執愛気質のワンコ男子に全てを奪われるだけのお話

月咲やまな

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第1話(望月美百合・談)

 今日は朝から散々だった。日頃の疲れがたまっていたのか、友人との約束があったのに寝坊して、せめて顔だけでも洗おうとしたら給湯器が壊れていた。我慢して冷たい水で洗って準備を終えて『さぁ出掛けるぞ!』と思ったら、今度は友人の住んでいる地区で道路の陥没事故があったとかで急遽予定自体が立ち消えてしまった。お隣の部屋では引越し作業でもしているのか朝からずっとバタバタと煩いし。これでは一日のんびり過ごすかってのも、臨時で副業に勤しむ事も無理そうだ。

(会うのは久しぶりだったし、楽しみにしてたんだけどなぁ……)

 マンションの管理会社に連絡すると幸いにして給湯器の修理は今日中に来てくれる運びとなった。この近傍には残念ながらスパどころか銭湯もなく、電車に乗ってまで遠方に出向くのは正直億劫だったので、今夜のお風呂までもを逃す事にはならずに済みそうで本当に良かった。


 連絡のあった時間が近くなり、チャイムが鳴ったので「はーい!」と反射的に大声で返し、ドアスコープを確認してからドアを開けた。その瞬間、修理会社の人の体がビクッと跳ねる。

(あーうん。……いつもの事、いつもの事)

 そうは思うも、やっぱ何度経験しても良い気分ではない。百八十センチを超える高身長の人ってのはただでさえ珍しいのに、それが女性となると、まるでバケモノでも見るみたいな目を向けられる事もある。……まぁ、そんなふうに感じるのはきっと、自分がこの身長に対してコンプレックスを抱えているせいだろうけども。
「え、えっと、給湯器はどちらになりますか?」と訊かれ、「こっちになります」と修理業者の男性を室内に入るよう促す。すると突然——

「——ちょ!その男、誰!?」

 と、ちょっと高めの声と共に、今にも閉まりそうだった玄関ドアを、勢いよくバンッ!と全開にされてしまった。

(いや、アンタこそ誰だ!)

 子犬みたいな雰囲気のある小柄な男性が顔を真っ青にして、「誰!?ねぇ!」と更に訊く。でも全然知らない子だ。なので律儀に答える義理は無いのに、あまりに彼が必死で、私は驚きながらも「……給湯器の修理の人ですよ」と返した。
「……給湯、器?あ、あぁ、そっかぁ、良かったぁ!給湯器壊れちゃったんですか?お湯、使えないと大変ですよねぇ」

(ほっと胸を撫で下ろしているけど、結局君は誰なの?)

 そんな疑問を笑顔の奥に隠していると、ワンコっぽい印象のある男性は急にハッとした顔をし、「ちょ!ちょっと待っていて下さいね!ホントすぐ、すぐに戻って来るんで!」と言って急に消えてしまった。

(……いやいやいや、今は修理業者の人も居るんですが?)

 困ったまま修理業者の人の顔をチラリと見ると、男性は「ははっ」と苦笑いを浮かべていた。これは私ではどうしょうもない状況であると判断してくれているみたいでありがたい。


「——すみません、お待たせしました!」
 戻って来るなり、子犬系男子がずいっと距離を詰めて私に紙袋を押し付けてきた。キラキラと瞳を輝かせてじっと顔を見てきている。
「ボ、ボク、隣に引っ越して来た如月瑞葉きさらぎみずはっていいます。——さっきは突然すみませんでした。お隣さんは女性の一人暮らしだって聞いていたんで不審者だったらどうしようって心配になっちゃって。や、ほら、最近って修理業者や宅配業者を装った強盗とかもいるでしょう?何かの縁でお隣同士になったんだし、何かあったら大変だ!と思ったら、つい……ははっ。あ!それ、お近づきの印にどうぞ!ご時世的に不要かなとも思ったけど、でもボクの部屋は角部屋だし、唯一のお隣さんにはちゃんとしておきたくって」
 頭を軽く下げ、頬を指先でかきとジェスチャー付きでそう話す。新たに隣人となる如月君は随分と感情が行動に乗りやすい人の様だ。
「あー……わざわざすみません。じゃあこれ、ありがたく頂きます。えっと、初めまして、私は望月美百合もちづきみゆりです。此処に住んで長いんで、何かあったら気軽に訊きに来て下さいね」
 出来るだけ威圧感を与えない様に努めて笑顔を浮かべる。だけど私の気遣いは無駄だったのかなんなのか、如月君は少し不満そうな顔になった。そして「……初め、て?」と小さくこぼす。その事を不思議に思っていると、「すみません、ボクの方では面識が多少はあったんで」と彼は慌てた様子で言った。
「あ、や、前に大学までの通学路で何度か見かけてたんですよ。お姉さん目立つから記憶に残ってて」
「あー……デカイですもん、ね」
 乾いた笑いしか出てこない。何度か街中ですれ違っただけの人にまでこの身長のせいで覚えられているとかホント嫌になってくる。

「違いますよ!お姉さん、とっても綺麗だから」

 ぎゅっと拳を作って力説され、如月君がふわりと笑う。隣人へのお世辞だとわかってはいても、可愛らしい笑顔で言われると、不覚にも、ぐっと胸にくるものがあった。
「あ、ボク基本的にほぼ在宅勤務なんで、何か困ったことがあったらいつでも声掛けて下さいね!」
 そう言って如月君が一層距離を詰めてくる。受け取った紙袋を私が持っていなかったら、手を握られでもしていたんじゃって雰囲気まである。そのうえまだ話が続きそうな感じまであったからか、流石に修理業者の男性が「……あの、そろそろ修理始めたいんですが」と遮ってくれた。
「すみません!そうですよね、忙しいですよね。えっと、じゃあ、また改めて」
 スッと引き、如月君が軽く頭を下げて、すぐ隣室に戻って行く。とても賑やかな人だったから、まるで嵐が去った後みたいに静かになった。

「……えっと、お待たせしてしまって、すみません」と謝りつつ修理業者の男性と部屋に入る。その様子をじっと、隣室に戻ったはずの如月君に見られていた事には最後まで気が付けなかった。
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