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【第9話】
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「…… ところで、匡さんと涼さんは、今何処に?」
葵が視線だけで軽く周囲を見渡した。
「家に帰るように言いましたよ。清明学園高等部の制服を着ていましたから、調べれば何処に住んでいるかはすぐにわかりますし。…… 今はとにかく、葵さんから引き離したかったので」
「そう、なんですか」
「気になりますか?あの二人が」
「そうですね、だって…… 」とまで言って、葵が言い淀む。
「…… 何でもありません。——少し、一人にしてもらってもいいですか?」
両腕で顔を覆いながら葵が小さな声で言った。
黙って立ち上がり、大和が客間を出る。パタンッと閉じた襖の奥から大和の悲しみに満ちた深いため息が葵の耳に入ったが、彼女は黙ったまま、何も考えないで済むよう、ざわつく心に蓋をするように瞳を閉じた。
◇
湯川邸の隣にある草加邸にて。とても静かな居間の中で、匡と涼が背中合わせに座っている。視線は何処にも定まってはおらず、どちらも無表情だ。
「…… 『帰れ』って、言われてたよね」
「ああ、言われたね」
「帰りたくないなぁ」
「帰れないよ、だって…… やっと見付けたのに」
「でも、今此処に葵は居ないよ」
「待っていれば、帰って来ないかな。ここは彼女の世界だ…… 」
二人が話すのをやめ、耳を澄ます。風の音以外何も聞こえぬ部屋。夕日が部屋に差し込む光が茜色に部屋を染め、二人の影は重なり、一つになって部屋の壁に影絵のように映る。
「…… ねぇ。葵は、どのくらいここに一人で居たんだろうね」
「そうだね、気になるね」
二人は、初めは居心地のよさを感じていたこの空間が、今はひどく寂しい場所に感じていた。
音の無い部屋。葵はまだ幼いというのに、一人きりで、古くて広い家に住んでいる。『家族』と呼べる存在はこの世にはなく、たった一人で生きている葵の世界は…… なんて悲しい色をしているんだろう?
「…… 葵に会いたい」
「…… 僕だってさ」
「傍に寄り添って、『もう一人じゃないんだよ』って伝えたい」
「ああ、そうだね」
「ねぇ、葵の世界に、僕達が入る事を許してはもらえないかなぁ」
「どうだろう…… 。きっと僕等は、葵をとても傷付けただろうから」
ぽつぽつと、匡と涼の二人は話を続ける。
「寂しそうだったから、もっと傍に居てあげたかっただけなのに」
「でも、それは僕達の一方的な思いでしかなかったんじゃないか?」
「より一層、傍に行きたいと想う事の何が悪いの?」
「…… そうだなぁ。葵の心を無視した事が、いけなかったんだと思うよ」
涼に指摘され、無表情だった匡の表情が曇った。
「あぁ…… そうだね。嬉し過ぎて葵の心まで考えていなかったよ」
二人が下唇をくっと噛む。
「…… 葵は、僕らの不純な感情で弄んでいい子じゃないよね」
そう言って、匡はくしゃりと前髪を掻きむしった。
「そうだね。だけどもう、匡だって、不純な感情なんか抱いていないんだろう?」
涼の言葉に対し、「当然だろ」と匡が頷く。
「…… その、ごめん。僕の中でもう、涼は一番じゃないよ」
「大丈夫。だって、僕ももう…… 匡が一番じゃないから」
だろうな、と言うみたいに、二人がふっと笑みをこぼした。
抱いたから好きになったんじゃない。きっと、もうとっくに好きだから、すぐにでも抱きたかったんだ。
心より躯がそれを知っていた。僕等が本当に望んでいた存在は、互いじゃない。
——葵、なんだと。
「ねぇ。葵をあの人から返してもらわないか?」
「だけど…… 返してくれるだろうか?すごく怒っていたのに」
匡の提案に対し、涼は後ろ向きな反応を返す。
「わからないけど、話してみよう。ここで待っていても何も変わらないから」
匡の提案に対し、「…… わかった。そうしようか」と涼が頷く。
