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第一章
【第十二話】職員室にて(華・談)
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不可思議な週末が終わり、月曜日となった。
カシュを一人部屋に残し、スーツを着て職場である学校へと出勤する。『いってきます』『いってらっしゃい』なんて、家族や夫婦みたいなやり取りをし、またまたくすぐったい気持ちになりながら、背筋を無駄に伸ばして一人通勤路を歩いて行く。
私の職場は私立清明学園の高等部だ。我が校は進学校として近隣では有名な学校で、いわゆるお金持ちのお子様達が集まる古参の学校でもある。今は理事長の方針で才能ある者全てに門を開いており、多種多様な生徒達が集まるようになった。おかげで勉強一辺倒だった校内が部活動やイベントごとも盛んになり、全体が活気付き、毎日が楽しい。
「おはようございます」
「おはよー華せんせー」
朝練に行くであろう大きな鞄を持ったジャージ姿の生徒に声を掛けられ、「おはよう」と返す。そんなやり取りですら、“教師”としてはちょっと嬉しくなる。
(あぁ、ウチの生徒はホントいい子だわぁ)
そう思うと、口元が勝手に緩んだ。
ウチの学校は無駄に、無駄に広い。二度言うくらいに、無駄に。校舎もさる事ながら、体育館、グラウンドなど、どれもこれも巨大だったり複数あったりする。図書館に至ってはもう随分長い事増築工事がおこなわれていて、終わる気配が無い。
(何をそんなに納める気なのかしら。全くわからないわ)
でもまぁ私は国語の教師なので、様々な資料が増える事は大歓迎だった。
◇
「おはようございます」
職員室に入り、同僚である先生達に挨拶をする。
「あぁ、おはよう。今日は遅かったんだな。なんだ、寝坊でもしたのか?もしかして、とうとう彼氏でも出来たか⁉︎」
時計を見ながら若干セクハラ寄りの発言をしてきたのは、理科教師である瀬田浩二先生だ。『遅い』といっても遅刻ではない。ただいつもよりはちょっと遅いかなくらいじゃないか。それなのに変な詮索はやめて欲しい。
「簡単にできたら、苦労していないわ」
私が渋い顔を向けると、「ははっ」と笑い、瀬田が頷く。
「そうだな、確かにその通りだ。俺も早く恋人が欲しいもんだよ」
眼鏡の位置を指先で軽く直しながら、瀬田が何度も頷く。椅子に座り、無駄に長い脚を組みながら、彼は私の方へ体を向けた。
真ん中で前を分けた黒い髪はとてもサラサラで、眼鏡の奥に見える茶色をした瞳は切れ長だからか、普通にしているだけなのに少し怒っているように見える。一切着崩していないスーツの上に白衣を羽織り、ネクタイのチョイスや服装全体との組み合わせのセンスは今日も抜群だ。スーツに隠れた長い脚は校内一の長さを誇り、顔立ちは文句無しに美しく、彼をよく知らない者ならば『一目惚れ間違いなし』な外観をしている。
そんな瀬田が一瞬でも憂いをおびた顔をすれば、そこは一瞬にして歌舞伎町と化し、『お前はどこの高級ホストですか⁈』と言いたくなる空気をまとってしまう。そのせいもあって、彼までもが、私と同じく、婚活が全く上手くいっていない事がイマイチ納得出来ない。美形過ぎるというのも、婚活の弊害を生むことがあるのだろうか。
「……今日も瀬田先生は暑苦しいわね、体育会系的意味ではない方向で」
彼の隣にある自分の席に座り、窓を背にしながら私は鞄を開けて中から書類を取り出した。
「お前に言われたくないな、『お互い様だろ』って言葉を知らないのか?国語教師のクセに」
鼻で笑いながら言われ、カチンときた。人が気にしている事をズケズケと……と思ったが、もしかしたら、瀬田の方も自分の外観が多少なりともコンプレックスなのだろうか?そう思っているようには見えないけど、彼の好みの女性が寄り付かない原因にはなっているのかもしれない。
互いに婚活が上手くいかず、もう何年も経っている。
そのためか、“戦友”に近い存在になっている瀬田に対し、少しくらいは敬意を払ってあげましょう。少なくとも私は『結婚したい』と言ってくれた男(『の子』の部分は伏せるものとする )がいるから、ちょっと心に余裕があるもの。
「そうね、失礼したわ。ホント、『お互い様』よね……」
「素直なお前は気持ち悪いな。だが……うん、そうしていると、『夜の蝶』ってよりは、普通にいい女に見えるな」
そう言って、長い腕を私の方へ伸ばし、瀬田が髪をくしゃりと撫でてきた。私でなければイチコロだろう、こんな行為。まったくもって慎みを覚えて欲しいものだわ。
「ありがとう、瀬田先生。でも離してくれるかしら」
「はいはい」
そう答え、彼が手を離してくれる。気心の知れた相手は話していて楽だが、私を“異性”とは思っていない証拠でもあるので、複雑な気分にもなる。微塵も私の事を好きになって欲しいワケでは無いのだが、流石に、女性とすらも思われていないというのもどうかと思った。
◇
職員室で彼女達が雑談を交わしている頃。
二階にある職員室を見詰める者が一人、少し離れた木の上にこっそり座っていた。
太めの枝に腰掛け、周囲の木々で軽く身を隠し、じっと視線を瀬田から逸らさない。頰は赤く、口元はわなわなと震えており、黒目がちょっとハートマークに変化してるように感じられるくらいに瞳が蕩けている。
