゃんと詳しくは無かったみたいだ。
「オレ達の本体って、実はすんげぇ醜いんですよ。ソレを魔力で弄って相手の好みの姿に変えて、誘惑して、美味しく精気を頂くってワケです。余剰があれば本体も成長させて、見目麗しき姿に育てたりもしますが、やらないでその場だけ取り繕って食い散らかすだけの奴もいたみたいっすね。ちなみにオレは親を参考に育ってきたんで、前者の方になります。なんで、この姿が本体っすよ」
 口元だけで軽く微笑むと、先輩が安堵の息を吐く。心配そうに先輩の足元に寄り添ったシンレイからも怒りが消えてくれて助かった。

「それ先に聞けて良かったよ、急に産気づいたら流石に怖いからね」

「同居の方は…… 大丈夫っすか?」
「あ、うん。結婚してるのに別居とかは世間体も悪いだろうし、会社に報告も…… そう言えば、社員寮の案内もらってたんだった」
「社員寮っすか?」

「青鬼君が探していたらしいんだけど、他で見付けたから社員寮の方、君がどう?って。此処よりも広いのに、今よりも家賃が安いらしくって、ちょっといいなぁって思ってたんだよね。ほら…… 此処古いし…… 壁薄いし、声とか…… ね?」

 口にタオルを詰められて、ベッドの上で散々泣かされた日の事を思い出したのか、先輩の顔が真っ赤に染まりながら、恥ずかしそうに頬を指先でかいている。可愛過ぎて、このまま同じ事をまたしてやろうかと一瞬考えたが、シンレイに睨まれてすんでで止めた。
「そこって、いつでも入れるんすか?」
「手続きさえ終われば、多分。今は空き部屋だから、決めるなら早いうちがいいって言われてるよ。なので、どうせこの週末も瀬田君はウチに来るだろうから、実は相談しようかなって、思ってたんだよね」
「…… マジっすか」

 ヤバイ、すげぇ嬉しい。先輩側からも同居を考えていてくれていたとか、このまま嬉し過ぎて死ねるレベルまで気分が上がった。

「此処の契約の問題とかもあるけど、もう長いこと住んでるからどうせ戻ってくるお金も無いだろうし、いいかなーって」
「オレ、今から段ボール調達して来るんで、先輩は申し込みの電話でもして、借りたいってお願いしておいて下さい」
 スクッと立ち上がり、先輩に向かってそう言うと、早速この窮屈な部屋から出て行く用意を始める。
「え?今日会社お休みだよ?」
「青鬼さんに言えばどうとでもしてくれますって。アイツ、先輩の事気に掛けてますから、セックス中とかじゃなきゃ話聞いて、すぐに行動してくれますよ」
「セ——って、やめてぇぇぇぇそういうの、聞きたく無いって!」と、壁の薄さも忘れて喚く先輩を置いて、オレはホームセンターまで段ボールを大量購入しに行ったのだった。


       ◇


「狭くって物も少ないから、いらない物なんて何も無い扱いでいいっすか?」
「…… う、うん」
 煮え切らない態度の先輩を無視し、早速段ボールを組んで箱の形にする。台所用品は後回しにし、一番問題の無さそうな本や雑貨の類から箱に詰め始めると、先輩が「君はせっかちだなぁ…… 」と呟いた。
「んで、青鬼さんとは連絡は取れたんすか?」
「うん。まだ他に話さないで話を持ってきてくれていたらしくって、入居に関しては問題無いって。なんで、週明けに手続きしたら鍵をもらえるそうだよ」
「んじゃあとはこっちの部屋の解約っすね。その辺は大家に直接今言ってきますか」
「あ、いや…… 。部屋の鍵、貰ってからにするよ。次の確証がないと怖いし。こっちが手間取っても最悪、君だけ先に住んでいればいい話だから、焦らないでいいと思うんだ」
「…… わかりました」と素直に頷く。先輩の言い分ももっともだと思えたからだ。


「コレ、もしかしてアルバムっすか?」
 毒や薬学に関する専門書ばかりが並ぶ本棚の中身を段ボールに収めていく過程で、数冊のアルバムを発見した。探せば卒業アルバムもどこかにあるかもしれないが、残念ながらここの棚では無いみたいだ。
「…… う、うん」
 しぶーい顔で返事をされたが、『見るな』と反射的に没収まではする気がないらしい。という事は見ていいのかな?と思いつつも、念の為「見ていいっすか?」と訊いてみた。
「いいけど、私は写ってないよ?」
「じゃあ先輩が撮っていた写真だとか?」
「違うよ、写真部に入っていた子とか、鉄オタの子とかが撮った写真を、別の子がまた『皆での思い出だから』ってまとめてくれた物を、何でか私にまでくれたの」

「…… 蔵とか、船底で拗ねていた間に何があったのか教えてくれたって感じっすか」

 前に青鬼さんから聞いた先輩との思い出を思い出し、ちょっと複雑な気分になる。セルフでオレだけの先輩じゃ無かったと知った時に感じた残念な気持ちを思い出してしまった。
「その通りです、はい」
 苦笑し、先輩が肩を落とす。『一緒にやればよかったなぁ』と思っている気持ちが見え隠れするが、それでも親の言いつけを優先した先輩は、真面目だなと改めて思った。

「じゃあ遠慮なく見ますね」
「うん、どうぞ」
 床にアルバムを置き、開いた中身を一緒に見ていく。懐かしそうに写真を見詰める先輩の横でオレは段々と眉間にシワが寄っていった。
「…… 先輩」
「んー?」

「黒髪眼鏡男子率、高くないっすか?コイツら」

 どこを見ても、端正な顔立ちに清潔感のある黒髪、眼鏡をかけた真面目そうな奴ばかりだ。その中にウチの社の青鬼さんまで当然の様に居て、イラッとする。
「んーそう、だねぇ。でもほら、黒髪なのは日本人だからだし!彼らとかは普通ーの子だよ?」と言って指差した先には、確かに標準的な顔立ちの奴らも居たが、どの写真を見ても男ばっかじゃねぇか。たまに清楚な少女が一人映り込んでいる時があるが、その子は常に二人の少年に寄り添われていて、侍と騎士に守られたお姫様みたいな感じだった。
「まるでハーレムっすね」

 先輩に好みの男は?と訊いた時、ウチの父さんみたいなのだ的な事を言った理由がわかった気がする。完全にコイツらに囲まれて育った影響じゃねぇかよ。

「ちなみに先輩、この中で一番好みなのはどれっすか」
「…… それ、もし居たとして、言ったら死亡フラグ立つヤツだよね?」
「そっすね。でも今は怒りませんから、ささ遠慮無くどうぞ」
 だがオレがそう言ったとしても、先輩は『信じられるか!』といった顔で首を横に振るだけで全然選ぼうとしない。居ないから出来ないのか、居るが言えないのかどちらか不明だが、前者だと都合良く受け取っておこう。

「ちなみに、この金髪碧眼な眼鏡男子以外を指差した時点でベッドに連れ込んでました」

「だろうね!そうだと思ったよ!」
「でもまぁ、先輩が黒髪の眼鏡男が好みな理由がわかっただけでもヨシとします」
「…… 好みだとは、一言も言ってないんだけどなぁ」と言って、先輩が頭を抱える。

 この時『絶対に先輩には、一生ウチの父さんに会わせたくねぇなぁ…… 』と思ったせいで、先輩とシンレイがウチの実家へ嫁入りの挨拶に来たのは、何年も先の話となったのだった。


【終わり】
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