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第一章

【第十一話】だらだら日曜日(華・談)

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 朝食を済ませて、片付けを終わらせる。朝ご飯の用意をやらせてしまったので、片付けは私がと言ったのにカシュは聞いてくれず、『一緒にやりましょう』と提案してくれた。
 食器を彼が洗い、私が拭いて棚の中に片付ける。
 揃って仲良く家事をやるって何かちょっと新婚っぽいな…… と考えて、慌てて頭を横に振った。

 縁側に二人で座り、庭に咲く桜を見上げてお茶を飲む老夫婦。
 手を繋ぎ、仲良く坂道を歩いて行く時に得られる、ささやかな幸せは確かに噛み締めてみたいし、憧れではあるが、それらはあくまで入籍というものの先に欲しいものだ。事実婚的なものではダメなのだ。

 だって、私が結婚したい本当の理由は——

「どうしました?華さん。食器なんか握りしめて。落としちゃいますよ?」
 カシュに声をかけられ、ハッと我に返った。
「ごめんなさいね、ちょっとぼぉーっとしていたわ」
「何か考え事ですか?」
「そうね。えっと…… 今日は、どうしようかなと思っていたの」
 考えていた事とは違ったが、まぁいいでしょう。それに関しても悩んではいたんだもの。
 丁度いいわ、カシュは何かしたい事はないのかしら。

「家でのんびりしたいです!華さんの隣に居られたら、もうそれで」

 恥ずかしそうに、体をもじもじとさせながら言われてしまい、こっちまで気恥ずかしい気持ちになる。

 そうか…… こうった感情は、伝染するのね。
 ちょっと勉強になったわ。

 この欲の無いリクエストはきっと、明日には出て行ってもらう予定だからね。ならば応えましょう。全力でカシュにダラダラした時間をプレゼントするわ。
「いいわよ。じゃあパッと片付けを終わらせないとね。洗濯とかは明日にしておくわ。お昼もそうね…… ピザでも頼む?そして、一緒に部屋で映画でも観ましょうか」
「はい!是非」
 満面の笑みでカシュが返事をしてくれる。
 さらさらとした錦糸のような短い金髪を揺らして喜ぶ姿がとても眩しい。シトリンみたいな大きな瞳に窓から差し込む日光が当たるもんだから、キラキラと輝いている。
 そんなカシュの姿を見て『あぁ、可愛いなぁ』と純粋に、そう思う。

 何で君には戸籍が無いのかしら、残念。
 いや、それ以前に外見が若過ぎて論外だったわ。
 私はショタコンじゃないもの。
 でも…… 家事が出来て、料理が上手くって、私と結婚したいと言ってくれている点は好印象なのよね、正直なところ。

「どうしました?僕の顔なんかじっと見て」

 私を見上げ、カシュが首を傾げる。口元が心なしか猫っぽく、細い尻尾がユラユラと揺れている。頰が染まり、ちょっと照れくさそうだ。
「どんな作品が好きかなと思ったの。それだけよ?ホント」
 視線を逸らしながらそう言ったが、「もちろん、恋愛モノが好きです!アクションとかも興味ありますよ」とカシュは話を合わせてくれた。
 嘘だって、見惚れていたってバレてる気がするけど、その点を突っ込んでこないでくれたのがちょっと嬉しい。年下にしか見えないけど、『本当に貴方は年上なのね』と感じた瞬間だった。


       ◇


「…… ——あ、待って!そこはダメ。あぁっやぁ、ぶつか、あ、押しちゃったら出ちゃう!んぐっ」
「ダメですよ?手加減はしませんからね」
「カシュ、本当に初めてなの?そ、そうは、思え、な…… やぁぁぁ!もう——」
「さぁ仕上げです!」
「あぁぁぁー!」
 叫び声をあげ、私はコントローラーを持ったまま床に突っ伏した。
「やった!またボクの勝ちですね!」
「あーもう。ゲームはやったこと無いって言うから、私でも勝てるかなって思ったのにぃ」
 随分前に飲み会のビンゴ大会で当たったきり、クローゼットの奥に押し込んだままになっていた据置タイプのゲーム機を引っ張り出し、先程からずっとカシュと一緒に遊んでいるのだが、彼が上手過ぎて全然勝てない。
 最初はDVDを再生させる為に出して、私が借りてきた恋愛映画をこそばゆい気持ちになりながら観ていたのだが、どんな流れでか『ゲームって何?』となり、再び外に出掛けて赤い帽子の配管工が主役のレースゲームを買って来たのだが…… やってみて『この子本当に素人なの?』と思ってしまった。いやまぁ普段私もゲームはしないから上手い下手の比較対象なんか無いのだけど、それにしたってだ。

「じゃあ…… 五回連続でボクが勝ったので、お願い聞いてくれます?」

 ニッとした笑顔を向けられ、返答に困った。
 自分だってほとんどやった事が無いくせに、こんな賭けはするべきじゃなかったわ。だけどいいよと言ってしまったからには、口をへの字にしながらではあっても、頷くしか無い。
 いい女に二言はないのだ。…… って、自分で言うとイタイわね。

「来週まで、ボクを此処に置いてくれませんか?…… お客さんが来る事があれば消えます。出来るだけ迷惑はおかけしませんから」

 少し困った顔をしながら言ったカシュの言葉を聞き、胸の奥がチクリと痛んだ。
 あぁそうか、私はこの子に『出て行け』と言っているんだものね。行くアテが無いって言っていたのは本当なんだわ。
「…… そうねぇ」
 口元に手をあて、ちょっと考える。

 家事は手伝ってくれるし、私の嫌がる事だって全然してこない。『結婚しよう』の言葉も初日だけで、昨日からはすっかり鳴りをひそめてくれている。
 カシュに戸籍が無い以上、私の願いは叶わない。だから彼と結婚は出来ないが、同居人としてなら可能じゃないかしら。期間も限定的だし、人が来る時は隠れてくれるそうだし。

 ちらりと視線をあげると、今にも泣きそうな瞳と目が合った。ここで『駄目よ』と言ったら私は死刑執行人にでもなってしまうんじゃないかという錯覚を感じるくらい、凶悪な悲しさを持った目だ。
 うっと言葉が喉に詰まる。もう、こんな子を前にしたら答えなんか一択じゃないか。

『私は賭けに負けたからよ』
『この子をここに置くのは未成年者っぽい者の保護よ、保護!』

 そう自分へ言い聞かせ、結局私はカシュとの同居を一週間延長してしまったのであった。
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