「瀬田浩二……さんかぁ。素敵……ワタシをお嫁さんにしてくれないかなぁ」
うっとりとした顔をしながら、吐息をこぼす。
「よし……色々準備しないと」
拳をクッと握り、“彼女”が頭を何度も縦に振る。決意を固め、木の上から降りようとしたが、「——やっぱりもうちょっと!」と言いながら、またひたすらに、彼女は瀬田の顔をただただ眺め続けた。
カシュを一人部屋に残し、スーツを着て職場である学校へと出勤する。『いってきます』『いってらっしゃい』なんて、家族や夫婦みたいなやり取りをし、またまたくすぐったい気持ちになりながら、背筋を無駄に伸ばして一人通勤路を歩いて行く。
私の職場は私立清明学園の高等部だ。我が校は進学校として近隣では有名な学校で、いわゆるお金持ちのお子様達が集まる古参の学校でもある。今は理事長の方針で才能ある者全てに門を開いており、多種多様な生徒達が集まるようになった。おかげで勉強一辺倒だった校内が部活動やイベントごとも盛んになり、全体が活気付き、毎日が楽しい。
「おはようございます」
「おはよー華せんせー」
朝練に行くであろう大きな鞄を持ったジャージ姿の生徒に声を掛けられ、「おはよう」と返す。そんなやり取りですら、“教師”としてはちょっと嬉しくなる。
(あぁ、ウチの生徒はホントいい子だわぁ)
そう思うと、口元が勝手に緩んだ。
ウチの学校は無駄に、無駄に広い。二度言うくらいに、無駄に。校舎もさる事ながら、体育館、グラウンドなど、どれもこれも巨大だったり複数あったりする。図書館に至ってはもう随分長い事増築工事がおこなわれていて、終わる気配が無い。
(何をそんなに納める気なのかしら。全くわからないわ)
でもまぁ私は国語の教師なので、様々な資料が増える事は大歓迎だった。
◇
「おはようございます」
職員室に入り、同僚である先生達に挨拶をする。
「あぁ、おはよう。今日は遅かったんだな。なんだ、寝坊でもしたのか?もしかして、とうとう彼氏でも出来たか⁉︎」
時計を見ながら若干セクハラ寄りの発言をしてきたのは、理科教師である瀬田浩二先生だ。『遅い』といっても遅刻ではない。ただいつもよりはちょっと遅いかなくらいじゃないか。それなのに変な詮索はやめて欲しい。
「簡単にできたら、苦労していないわ」
私が渋い顔を向けると、「ははっ」と笑い、瀬田が頷く。
「そうだな、確かにその通りだ。俺も早く恋人が欲しいもんだよ」
眼鏡の位置を指先で軽く直しながら、瀬田が何度も頷く。椅子に座り、無駄に長い脚を組みながら、彼は私の方へ体を向けた。
真ん中で前を分けた黒い髪はとてもサラサラで、眼鏡の奥に見える茶色をした瞳は切れ長だからか、普通にしているだけなのに少し怒っているように見える。一切着崩していないスーツの上に白衣を羽織り、ネクタイのチョイスや服装全体との組み合わせのセンスは今日も抜群だ。スーツに隠れた長い脚は校内一の長さを誇り、顔立ちは文句無しに美しく、彼をよく知らない者ならば『一目惚れ間違いなし』な外観をしている。
そんな瀬田が一瞬でも憂いをおびた顔をすれば、そこは一瞬にして歌舞伎町と化し、『お前はどこの高級ホストですか⁈』と言いたくなる空気をまとってしまう。そのせいもあって、彼までもが、私と同じく、婚活が全く上手くいっていない事がイマイチ納得出来ない。美形過ぎるというのも、婚活の弊害を生むことがあるのだろうか。
「……今日も瀬田先生は暑苦しいわね、体育会系的意味ではない方向で」
彼の隣にある自分の席に座り、窓を背にしながら私は鞄を開けて中から書類を取り出した。
「お前に言われたくないな、『お互い様だろ』って言葉を知らないのか?国語教師のクセに」
鼻で笑いながら言われ、カチンときた。人が気にしている事をズケズケと……と思ったが、もしかしたら、瀬田の方も自分の外観が多少なりともコンプレックスなのだろうか?そう思っているようには見えないけど、彼の好みの女性が寄り付かない原因にはなっているのかもしれない。
互いに婚活が上手くいかず、もう何年も経っている。
そのためか、“戦友”に近い存在になっている瀬田に対し、少しくらいは敬意を払ってあげましょう。少なくとも私は『結婚したい』と言ってくれた男(『の子』の部分は伏せるものとする )がいるから、ちょっと心に余裕があるもの。
「そうね、失礼したわ。ホント、『お互い様』よね……」
「素直なお前は気持ち悪いな。だが……うん、そうしていると、『夜の蝶』ってよりは、普通にいい女に見えるな」
そう言って、長い腕を私の方へ伸ばし、瀬田が髪をくしゃりと撫でてきた。私でなければイチコロだろう、こんな行為。まったくもって慎みを覚えて欲しいものだわ。
「ありがとう、瀬田先生。でも離してくれるかしら」
「はいはい」
そう答え、彼が手を離してくれる。気心の知れた相手は話していて楽だが、私を“異性”とは思っていない証拠でもあるので、複雑な気分にもなる。微塵も私の事を好きになって欲しいワケでは無いのだが、流石に、女性とすらも思われていないというのもどうかと思った。
◇
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うっとりとした顔をしながら、吐息をこぼす。
「よし……色々準備しないと」
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