互いの手を強く握り、その場で立ち上がると、二人は草加邸の隣にある湯川邸に向かい歩き出した。
葵が視線だけで軽く周囲を見渡した。
「家に帰るように言いましたよ。清明学園高等部の制服を着ていましたから、調べれば何処に住んでいるかはすぐにわかりますし。…… 今はとにかく、葵さんから引き離したかったので」
「そう、なんですか」
「気になりますか?あの二人が」
「そうですね、だって…… 」とまで言って、葵が言い淀む。
「…… 何でもありません。——少し、一人にしてもらってもいいですか?」
両腕で顔を覆いながら葵が小さな声で言った。
黙って立ち上がり、大和が客間を出る。パタンッと閉じた襖の奥から大和の悲しみに満ちた深いため息が葵の耳に入ったが、彼女は黙ったまま、何も考えないで済むよう、ざわつく心に蓋をするように瞳を閉じた。
◇
湯川邸の隣にある草加邸にて。とても静かな居間の中で、匡と涼が背中合わせに座っている。視線は何処にも定まってはおらず、どちらも無表情だ。
「…… 『帰れ』って、言われてたよね」
「ああ、言われたね」
「帰りたくないなぁ」
「帰れないよ、だって…… やっと見付けたのに」
「でも、今此処に葵は居ないよ」
「待っていれば、帰って来ないかな。ここは彼女の世界だ…… 」
二人が話すのをやめ、耳を澄ます。風の音以外何も聞こえぬ部屋。夕日が部屋に差し込む光が茜色に部屋を染め、二人の影は重なり、一つになって部屋の壁に影絵のように映る。
「…… ねぇ。葵は、どのくらいここに一人で居たんだろうね」
「そうだね、気になるね」
二人は、初めは居心地のよさを感じていたこの空間が、今はひどく寂しい場所に感じていた。
音の無い部屋。葵はまだ幼いというのに、一人きりで、古くて広い家に住んでいる。『家族』と呼べる存在はこの世にはなく、たった一人で生きている葵の世界は…… なんて悲しい色をしているんだろう?
「…… 葵に会いたい」
「…… 僕だってさ」
「傍に寄り添って、『もう一人じゃないんだよ』って伝えたい」
「ああ、そうだね」
「ねぇ、葵の世界に、僕達が入る事を許してはもらえないかなぁ」
「どうだろう…… 。きっと僕等は、葵をとても傷付けただろうから」
ぽつぽつと、匡と涼の二人は話を続ける。
「寂しそうだったから、もっと傍に居てあげたかっただけなのに」
「でも、それは僕達の一方的な思いでしかなかったんじゃないか?」
「より一層、傍に行きたいと想う事の何が悪いの?」
「…… そうだなぁ。葵の心を無視した事が、いけなかったんだと思うよ」
涼に指摘され、無表情だった匡の表情が曇った。
「あぁ…… そうだね。嬉し過ぎて葵の心まで考えていなかったよ」
二人が下唇をくっと噛む。
「…… 葵は、僕らの不純な感情で弄んでいい子じゃないよね」
そう言って、匡はくしゃりと前髪を掻きむしった。
「そうだね。だけどもう、匡だって、不純な感情なんか抱いていないんだろう?」
涼の言葉に対し、「当然だろ」と匡が頷く。
「…… その、ごめん。僕の中でもう、涼は一番じゃないよ」
「大丈夫。だって、僕ももう…… 匡が一番じゃないから」
だろうな、と言うみたいに、二人がふっと笑みをこぼした。
抱いたから好きになったんじゃない。きっと、もうとっくに好きだから、すぐにでも抱きたかったんだ。
心より躯がそれを知っていた。僕等が本当に望んでいた存在は、互いじゃない。
——葵、なんだと。
「ねぇ。葵をあの人から返してもらわないか?」
「だけど…… 返してくれるだろうか?すごく怒っていたのに」
匡の提案に対し、涼は後ろ向きな反応を返す。
「わからないけど、話してみよう。ここで待っていても何も変わらないから」
匡の提案に対し、「…… わかった。そうしようか」と涼が頷く。
互いの手を強く握り、その場で立ち上がると、二人は草加邸の隣にある湯川邸に向かい歩き出した。
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