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第二章
【第一話】『瀬田浩二』という名の災難①(ウルカ・談)
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一目惚れ。
そんなモノは無い。一五〇年生きてきたワタシが言うんだから間違いない。
あんなものは尺をどうにかするために、映画やお話のご都合で作られた虚構でしかなく、現実には起こり得ないお伽話の紛い物だ。そんなものが『あるかも』などと考える時間こそが無駄で、日々アンテナを張り、コツコツ誰かを好きになるように努めてこそ、恋愛関係を結ぶなんて奇跡を引き寄せる事が出来るのだ。
……——なんて偉そうな事を信じ続けてきたというのに、今ワタシは、その考えを全否定出来る存在を見付けてしまった。
何だ、アレは。
永い歳月を生き、色々なイケメン達に目もくれず、自らの持つ“サキュバス”としての本質は鳴りを潜めたまま生きてきたというのに……。
◇
双子の兄であるカシュが、昨日突然行動を起こした。
基本、私達は一緒には行動せず、たまに会って互いの報告をし合うだけの関係だ。これでもまだ仲が良い方で、他の同族には一度も会った事がない。そもそももう、我らの種族は呪いの影響であまりいないのかもしれない。
そんな関係性の兄を遠くから見守っていたワタシは、兄が意気揚々とやって来た高校の校舎内に侵入し、誰にも見付からないよう気配を消して木の上に飛び登った。生茂る葉っぱに隠れ、太い枝に座り、『カシュはどこ?』と目を凝らす。だがどんなに周囲を観察しても全然兄の姿が見当たらない。魔力を使って探す事も出来るが、そこまではしたくはない。魔力の元となる“精気”を補充する手段が人の淫夢を食べるくらいしかない今のワタシでは日々魔力は節約し、いざという時のために貯めておかねば。
幸い視力は悪くない。あ、でも人が増えてきたせいでさっきより探すのが段々大変になってきた。どうして人は群れるのかしら。この中からたった一人を探す難易度が上がるから迷惑極まりないだけだわ、ホント。
んーと唸りながらワタシが頑張って金髪の少年を探していると、一人……やたらと目を惹く男性が、校門を通って歩いて来た。両サイドには紫陽花の花が咲きこぼれ、彼が通った瞬間だけ花も嬉しそうに輝いているように見える。朝日の当たった黒髪は烏の艶羽根みたいだし、薄茶色をした瞳はスモーキークォーツみたいで美しい。スタイルも良くて脚も長い。真ん中で前髪を分け、眼鏡の奥に見える眼差しは切れ長でちょっと怖い。
(でも、それが……いい!)
「な、何アレ……」
御身を見ているだけで胸の奥がギューッと締め付けられ、鷲掴みされている感じがする。心臓がバクバクと早鐘を打ち、ワタシは開いた口が塞がらなくなった。
(こ、これが——俗に言う“一目惚れ”ってやつか!)
はじめましてこんにちは。
一目惚れなんか絶対に存在していないと思っていたワタシが馬鹿でした。
反省します!許して下さい。
ホント……こ、これはすごい感激です。
衝撃的です。
彼の中身を微塵も知らないのに、それでも心を奪われるなんて事が本当にあるんですね、ビックリし過ぎてもう言葉も出ません。
彼を目で追い続け、校内に入ってしまってからは気配を辿る。魔力をじわじわと削っている事を感じつつも、彼を追う事を私はやめられなかった。気配を感じ取るだけで気持ちがいい。下っ腹に響く感じが心地よく、頰がじんわりと赤くなってしまう。
「すごいわ、きっと彼がワタシの運命の人!」
テンションが上がり、根拠の無い確信を持ってしまう。
頭の中がもう彼の事だけでいっぱいになった。
大人が多く集まる広い部屋に彼が姿を現し、窓側に近い列に運良く座ってくれた。目を凝らし、じっと席に置かれた物を観察する。少しでも情報が欲しい。名前とか住処とか、出来れば誕生日、年齢、好きな物嫌いな物、好みの女性!——あ、男性だった場合も知りたいわ。
「瀬田浩二……さんかぁ。素敵……ワタシをお嫁さんにしてくれないかなぁ」
運良く名前が見えて、うっとりとした顔をしながら、吐息をこぼす。
名前を知る事が出来ればもう、半分彼をゲットしたようなものね。名前は偉大だもの、それさえわかれば今の時代結構色々調べようがある。同姓同名がいた場合が少し面倒だけど、職場がわかっている時点でもう全てを知ったも同然よ。
「よし……色々準備しないと」
拳をクッと握り、首を何度も縦に振る。
今後の行動を色々決めないと。決意を固めワタシは、『動くならばスピードが肝心ね』と思い、木の上から降りようとした。が……「——やっぱりもうちょっと!」と言いながら、またひたすらに、ワタシは彼がその席から移動してしまうまで瀬田さんの顔をただただ眺め続けたのだった。
そんなモノは無い。一五〇年生きてきたワタシが言うんだから間違いない。
あんなものは尺をどうにかするために、映画やお話のご都合で作られた虚構でしかなく、現実には起こり得ないお伽話の紛い物だ。そんなものが『あるかも』などと考える時間こそが無駄で、日々アンテナを張り、コツコツ誰かを好きになるように努めてこそ、恋愛関係を結ぶなんて奇跡を引き寄せる事が出来るのだ。
……——なんて偉そうな事を信じ続けてきたというのに、今ワタシは、その考えを全否定出来る存在を見付けてしまった。
何だ、アレは。
永い歳月を生き、色々なイケメン達に目もくれず、自らの持つ“サキュバス”としての本質は鳴りを潜めたまま生きてきたというのに……。
◇
双子の兄であるカシュが、昨日突然行動を起こした。
基本、私達は一緒には行動せず、たまに会って互いの報告をし合うだけの関係だ。これでもまだ仲が良い方で、他の同族には一度も会った事がない。そもそももう、我らの種族は呪いの影響であまりいないのかもしれない。
そんな関係性の兄を遠くから見守っていたワタシは、兄が意気揚々とやって来た高校の校舎内に侵入し、誰にも見付からないよう気配を消して木の上に飛び登った。生茂る葉っぱに隠れ、太い枝に座り、『カシュはどこ?』と目を凝らす。だがどんなに周囲を観察しても全然兄の姿が見当たらない。魔力を使って探す事も出来るが、そこまではしたくはない。魔力の元となる“精気”を補充する手段が人の淫夢を食べるくらいしかない今のワタシでは日々魔力は節約し、いざという時のために貯めておかねば。
幸い視力は悪くない。あ、でも人が増えてきたせいでさっきより探すのが段々大変になってきた。どうして人は群れるのかしら。この中からたった一人を探す難易度が上がるから迷惑極まりないだけだわ、ホント。
んーと唸りながらワタシが頑張って金髪の少年を探していると、一人……やたらと目を惹く男性が、校門を通って歩いて来た。両サイドには紫陽花の花が咲きこぼれ、彼が通った瞬間だけ花も嬉しそうに輝いているように見える。朝日の当たった黒髪は烏の艶羽根みたいだし、薄茶色をした瞳はスモーキークォーツみたいで美しい。スタイルも良くて脚も長い。真ん中で前髪を分け、眼鏡の奥に見える眼差しは切れ長でちょっと怖い。
(でも、それが……いい!)
「な、何アレ……」
御身を見ているだけで胸の奥がギューッと締め付けられ、鷲掴みされている感じがする。心臓がバクバクと早鐘を打ち、ワタシは開いた口が塞がらなくなった。
(こ、これが——俗に言う“一目惚れ”ってやつか!)
はじめましてこんにちは。
一目惚れなんか絶対に存在していないと思っていたワタシが馬鹿でした。
反省します!許して下さい。
ホント……こ、これはすごい感激です。
衝撃的です。
彼の中身を微塵も知らないのに、それでも心を奪われるなんて事が本当にあるんですね、ビックリし過ぎてもう言葉も出ません。
彼を目で追い続け、校内に入ってしまってからは気配を辿る。魔力をじわじわと削っている事を感じつつも、彼を追う事を私はやめられなかった。気配を感じ取るだけで気持ちがいい。下っ腹に響く感じが心地よく、頰がじんわりと赤くなってしまう。
「すごいわ、きっと彼がワタシの運命の人!」
テンションが上がり、根拠の無い確信を持ってしまう。
頭の中がもう彼の事だけでいっぱいになった。
大人が多く集まる広い部屋に彼が姿を現し、窓側に近い列に運良く座ってくれた。目を凝らし、じっと席に置かれた物を観察する。少しでも情報が欲しい。名前とか住処とか、出来れば誕生日、年齢、好きな物嫌いな物、好みの女性!——あ、男性だった場合も知りたいわ。
「瀬田浩二……さんかぁ。素敵……ワタシをお嫁さんにしてくれないかなぁ」
運良く名前が見えて、うっとりとした顔をしながら、吐息をこぼす。
名前を知る事が出来ればもう、半分彼をゲットしたようなものね。名前は偉大だもの、それさえわかれば今の時代結構色々調べようがある。同姓同名がいた場合が少し面倒だけど、職場がわかっている時点でもう全てを知ったも同然よ。
「よし……色々準備しないと」
拳をクッと握り、首を何度も縦に振る。
今後の行動を色々決めないと。決意を固めワタシは、『動くならばスピードが肝心ね』と思い、木の上から降りようとした。が……「——やっぱりもうちょっと!」と言いながら、またひたすらに、ワタシは彼がその席から移動してしまうまで瀬田さんの顔をただただ眺め続けたのだった。
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